第28話



「いやぁ、懐かしいなぁ」


 話の流れで出会った時のことを話すと、いつの間にか立ち上がっていた光は腕を組み、懐かしむように目を閉じてうんうんと頷く。


「あん時のガキが、今じゃうちでは敵なしだからな。強く育てた甲斐があったってもんだ」


「ガキって、2つしか歳違わないだろうが」

 

 光は今年16歳で俺の2つ上。高校1年生だ。ガキ呼ばわりされる筋合いはない。


「そういや、いつも仏頂面のあの三井が、柄にもなくへこんでたぞ。弟みたいに面倒見てた龍巳に、まさか負けるとはってな」


 先日のことだ。三井仁次。兄貴肌で頼りがいがあって、腕っぷしならここじゃ1番だった。


 が、俺のうっぷんを晴らそうと気を遣い、力比べという名目で発散する場をくれたのだが、その時に負けたのが思いのほか悔しかったらしい。


「謝った方がいいか?」


「やめとけ、余計に傷つく。それに、家に帰ったら嫁に慰めてもらえんだろ」


「モモさんか」


 慰めてもらえるのだろうか。逆に傷を抉ってくるような気がしてならない。モモさんも、元々そっち系だからな。たしか、闘厳狂とかいうレディースの総長だったか? 


「そういえば、もうすぐ子供が産まれるんだったよな?」


 夫婦そろって黒歴史を作っていれば、産まれてくる子供が可哀想になる。


「ああ。モモも引退したって言うし。2人とも、それで少しは落ち着いてくれっかな?」


「どうだろうな」


 俺は苦笑する。あまり想像が付かなかった。普段から、言い争っている印象しかない。そして大抵旦那の方が尻にしかれるのがいつものパターン。


「にしても、チームか……ここもなんだかんだ、結構人数集まってきたし。なんか名前とか付けてぇよな。かっこいいの」


「やめてくれ、こっぱずかしい」


「龍崎のりゅうに、龍巳のたつで、二頭龍なんてのはどうだ?」


「……ほんとにやめてくれ」


 厨二臭くて敵わない。


「なんでだよ、かっこいいだろ? それに、お前中2じゃねぇか」


 光は不満たっぷりに唇を尖らせる。さっき俺のことをガキと言っていたが、お前の方がよほどガキっぽく見えるぞ。


「まぁいいよ。勝手に名乗らせてもらうし」


「俺の名前は絶対に出すなよ。それにそもそも、名前なんて必要なのか?」


「必要だね。家族名ファミリーネームみたいなのがあれば、皆の繋がりもより深まるだろ?」


「……家族、か」


「そうだよ。大なり小なり事情抱えてる奴が多いからな。ここが居場所になればいいと思ってる」


 実の家族との繋がりが希薄な俺にとっては、あまりぴんと来なかった。


 ただ最後の言葉が「お前1人だと思うな」と諭されているようで、やけに心に響いた。


「それにわかりやすく名前と噂が広まれば、馬鹿やる連中も少しは減るだろ。一石二鳥だ」


「馬鹿?」


 ここの連中ではなくてか?


「つい最近だと、黒……なんとかって高校の連中が、やりたい放題やってるらしくてな。警察も頭抱えてるってんで、親父からなんとか出来ないか頼まれてんだ」


「ああ、いつものアレか」


「そういうこと」


 正義の味方だったか。言い方を変えれば人助けだが、子供の俺を誤魔化す冗談だと思っていたそれを、光は実践していたらしい。


 ただ、人助けも千差万別で、今回のは少々穏やかな話ではなさそう。人手は多い方がいいだろう。


「俺も、なにか手伝うよ」


「いやいいよ。だってお前、幼馴染の子との約束があるだろ?」


「……もう、なくなったさ。そんなもの」


 口に出して、また胸が苦しくなった。俺は自嘲し吐き捨てるように言い残すと、立ち上がって観客席の階段を上っていく。


「どこ行くんだよ?」


「話し過ぎたら喉が渇いた。コーヒーでも買ってくる」


 誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれない。俺は光に軽く手を振って、近くにある自販機に向かった。


 階段を上がりきると、夜闇の中で不気味に光を放つ自販機が見える。光に誘われるようにそこまで行くと、俺は無糖のアイスコーヒーを購入した。


 すでに秋も深まっていて夜になると少し肌寒くなるが、先程いた場所の熱気に当てられ、冷たい飲み物が飲みたい気分だった。


 プルタブを開け、冷えたコーヒーを一口飲む。


「……にが」

 

 普段からコーヒーは飲むが、今日はやけに苦く感じる。まるで俺の心の内を表しているようだった。


 失敗したな。こういう時くらいは、甘めの飲み物にしても良かったかもしれない。取り敢えずもったいないので、残ったコーヒーを飲もうとすると。


「? 誰か来るな」


 公園の入口の方から、人が来る気配を感じた。


 暗くてよく見えないが、足音が近づいてくる。どうやらこちらに向かって来ているらしい。


 やがてその人物が自販機の光にぼんやりと照らされた時。ようやくその輪郭がはっきりとわかる。


「春……桜井」


 それは、先程まで心の内を占めていた、幼馴染の少女だった。


 桜井はここまで走って来たのか、栗色の髪は乱れ、膝に手を付き肩で息をして、呼吸も荒い。


「はぁはぁ……た、たっくん」


 俺が口にした名前が普段の呼び方ではないことに表情を悲愴に歪めながらも、5日ぶりに会った俺の名前を、彼女は心配そうな声色で口にした。

 


* * * * *


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