第64話


 千歌が泣き止み場も落ち着けば、俺たちはコーヒー片手に昔話に花を咲かせていた。


「ああ、そうだ周防」


 そこで俺はふと、周防にひとこと言ってやらねばというのを思い出す。


「お前が言ってた、女性に趣味を聞かれたらどうのというあれな。この前先生に言ったら、こっぴどく叱られたぞ」


「言ったのかよ、あれ」


 大出が苦笑い、他の面々も呆れた顔をする。当の周防本人は、そんな馬鹿なと鼻を鳴らしてふんぞり返った。


「僕が必死になって調べた情報だぞ」


「必死に調べてあれか」


 いったいなにを調べて、そしてどこから来る自信なんだろうか。こういうところが、残念と言われる理由なんだろうな。


「ああ。大抵の女性は興味のない男に趣味なんて聞かないからな」


「そうとは限らないだろう」


「いいや、間違いない。大方、その先生とやらがシャイだったんじゃないのか?」


「……シャイ?」


 柊先生の顔を思い浮かべる。


「あの先生には、1番似合わない言葉だな」


 照れて顔をほんのり赤くするより前に、怒りで真っ赤にするような人だ。


「というか、そう言うお前は成功したことがあるのか?」


「うぐっ……」


 周防は言葉に詰まる。この反応、やはりないみたいだ。


「た、大抵のと言っただろう。僕は一途だからな。そういうのは、1人にしか言わないんだ」


「で? その1人とやらに言った結果は?」


「…………殴られた」


 心底バツの悪そうに言うと、周防はそっぽを向く。その様子に大人組が苦笑した。皆、当時のことを知っているみたいだ。


「ありゃ惚れた相手が悪いな」


「そうそう。あんたが姐さんと釣り合うわけないだろう」


 大出が言ってモモさんが頷く。聞けば、大出たち3人組と幼少からの友人らしい。ならその人も、幼馴染の1人ということか。


「しかし、いきなり殴るんて穏やかじゃないな。ここにいる3人といい、とんでもない組み合わせもあったものだ」


「まぁ、実際とんでもない人だったからな」


 片付けを一通り終え、エプロンを外した三井がカウンターから出てきて言う。


「俺も何度か怒らせてしまったことはあったが、なすすべもなかった。勝ったことは1度もない」


 三井は敗北を思い出すような目で虚空を見つめる。聞けば聞くほど信じられないな。少し気になってきた。


「どういう人だったんだ?」


「私たちんとこの初代さね」


 ぼぉっとしている三井の代わりにモモさんが答えた。牡丹も自分の率いているチームの初代が気になるのだろう。興味津々とモモさんに尋ねた。


「それ、私も気になります。会ったことないですし」


「……そうだねぇ……姐さんは、私なんかが到底かなわないくらい、強くてかっこいい人だったよ。〝センキ〟なんて呼ばれてたね」


 モモさんはしみじみと思い出話を口にしていく。余程尊敬しているのか、口が止まらない。


 やがてモモさんが初代の武勇伝を語り終えると、牡丹が聞く。


「そんなに凄い人が、なんで引退しちゃったんですか?」


 たしかに、それも気になるな。モモさんみたく子供が出来たとかだろうか。もしそうなら、周防の恋は儚く散っていることになるが。


「……なんか、教師になるためとか言ってたね」


「え? 教師、ですか?」


 意外過ぎる理由だった。俺も驚く。


「そう、教師。なったのかどうかとか、今なにしてんのか知らないけど、いつかまた会いたいよ」


 大出たちも、しばらくは連絡を取っていないそうだ。なんでも、教師になるまでは邪魔をしたくないからだとか。やはり、いくらこいつらでも、幼馴染の夢は応援したくなるのだろう。


「なってたら、その内連絡も来るさ」


 童山が言う。もしなっていたとしたら、早ければ去年か今年から新任らしい。


「まぁ、なってたとしても、ぶち切れて生徒のことぶん殴ってるかもしんねぇがな」


「流石のあいつもそれはないだろう」


 大出たちが冗談を言って笑うが、俺は笑えなかった。目を伏せ天井を仰ぐ。


 ……いるんだよ。説教のついでに、生徒3人を蹂躙する教師が。


 言ってしまえば柊先生の教師人生が危ういので黙っておくが、その人にはそんな教師にはならないでほしいと思った。


「おいこらあんたら。姐さんの悪口言ってんじゃないよ」


「それから、あまり騒がしくしないでくれるか。もう夜遅いし、近所の迷惑になる」


 モモさんが自分の尊敬する人を思って言えば、続けてご近所づきあいを心配した三井が時計を見ながら言った。もうかれこれ1時間以上は話しっぱなしだ。


 そして、俺と春花は高校生だから門限があるのではと、三井は少し心配する。


「龍巳たちは、時間は大丈夫なのか?」


「ああ。今日は光の部屋に行くと言ってあったし、俺は今までが今までだからな」


「ふむ。まぁ、それもそうか。あまり褒められたことではないが……」


「それこそ今更だな。それにお前だって、高校の頃はろくに家に帰ってなかったんじゃないか?」


「いや、俺はそこまで擦れてはいなかったからな。夜遊びなんてせずに帰っていたさ」


「……皮肉るなよ」


 ただ言ってることは正論もいいところなので、俺の声は弱々しくなる。三井は「悪かったな」と、含み笑いをした。


 すると、そんなやり取りをじぃっとモモさんが見ているのに、俺たち2人は気づく。


「ん? どうしたんだ、モモ」


「いや、なんていうかさ……」


 モモさんは訝しんだ表情で、後頭部を掻きながら言う。


「なぁ仁次。その厨二病みたいな話し方、いい加減やめてくれない?」

 

 その言葉が飛び出た瞬間、三井の口から「……は?」といった声が漏れ出た。口を開けたまま放心してしまう。


「ちゅ、厨二病?」


「ああ。なんか地味にうざったいんだよ。ていうか、龍巳の口調がおかしくなったの、絶対あんたのせいだかんね」


「…………え?」


 矛先がいきなりこちらに向き、俺は戸惑う。


 俺が、厨二病?


 たしかにこの口調は、小学生の頃になんか強そうだからという理由で三井のを真似たのが始まりだが、モモさんの言葉からして、ひょっとしなくても俺もそう思われてるんだろう。


 ……もしかして、他の人間にもか?


「な、なぁ春花」


 俺は恐る恐る春花に聞く。


「俺の口調は、厨二病なのか?」


「え? そんなこと、ないと思うけど?」


「そ、そうか。そうだよな」


 嘘を言っているようには見えなかった。俺の取り越し苦労か。ほっと安堵する。


「その子に聞いたって意味ないだろうに、まったく……あんたら、龍巳がこんなんになったのは、あんたらのせいだかんねっ」


 だが、追い打ちをかけるようにモモさんが周りを見回しながら言うので、俺はとうとう耐えきれず膝を地面についてしまった。


「こ、こんなん……」


「だ、大丈夫だからねっ」


 落ち込む俺を春花が必死に励ますが、モモさんが「小さい頃は可愛かったのに」と嘆息するので、傷はどんどん広がっていく。


 モモさんに厨二病扱いされて落ち込む俺と三井。文句の矛先は馬鹿3人にも向かう。


 千歌は察した牡丹に連れられ店の奥へと引っ込んで行ったから、今度は泣きだすようなことはなかったが、また店内が混沌としてきた。


 と、その騒ぎの中に。


「はいはい、そこまでだ。騒がしいのもにぎやかで好きだけどな。この面子でやってっとキリがねぇし。ここらでお開きにすんぞ」


 光が笑いながらそう言って、パンパンと2度、手を打つ音を響かせる。


 ……やはりというか、なんというか。普段はどうしようもなく場を乱してくるが、光には不思議なカリスマ性がある。


 光が一声発するだけで、皆がその言葉に耳を貸すし、導かれるように同じ方向を向く。

 

 その証拠に、光の声で店内は水を打ったように静まり返った。


* * * * *


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