夢屋

二朗

夢屋

俺の名前は川瀬 達郎。

職業は刑事だ。

俺は今、とあるビルの前に居る。

一か月前、俺の妻と娘が行方不明となった。身内が巻き込まれた事件だ。俺は捜査に加われない。悔しさとやるせなさで思い詰めていた時第2の被害者が出てしまった。俺の高校の時からの親友だ。身内や近しい人が立て続けに行方不明となると当然疑われる。その状況を打破すべく俺は、半ば無理やり上司に休暇届けを叩きつけ独自で捜査を行い始めた。俺の後輩は優秀でバレないように捜査会議の資料を俺に横流ししてくれていた。

その資料の中で一際異彩を放っていたのはこのビルの5階に位置する「夢屋」だ。


去年はオープンしたこの夢屋。何故、捜査資料に上がったのかも理解できなかったが刑事の勘ってやつがこの「夢屋」を無性に見逃さなかった。

少し調べてみるとこの「夢屋」は、なんでも好きな夢を見せてくれるという。実に馬鹿馬鹿しい。


ボロいビルには似合わない無駄に重厚な扉を開けると、鼻を突くお香の臭いと何故か無性に吐き気がする女が居た。見た目はそこそこ良い女なはずなのに心の奥が拒絶してたまらない。女は猫なで声でこう言った。


「いらっしゃいませ。川瀬 達郎さん♡」


背筋が凍った。頭の中の「なぜ?」が止まることは無かった。ほぼパニックになりかけている時に、ふと視界に入ったそれを見て俺は腰を抜かした。


「俺…なのか?」


「ふふふ、せいかーい」


「なんで、俺が…ここに?」


あれはマネキンなんかじゃ無い。そう直感した。何がそう思わせたのか分からないが俺は恐怖が顔に張り付いて取れなかった。


「もうすっかりパニックみたいね。ね、達郎?」


「そうだね。実に滑稽だ。いい歳しておもらしだなんて。俺もう32でしょ?」


俺に似た何かは笑いながらそう話していた


「この人はねぇ〜、達郎君のお友達とか同僚とか。あ、あと!君の奥さんや娘さんの夢から抽出した、そっちで言う所のクローンなのだよ」


夢から抽出?馬鹿げている。そんなメルヘンな事出来るはずがない。


「ねぇ達郎?今、あなたは何を考えてる?」


「夢から抽出?馬鹿げている。そんなメルヘンな事出来るはずがない」


頭がおかしくなりそうだった。俺と同じ外見。同じ声。思考回路も同じ。もはや疑いようのない事実なのだ。


「君は、誰なんだ…?」


「私はねぇ〜あなたに恋をしてたの。街で見かけたその瞬間に!これ以上の理想な人は居ないと思ったわ。でもね、あなた一つだけ欠点があったの。それはこのあたしを好きじゃないって事よ。だからあなたと同じ川瀬 達郎を作ったの。あなたの家族や友人の夢からね。」


「そんな事出来るわけないだろ!!」


「でも現に君の目の前にこうして立っているじゃない。あのね所詮この世なんて情報の集まりにすぎないのよ。」


この女は嘘をついていない。女の態度や声色から刑事としての経験がそう結論づけてしまった。だが家族だけでも解放させなければならない。なりふり構っていられなかった。


「お、俺が君を好きになれば良いのか?そしたら妻や娘を解放してくれるのか?」


女は恍惚の表情を浮かべた。この調子で交渉していけば家族や友人を取り返せるかもしれない!


「あなたやっぱり最高だよ!でもね、私は心から出た言葉しか信じないの。だから残念ね。君の家族は帰らないわ。それに、君の家族だって夢の中の方が良いに決まってるわ。ほら、ご覧なさい?あの幸せそうな顔」


女はそう言いながらカーテンをめくるとそこには失踪した全員が妙なマスクをつけベットに横たわっていた。


「なんだ、あれは…」


「ほら、よく見なさい?みんないい顔してるでしょ?」


確かに全員顔が緩んでいる。妻に至っては俺ですら見た事がない幸せそうな顔をしていた。


「あのマスクを付けるとね〜見たい夢が見れるようになるの。なりたかった自分に、いいえ、なれなかった自分に。あ、そうだ!奥さんの夢覗いちゃう?」


そう言って持ってきたモニターに恐らく妻が見てるであろう夢が映し出された。そこには妻と、娘と…。そこに、俺の姿はなかった。俺は必要とされて居なかった。その事実を認識し、心が音を立てて崩れていった。


「最高の表情ね。ほら達郎。早く準備して。」


俺は抵抗する気力もなくあの妙なマスクを付けさせられベッドへ運ばれた。遠のく意識の中で女が何やら喋っていた


「あのね、ここの権利者は君なんだ。君と言うより達郎か。君と達郎の区別なんて一般人には着くわけないの。だからそろそろ君は指名手配されちゃうの。でも、安心して?君はこれから眠るように夢の世界へ行けるわ。」


そして俺は覚めない眠りについた。


「さ、行くわよ!達郎!あたし達の夢の世界へ!」

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夢屋 二朗 @jiro-yan

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