第18話 ザクロンの実を食べよう(前編)


「すごい…。」


 お店の帳簿をつけていた僕は驚いてしまった。


 あのふたりを雇ってから、驚異的に僕の店の売上が伸びていたのだ。

 確かに来店するお客さんが増えたとは感じていたけど、どうやら大半はジェシカさんとユリさんめあてのように僕には思えた。


 ジェシカさんの場合、エルフの店員さんが珍しいという以上にその美しさがとびきりなので、わざわざ他の町から見に来る人もいた。


 ユリさんも接客がうまくて負けずにかわいいので、ファンクラブまで結成されそうな盛りあがりだった。

 僕は祖父母のことばを思いだした。


『いいか、葵。もし商売をするなら、人を大切にするんじゃぞ。』



「これは給料をはずまないといけないなあ。」



 そんな僕のふたりへの感謝の気持ちが、また新たな騒動の引き金になってしまった。



「えええっ!? ユリ、こんなにもらっていいのですか!?」


「これは、多いのか?」


 初めての給料日。

 僕が渡した給料の金額に、ふたりはそれぞれ反応した。


「初回だから増額したんです。おふたりとも、いつも本当にありがとうございます。」


「うわあ、これだけあればあのお店で食べて、あの服と靴とバッグを買って…。」


 指をおりながら興奮しているユリさんに対して、ジェシカさんは冷静だった。


「ユリ殿は弟妹のために使うのではなかったのか?」


「え? あ…あははは! ユ、ユリはそうでしたね。店長さん、ありがとうございます! 大切に使います!」


「うん。ジェシカさんはなにに使うの?」


 ジェシカさんはなぜか少し顔を赤らめた。


「ありがとう、店主殿。私はプレゼントを買いたいと思っている。」


「え? 誰にですか?」


 ジェシカさんは恥ずかしげにほほ笑むだけで、それ以上はなにも教えてくれなかった。


 


 僕が在庫棚を確認していると、見慣れない鉢植えが置いてあった。僕も知らない木が植えられていて、小さな実がなっていた。


「ザクロに似ているけど…こんなの注文したっけ?」


「店主殿。それを注文したのは私だ。」


 ジェシカさんは鉢植えを大事そうに抱えあげた。


「ジェシカさんが? それ、なんの木なんですか?」


「これはザクロンの木と言うのだ。非常に珍しくて高価なものだ。」


「誤発注ですか?」


 僕はジェシカさんを注意しようとしたけど、彼女は不思議と穏やかにほほ笑みかえしてきた。


「誤りではない。これは店主殿へのプレゼントだ。もう少しまてばおいしい実が熟すから待っておれ。」


「え? 僕へのプレゼントなんですか?」


 ジェシカさんはまた、ただほほ笑むだけだった。



 数日後。



 今日は休店日で、僕は掃除当番だったのであちこちを掃いたり拭いたりしてまわっていた。

 久々に3階にあがり、僕はジェシカさんの部屋の扉をノックした。


「ジェシカさん? ついでに掃除をしましょうか?」


 返事はなくって、扉の鍵は開いていた。隙間から、散らかりまくった室内が少しだけ見えた。


「もう、だらしないなあ。」

 

 ジェシカさんの部屋は、服やら紙くずやら小物が床中に散乱していた。

 僕は部屋に入り、さしさわりのない範囲で片づけや掃除をした。ふと見ると、窓辺にあの鉢植えが置いてあるのが目に入った。

 近づくと、美味しそうな赤い実がなっていた。


「へえ。これが僕へのプレゼントなんだ。」


 僕はちょうどお腹が空いていたので、実をもいでかじりついた。それは果汁たっぷりで甘くって、僕はいっきに食べてしまった。


「おいしかった! これ、商品として仕入れてもいいかも?」


 僕が鉢植えをよく見ていると、背後で息をのむ音がした。


「店主殿! なにをしている!」


 外出着すがたのジェシカさんは両手にしていた紙袋を落とすと、光速なみのはやさで僕に突進してきた。


「まさか! 食べたのか!? これを食べてしまったのか!?」


 僕がジェシカさんの剣幕に戸惑いながらうなずくと、彼女は大げさにのけぞってひっくり返ってしまった。


「なんということだ! まずいぞ、おおいにまずい!」


「いや、おいしかったけど?」


「ちがう! 店主殿、体は大丈夫か? おかしな症状はないか?」


 ジェシカさんが僕の体中をなでまわすものだから、僕はくすぐったくて仕方がなかった。


「や、やめてよ、ジェシカさん。大丈夫だってば。勝手に食べてごめんなさい。」


 ジェシカさんはずっと、不安そうに僕を見ていた。




 夕食後、ユリさんが苺のショートケーキを皆に配ってくれたので、僕はコーヒーを淹れた。


「ジェシカさん、食べないんですか? ユリが食べちゃいますよ?」


「うむ…。」


「今日は百貨店でなにを買ったんですか?」


「服と下着だ…。」


「また新しいのを買ったんですか!?」


 ジェシカさんはなんだかうわの空だった。僕はさっきから胸のあたりがかゆくって、しきりに服の上から掻いた。


「店長さん、どうしたんですか? かゆみどめなら、ユリが良いぬり薬を持ってますよ。」


「その必要はない!」


 突然ジェシカさんが叫び、ユリさんはキョトンとした顔になった。


「ユリはジェシカさんに言ったんじゃないけど…?」


「あ…すまない。」


 ジェシカさんは早々と部屋に戻ってしまい、ユリさんも僕も首をひねるばかりだった。



 

 冷たいシャワーを浴びても胸のかゆみはとれなかった。それどころか、鏡に映った僕の胸はすこし腫れているようだった。

 ユリさんに借りた薬を塗ってから、僕は早々にベッドに入った。




 何かが僕の胸の上に乗っているようで苦しくて、息ができなくなる悪夢をみて、僕はパニックに陥った。朦朧とした意識のまま起き上がると、もう真夜中頃のようだった。

 なんだか肩が重くって、僕は前かがみになった。


「水が飲みたい…。」


 ベッドから降りて立ちあがろうとして、僕はバランスを崩してよろめいた。

 何かがおかしかった。


 僕は胸に何かがくっついているような気がして、手をあててみた。


(ムニュッ。)


「え?」


 服の上から僕の手のひらに、今までに感じたことがないような柔らかさのものが触れた。

 何回かさわっているうちに、徐々に僕の目が覚めてきた。


 僕は洗面室にとびこんで、服を脱ぐと鏡の前に立った。

 そこに映っていたのは…。



(僕はまだ悪夢の続きを見ているんだ、きっとそうだ。)



 そのまま僕は、悲鳴すらあげることなく気をうしなってしまったらしかった…。

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