第2章
第45話
暗く明かりの消えた、私の大好きな人の部屋。
こんな暗さでも、どこになにがあるのかわかる。だって、昔と変わっていないから。
そんな暗闇の中。大好きなその人と、私はベッドの上で向かい合って座っている。
首に回した腕からその体温を感じる。
押し当てた胸からその鼓動を感じる。
「な、なにを……」
そして、言葉とともに漏れ出る息遣いを感じて、私は顔を近づける。
……揺れる瞳には、顔をあかく染めた私が映っている。
やがて、その距離が0になろうとした時。
「……大好きだよ。今も、昔も、これからも」
そう言って、私は唇を重ねた。
* * * * *
夕陽が照らす屋上で、俺は春花に2度目の告白を受け、そして再び約束をした。
あの日から数日。取り合えず自分なりに、どうすれば春花を好きになれるかを模索したのだが、これといった進展はない。
……まぁ、1日そこらでわかれば苦労はしないが。
それに、春花と一緒にと言ったのだから、あまり1人で悩むのもよくない。一先ずは置いておこう。
ところで話は変わるが、恋愛の始まりというのはなんだろうか? 俺が思うに、それはまず相手に興味を持つことではないか?
相手に興味を持ち、相手のことを知りたいと思い、相手のことを知っていって、そして相手を好きになる。その先にあるのが恋愛なのだろう。
なら、俺はもしかしたら男が好きなのかもしれない。
「2人は、普段どういった生活をしているんだ?」
「「……ん?」」
テツとトワが同時に反応する。俺はこの悪友2人に、とても興味があった。
……どうすれば、こんな頭のおかしい人間が育つのか。
「なんか今、かなり失礼なこと考えなかったか?」
「自分を棚に上げた感じもしたねぇ」
「……そんなことはない」
俺はそっぽを向いた。
姉さんの時といい、ここまで考えていることを悟られると少々不安になってくる。顔に出やすいのだろうか?
「まぁいいや。失礼なのはいつものことだしよ」
テツとトワは特段気にしたふうもなく、俺の問いに答える。
「どういった生活って言われても、俺は普段じじぃと2人で暮らしてんな。そこにじじぃの知り合いたちと、この前話した幼馴染も入るから、結構にぎやかだぞ」
「そうか」
両親は、出なかったな。あまり触れない方がいいのだろう。
「それだけ多人数が入るということは、家は相当広いのか?」
「まぁ、2人で住むには広すぎるわな。あ、そうだ。今度遊びに来いよ」
「お前のことだから、なにか罠でもしかけてきそうだな」
落とし穴程度ならやりそうだ。
「んなことするかよ。それに、じじいや幼馴染の奴にいも紹介してぇんだ。あっちも話聞いて会いたがってるしな」
「……そうか。なら、今度邪魔させてもらう」
たしかに友人の家族にはきちんと挨拶はしておくべきだろう。もうすぐGWだし、そのどこかで行かせてもらうとするか。
テツが返事をすれば「じゃあ、次は僕だね」とトワが気の抜けた声を出す。
「僕は雀ちゃんと一緒に子供たちの面倒見てるかなぁ~」
「そうだったな。子供は結構いるのか?」
「うん。僕と雀ちゃん以外にも6人いるよ。みんな可愛くてねぇ。雀ちゃんのご両親がいない時は、2人で家事とかするんだけど――」
「待て……雀が、家事をしているのか?」
「……うん、そうだよ」
トワが聞き捨てならないことを何気なく口にしたので、たまらず俺はその言葉を遮る。
「それは……大丈夫なのか?」
「大丈夫、まだ死人は出てないよ……一応」
それを大丈夫と言うには、些か無理があるんじゃないか? テツも口元を引きつらせて苦笑いを浮かべている。
俺たちがこれほどまでに微妙な反応をするのにはわけがあった。
それは、ある家庭科の授業中のこと。調理実習で簡単な焼き菓子を作っていた時だ。その最中に、すさまじいまでの爆発音が家庭科室に轟いた。
なにごとかと驚いたクラスの全員が、音の発生源に振り向く。
視線の先ではモクモクと白煙が上がり、なにか焦げたような匂いが漂っていた。その白煙の中から、顔やら着ているものを汚した雀が咳き込みながら出てくる。
「けほっ、けほっ……あ、あれ?」
雀はクラス全員の視線が自分に向けられていることに気づくと、あわあわと慌て始めた。
「あ、あの、その、ち、違うのっ! ただ、オーブンを使おうとした、だけで……」
それでなぜあんな爆発が起きるのか。見ると、オーブンが無残にもバラバラになって床に散乱している。
「あ、か、片付けなきゃっ……あっ」
雀がオーブン
「あ、お皿が……きゃっ」
……雀は皿を片づけようとして躓き、食器棚に突撃し、中にあった食器類をぶちまける。
一瞬にして、付近がガラクタの山と化した。
「あ、あれ? あれ?」
ガラクタの山の中心で雀は「あれ?」を繰り返し辺りを見回すと、姿勢を落とし、また懲りずに片づけをしようとする。もう、おとなしくしていた方が良いんじゃないか?
「動かないでっ!!」
家庭科を担当していた教師も、これ以上被害を増やされては敵わないと危機を感じたのだろう。手を伸ばして、必死な形相で叫んだ。
「う、動かないでね小鳥遊さん。今、そっちに行くから……」
こわごわと言って、担当教師はそろりそろりと雀に近づく。あいつは猛獣かなにかか?
「え、あの……」
「だ、大丈夫。大丈夫だから……それ以上壊さないでっ!!」
本音が駄々洩れだった。ただ気持ちはわかる。
「あ、後は私がやっておくわ」
なんとか担当教師は雀のところまでたどり着くと、床に散らばった残骸を拾うため腰を落とそうとした。
しかし、その時。
「……へ」
雀が目を細め、鼻を押さえ、頭を後ろに傾けた。教師が「……え?」と顔を上げる。
この状況、もしかするとまずいのでは……,
「へっくちゅんっ!」
予感的中だった。恐らく、舞った埃が鼻をくすぐったのだろう。雀が大きなくしゃみをする。
「ぶっ!!」「うっ!!」
タイミングが悪かった。くしゃみの勢いで雀は担当教師に思い切り頭突きを食らわす。
「い、いったぁぁっ~~!」
「あ、あれ?」
ゴチンと鈍い音が鳴った直後、悲痛な叫びが響いた。
雀はなんとか持ちこたえたが、担当教師は頭を押さえてうずくまってしまう。トワが急いで雀の対応をしたが、教師も保健室に行ってしまい授業どころではなくなってしまった。
冗談みたいな話だが、これは事実だ。そんな話があるから、雀が家事をしていると聞いて俺は耳を疑ったのだ。その内残骸ではなく、人が床に転がることになるぞ。
「まぁ、2人が言いたいこともわかるけど、雀ちゃんにもどうにもならないことだから」
……トワ曰く、雀は呪われているんじゃないかというほど不器用だそうだ。
家事をすれば物を壊し、運動をしようとすればなにもないところで転び、楽器などを演奏させれば酷い音を奏でた後、もれなくこれも破壊するんだとか。
小学校の頃、カスタネットをまともに演奏できないどころか破壊したことは伝説になっているらしい。
「……なぁトワ。子供たちの為にも、雀にはおとなしくしてもらった方が……」
「いやぁ、でもやる気になってる雀ちゃんを止めるのは心苦しいというか」
「だがな……」
「それに、家だと僕もいるから多少はマシ……だと思うし、子供たちも喜んでるからね」
ならいいのだが。こればかりは俺が口出し出来ることではない。なにかあったら、その時は相談に乗るか。
「わかった、だが子供たちに危険が及びそうになったら相談してくれ。力を貸す」
「うん、その時は頼むよ」
がしりと、俺たちは固い握手を交わす。その光景を、雀を含めた他の4人は不思議そうな顔で見ていた。
* * * * *
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