第340話

 同じ日の夜、なゆたはセーフハウスで恒例の報告をしていた。

「で、呼び出された理由は文化祭の入場チケットだったワケか」

「はい。在原涼太が素直に渡さなかった場合に備えて、との事でした」

「愉快な話だねぇ」

「……呆れる話だと思いますけど」

 ディスプレイの向こう側で他人事のように笑ううてなに、なゆたは呆れて呟く。

 文化祭の準備が終わった後、涼太たちと別行動を取ったのはアイカから呼び出されたからだ。

 海水浴場の一件で連絡先は交換していたが、実際にアイカから連絡をしてきたのはこれが初めての事。

 急な呼び出しになゆたは嫌な予感を覚えたが、断るワケにはいかない。

 なゆたと深月に報告だけはして、アイカが指定した場所へと赴いた。

 そこは奇しくも、夏休みに紗千夏たちと食べに行ったパンケーキ店。

 人目のある場所だからと言って、油断も安心も出来なかった。

 相手はただの人間ではないのだ。

 万が一気まぐれに暴れ出したりしたら、なゆた一人で対処しなくてはならない。

 出来るか出来ないかではなく。

 途中で戦えるだけの備えをしてから店に赴いたなゆたは、豪快にパンケーキを食べているアイカに拍子抜けする事もなく、警戒しつつ席に着いた。

 そして切り出されたのが、文化祭の入場チケットの話だ。

「特に断る理由もないのでその場で渡しましたが」

「あー、いいんじゃない別に。聞いてる限り、ただの興味本位だろうし。私もわかるしね、そのあたりは」

「恐らくはそうだと。結局、先ほど帰宅した在原涼太からも受け取ったようですが」

「在原君なら渡しちゃうだろうねぇ」

 なにが楽しいのか、うてなはニヤニヤとしながらみたらし団子を頬張る。

 食事は終えたはずだが、団子は別のようだ。

「んで、たこ焼きの腕はどんなもん? ちゃんと他人様に出しても恥ずかしくないレベルになった?」

「数人でローテーションを組んでいるので、時間帯によって多少は不揃いになりますが、味は問題ないかと。変わった組み合わせもありますが、全員で試食して一定の基準は設けましたし」

「本格的にやったんだ。むしろ無茶な組み合わせがあっても、それはそれで文化祭っぽいと思うけど」

「美味しいと言えない物を出す意味なんてないと思います」

「気持ちはわかるけどね? でもそこはお祭り感を大事にしたいじゃん?」

「理解しかねます」

「あっそ」

 取り付く島もないなゆたの返事に、まだまだ堅物だなぁとうてなは笑う。

「にしても、行きたかったなぁ、そっちの文化祭」

「たこ焼きが食べたいなら、今度ご馳走しますよ? なんなら、不評だった組み合わせも込みで」

「お、いいね。ぜひともご馳走して貰おうじゃない」

 なゆたにしては珍しい冗談だが、うてなは楽しげに頷く。

「確かに興味はあるわね。私も楽しみにしておくわ」

 隣で聞いていた深月も退路を断つように合わせる。

 乗って来るとは思っていなかったなゆたは、そんな二人をジッと見つめた。

「本気ですか?」

「当然。エージェントに二言はない、よねぇ?」

「……別に構いませんが」

 厭味ったらしいうてなの言葉に、なゆたは澄ました顔で頷く。

 本気で言ったワケではないが、特に問題などない。

 監督役の二人にたこ焼きを作って食べて貰う意味はわからないが、望まれるのなら応えるだけだ。

「本当は文化祭で食べてこそ、なんだろうけど」

「そちらも文化祭でしたね」

「なんだよねぇ。ま、この時期にやるとこが多いから、日にちが被るのはしゃーなしだけど」

「同じように開催されるなら、そちらの学校で楽しめばいいじゃないですか。私よりも馴染めていると、いつも自慢げに言ってますし」

「まぁね。てか自慢げって……なんかトゲない?」

「気のせいですね」

「言うようになったねぇ」

「教育の賜物ではないかと」

「ホント、こいつ」

 口元に笑みを浮かべるなゆたに、うてなは上機嫌だった。

 なゆた本人がどこまで自覚しているかはともかく、監督役としてはいい傾向に見える。

「一般公開日が一緒じゃなければ、そっちに深月を行かせたんだけどね。悪いけど、今回はこっちに来て貰うんで」

「私が行く必要なんてないって、何度も言ってるでしょう?」

「まだ言う? もう決めたじゃん」

「そうだけど……」

 二人の会話に微笑を浮かべていた深月が眉を顰める。

 彼女がうてなの文化祭を見に行く必要性はわからないが、あまり乗り気ではない事もなゆたには意外だった。

 久良屋深月はそういった事に肯定的だと思っていたからだ。

「それより、修学旅行も一緒のスケジュールよね? 行き先もほぼ一緒のようだし」

 露骨に話題をすり替える深月に、うてなはやれやれと言いたげに肩を竦める。

「……あぁ、なるほど。ほぼ同じようですね」

 なゆたもそこには触れず、スケジュールを確認して頷く。

「ならあっちでばったり会うかもね」

「可能なら遠慮したいところですが」

 嘘偽りのないなゆたの本音にうてなは苦笑する。

「その間のフォローはこちらでしておくから、気にせず楽しんできなさい」

「問題は起きないと思いますが、わかりました」

 なゆたも修学旅行に行く以上、アイカの監視は出来ない。

 任務を優先するのであれば欠席すべきところだが、不自然になるので今回は深月がフォローに入る。

「じゃ、今日はこれくらいにしておこ。お互い、明日は忙しくなるだろし」

「わかりました」

 通信を終えたなゆたは椅子に深く背中を預け、息を吐いた。

 終わり際、楽しんで来いと笑っていた二人の顔を思い出す。

「楽しんで、か……」

 以前なら難しそうに思えたであろう指令だが、今はそうでもない。

 うてなに対してああ言い返せたのも、準備するのが退屈ではなかったからだ。

 少なくとも今のなゆたは、自分でそれを認められる。

「一日目は、大丈夫そう……問題は……」

 アイカが遊びに来るという二日目がどうなるかだろう。

 そう考えつつ、なゆたは明日に備える事にした。

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