第34話
職員室での蹂躙劇をなんとか生き延びた俺たち3人は、先生たちにこっぴどく叱られた後、今日はもう遅いからと解放され現在校門近くでたむろしていた。
「痛っ、くっそ首が……」
テツは顔をしかめっ面にして首の後ろをさする。先生に攻撃された箇所がまだ傷むのだろう。
「まぁ、自業自得だな。俺たちを巻き込んだ罰が当たったんだろう」
「だよねぇ。これを機に、テツ君はもっと僕たちのこともっと大切に扱った方が良いと思うよ?」
そう言う俺たち2人も、俺は顎、トワは頬と、どちらも殴られた箇所を赤くさせていた。
「ちっ、柊ちゃんがまさかあんなに強かったとは思わなかったぜ」
またこいつは先生に向かってそんな呼び方を……。
あれだけの無様をさらしたのに、まだ懲りないか。取り合えず俺は後日先生に報告しようと会話を録音し始める。どうせこの後も余計なことを言うはずだ。
「まぁ、今回はいきなりで油断したけど、次は倒す! 3人で一斉にかかりゃあなんとかなるだろ」
「お前は教師を何だと思ってるんだ」
ほら見たことか。さっそくとんでもない問題発言が飛び出てきた。そんな馬鹿な真似をすれば、停学どころでは済まない。下手をすれば息の根を止められる。
「あははは、僕はそういうの苦手だから後ろで応援してるよ」
トワが笑いながら傍観者を決め込む発言をする。が、応援している時点でお前も同罪だぞ。こいつもこいつで今日の件を反省していないな。
「じゃあ俺とタツの2人でやるしかねぇな。とりあえず、タツが柊ちゃんを羽交い絞めにしてる間に――」
「さらっと俺を巻き込むな。やるわけないだろう」
くそ、今ので俺の名前が録音されてしまったじゃないか。誤解されて巻き沿いを食らうのはごめん被る。
もうこの記録は使えないな。削除しようと、ポケットからスマホを取り出した時――。
プルルルルッと、着信を知らせる音が鳴り響く。俺のではなかった。
「あ、僕のだね。雀ちゃんからかな?」
トワは自分のスマホを取り出すと電話に出る。
「もしもし雀ちゃん? どうかし……え、なに? ちょっと落ち着いて――」
どうやら相手は雀だったようだが、なにか様子がおかしかった。
トワは最初こそ普段と同じくのほほんとした声だったが、段々と表情が険しくなっていって声音も困惑色に染まっていく。
「えっ、春花ちゃんが攫われたっ!?」
半ば悲鳴に近い声だった。トワの言葉に、俺もテツも目を見開いて息を詰まらせる。
後頭部を鈍器で殴られたようなというのは、こういう時に使うんだろう。その衝撃で誰も言葉が出せなかった。石を割った後のような静寂に辺りは包まれる。
ようやく聞こえたのは、震える俺の声。
「……桜井が……攫われた?」
なぜ? 考えても、心当たりはさっぱりだ。
動機が激しくなっている。呼吸も荒い。
いつのまにか固く握られていた拳を開き、手の平を見てみると、汗がじっとりと滲んでいた。自分でも驚くくらい動揺しているようだ。
(……いかん、落ち着け)
俺は、昔光に言われたことを思い出す。あれはたしか、ぼこぼこに負かされた時だったか。
『お前は視野が狭ぇからやり方が一辺倒なんだよ。いいか? まず落ち着け。そんで視野広く持って周りを見渡せば、勝ち方なんて案外そこらへんに転がってるもんだぜ』
子供のころに聞いてもよくわからなかったが、要は冷静に周りを見て状況確認しろとのことだ。
全体を見れば相手の動きも探れるし、なにか使えそうなものはないかも探せる。その相手すらもわからないのに、あれこれ考えていても始まらない。
俺は電話を代わるようトワに求める。
「もしもし雀か、俺……龍巳だ。ゆっくりでいいから、なにがあったのかを説明してくれ」
俺がそう言うと、雀は途切れ途切れのすすり泣き声で話してくれた。
雀の話によると、買い物帰りにたまたま春花を見かけて声をかけようとしたのだが、その前に黒っぽい格好の男が桜井に声をかけ、気絶させた後どこかへと連れ去っていったらしい。
『ぐすっ、ごめん龍巳くん。私、怖くてなにも出来なかった……』
「いや、お前が無事ならそれでいい。それより、桜井を連れ去った奴は、武藤と言ったんだな?」
『そ、そうだよ』
「……そうか」
どうとでもなると高を括っていたのが仇になった。まさか、桜井に手を出すとは。
一体どこで俺と桜井の関係を知ったのかは知らない。だが、攫った奴は桜井を人質と言った。本当に用があるのは俺だろう。
もしかしたら、他にも交友関係を調べているかもしれない。
「雀、まずはそこを離れろ。というかもう帰れ。お前まで危険な目に合うかもしれん」
『で、でも……』
「大丈夫だ。後は俺の方でなんとかする」
『う、うん……』
雀が渋々ながらも頷いた声を出すと、俺は気を付けろよと言って通話を切る。
ただ、相手がわかっても肝心の居場所がわからない。人質を取ったのなら、その内俺にも接触してくるはずだが、そんなものを待っていたら……。
「……くそっ」
焦りが募っていく。思わず苛立った声が出た。
人通りがあるこの時間帯に、堂々と人攫いをしてくるような連中だ、桜井の身になにが起こるかなんて想像に難くないだろう。手遅れになる前に早く助けなければとも思うが、闇雲に探しても時間がかかる。
(光たちに頼むか? しかし……)
テツとトワを見る。2人とも、自分たちも助けに行くといった感じだ。なにを言ってもここを動きそうにない。
光たちに頼めば、人手を集めてきっと直ぐに居場所を見つけてくれる。バイクを持っている奴もいるから、人の足で走っていくよりはるかに速い。しかし、それは俺の秘密をこの2人に明かすことにもなる。
まだ短い付き合いではあるが、なんだかんだ俺はこの2人を気に入っている。だから不安なのだ。
俺のしていることを知れば、この2人も俺から離れていってしまうのでは。垣谷のように、不良だなんだと罵ってくるのではないかと。
「……ふぅ」
馬鹿か、俺は。
直後に思い立って、ありえない被害妄想をしてしまったと鼻で笑う。
俺がどこでなにをしていたとしても、きっとこの2人は気にもしない。自分で言ったじゃないか。そんなことで付き合う人間は決めないと。
どうやら、俺の方が余計なことを考えていたらしいな。
「すまんな、2人とも」
「は? なにが?」
「……いや、いい友人を持ったなと思っただけさ」
俺はスマホをトワに返し、今度は自分のスマホから電話をかける。
「もしもし光。頼む力を貸してくれ。桜井が攫われたんだ」
* * * * *
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