第15話 洗濯と選択の関係


 僕はいつも、自分の部屋には厳重に鍵をかけていた。


 でも、僕がクローゼットの扉を開けて部屋に降り立つと、ジェシカさんが脚を組んで僕のベッドに腰かけていた。


「僕の部屋には勝手に入らないでくださいって、何度も言いましたよね?」


「私は故郷では一二を争う解錠魔法の使い手だったのだぞ。あきらめよ。」


「はいはい。美しさも一二を争ってたんでしたっけ。」


「うむ。ちなみに、争っていたのはコナお姉さまとだ。」


 ジェシカさんは僕に脚を見せつけるように組みかえたけど、僕は目の焦点を合わせないようにしながら扉を開けて廊下を指差した。


「とりあえず、早く部屋から出てください。ユリさんに見つかったら誤解されますから。」


「誤解されても私は全く問題ないが、店主殿はなにか問題か?」


 ジェシカさんが僕にもたれかかってきたけど、僕はもう抵抗しても体力のムダだと悟りの境地に達していた。


「問題ありです。」


「のう店主殿、あのクローゼットの向こうを私も見てみたいのだが。」


「絶対にダメです。」


「ユリ殿には見せるつもりなのか?」


 僕は急にユリさんの名前がでてきたので困ってしまった。


「なんでそんなことを聞くんですか?」


「店主殿、ユリ殿には気をつけたほうがいいぞ。あれは信用できない人間だ。」


(どちらかといえば、ジェシカさんのほうが信用できないんだけど。)


 とても口には出せないので心の中だけで僕が思っていると、ジェシカさんは同意と受けとめたようだった。


「だが安心せよ。店主殿は私が守るぞ。」


 ジェシカさんはどんどん僕を押してきて、ついには壁に押しつけられてしまった。


「今日は抵抗せぬのだな。では、このまま私に身をゆだねよ。」


「あ、ち、ちょっと、ど、どこをさわっているんですか! や、やめてください!」



『晩ごはんができましたよー! おふたりとも降りてきてくださーい!』



 こんな感じで僕はよく、ユリさんに救われていたのだった。

 



「ユリからひとつ苦情があります!」


 おたまを持って立ったユリさんは機嫌が悪そうだった。


「こんどはなに?」


「洗濯のことです!」


 ユリさんは、黙々と食べているジェシカさんにおたまをつきつけた。


「そこのエルフ! 自分の下着くらい自分で洗ってください! なんでユリが洗うんですか?」


「店主殿が洗ってくれないからだ。」


 平然と答えて、ジェシカさんはもうこの話は終わったという態度だった。


「前提がおかしいです! 100歩ゆずって、普通の服は洗いますけど下着は各自でしょ?」


「ジェシカさんはなぜ自分で洗濯しないんですか?」


 僕はユリさんをなだめてからジェシカさんに尋ねた。


「水が冷たいからいやだ。手も荒れるし、そもそも洗い方を知らぬ。」


「じゃ、旅の間はどうしてたんですか!?」


 ジェシカさんは僕の疑問に面倒くさそうな顔になった。


「知らぬのか? 宿屋や村には洗濯屋という者がおるのだ。」


「とにかく、もうユリは洗いませんから! あ、店長さんのはいいですよ?」


 僕は激しく首をふった。こういう言い争いにウンザリしていた僕はなげやりになっていた。


「ジェシカさん、すこしは自分でやってみたらどうですか? ただでさえ、家事の負担がユリさんにかたよっていますし、食べる量だって…」


 僕はスープを飲みながら言って、しまったと思ったけど遅かった。また彼女の目が鋭くなってきたからだった。


「よかろう! 下着くらい、洗ってやろうではないか! 見ておれ!」


(いや、あなたの下着でしょ。)


 ジェシカさんに僕は心の中でつっこんだ。

 しっかり完食してから、彼女は部屋に戻ってしまった。


「今の、怒るとこですか? エルフだからって、店長さんが甘やかすからですよ。ユリに代わってもっと言ってあげてください!」


「はい…。」


 僕はキリキリと胃が痛んだのだった。




 僕がベッドでウトウトしていると、ほのかにせっけんの良い香りがした。せっけんに似た香りの花なんかあったかな、と思いながら起き上がった僕の目に、衝撃映像が飛び込んできた。


 僕の部屋の天井にワイヤーが張りめぐらされていて、運動会の万国旗のように洗濯物がぶら下がっていた。


 それらは全て、下着だった。


「あわわわわ…。こ、これはひょっとして?」


「そうだ。すべて私のものだ。きちんと洗ったから干したのだ。文句があるか?」


 部屋のまんなかに、ジェシカさんが仁王立ちしていた。僕は口をパクパクさせたけど、ようやく出せた言葉は…。


「なぜ僕にキレてるんですか?」


「店主殿がユリ殿にばかり甘くて、私にはつめたいからだ!」


「そ、そんなことないですってば!」


 僕は両手をはげしくふったけど、ジェシカさんの目は鋭いままで、非常にまずい兆候だった。


「だいたい、いつもいつもユリ殿の胸ばっかり見おって。そんなに見たいなら私のを見よ。」


「すみません、いったいなんの話ですか?」


 僕は、無数のジェシカさんの下着を視界から消すために目を閉じて頭を枕の下につっこんだ。


「さあ選べ、店主殿。私に洗濯をさせるか、店主殿が洗濯するかを!」


「だからなんでその2択なんですか!?」



「すみませーん! うるさすぎてユリは眠れません! 夜中にいったいなんの騒ぎですか?」


 目をこすりながら部屋に入ってきたユリさんは、あたりを感心した様子でみまわした。


「うわあ、壮観ですね! うわわっ!? ジェシカさん、あんなのもはくんですか!? 近くで見ていいですか?」


「かまわぬ。」


 目を閉じて枕で頭を隠した僕の耳に、ふたりの会話が聞こえてきた。


「うわあ、こんなのもどこで買ったんですか? 大事なところが見えちゃうじゃないですか!」


「旅の途中、町の百貨店でな。」


(砂金をこんなことにムダ遣いしていたんだ…。)


「これもカゲキね! ほとんど紐じゃない!? ユリには無理かも。」


「こっちのこれなどは似合うのではないか?」


「えーっ、かわいいけど、ちょっと恥ずかしいかなあ。店長さんはどう思います?」


「どうも思いません!」


 僕は枕で頭を抱えたまま叫んだ。とにかく、早くふたりに部屋から出ていってほしかった。


「わかりました! ジェシカさん、僕の負けです! 洗濯は僕がしますから。もう許してください。」


「わかればよいのだ。」


 僕には何が負けなのか、なにを許してもらうのかがさっぱりわからなかったけど、とりあえずそう言わないと眠れそうになかった。



 洗濯物を片づける音がして、ふたりの話し声が遠ざかっていった。


「ユリ殿、よければ服も見るか?」


「いいんですか? じゃ、ジェシカさんのお部屋にお邪魔しまーす。ユリ、お菓子を持ってきますね!」


 

 思わぬ展開でふたりの仲なおりにつながり、僕はホッとして寝なおそうとしたけど、気がついたことがあった。


(人は増えたのに、かえって仕事が増えているような気がする…。)



 僕はあきらめて寝がえりをうった。すると、目の前に何かが落ちてきた。


 それは、ジェシカさんの下の下着だった。



 僕はまた、眠れなくなってしまった…。

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