遠い世界の冒険者〜封印された勇者と魔王は千年後の世界で旅をする〜
小豆
プロローグ
1話 時代の終わりと始まり
剣戟の音が鳴り響く。薄暗い、洞窟のような場所で二つの人影が戦っていた。
今まさに勇者と魔王の決戦が終わろうとしている。それは即ち、永きに渡る人類と魔族の戦いに決着が着くことを意味していた。
ぎゃぃん、と一際大きな音が鳴り響いたと同時に、二つの人影は大きく距離をとる。
「寂しくなるな。勇者よ。」
深紅の長い髪、二本のツノが生えた頭、黒いローブに身を纏う魔王と呼ばれる女は、残りの魔力を全て杖に込める。その身体は既に満身創痍で立っているのもやっとだった。
「あぁ、もう終わりにしよう。魔王。」
対する勇者と呼ばれる男も同様に限界であり、最後の一撃を放つ為剣を構える。傷だらけの鎧がこれまでの戦いの激しさを物語っていた。
「これでやっと、『魔王』としての役割も終わるのじゃな……。」
魔王は軽く笑みを浮かべる。小さく呟いた言葉は勇者には届かない。
張り詰めた空気の中、両者は同時に駆け出した。
次の瞬間二つの影は重なり、決着がつく……そのはずだった。
最後の一撃を放つ直前に両者の身体はぴたりと動きを止める。
「何じゃ……!? 身体が、動かぬ!!」
両者の体は金色の太い鎖に囚われていた。
両手、両足、それから首に強く巻き付いてる。
楔のような両端は地面に打ち付けられ、一瞬にして身体の自由を奪われたようだ。
「……この鎖は、――『ゴルディアルの鎖』!!」
勇者はこの鎖に見覚えがあった。
かつて、仲間と共に挑んだ『迷宮』、その最奥で手に入れた『神器』。それが『ゴルディアルの鎖』であった。
岩陰から黒装束の男が現れる。状況からして、その男が鎖を使用したのは明白だった。
黒装束の男はこちらが動けないことを確認して、ゆっくりと近づいてくる。
「誰だ貴様は!! 何故この戦いに水を差す!?」
魔王は激昂して鎖から逃れようとするが、鎖はびくともしない。
「無駄だ、魔王。この鎖は神器『ゴルディアルの鎖』。縛った対象の身体の自由を奪う……勿論、魔力も含めてな。」
勇者が逃れようとする魔王を咎める。
「随分と詳しいな。この状況は貴様の仕業か?」
「それなら良かったんだがな……俺もこの通り動けない。」
勇者は面識のない――と言っても黒装束で殆ど姿は見えないが――男に問いかける。
「お前は何者だ?この鎖の存在を知っている者はそんなに多くはないはずだが……」
黒装束の男は問いかけに答える事なく勇者の元に歩みを進める。
「――狙いは、俺か……!」
勇者を目の前にした黒装束の男は、勇者の身の丈ほどもある大剣を振り上げる。
依然として勇者の身体は動かず、防御姿勢を取ることすらできない。
勇者は一度深呼吸をする。薄暗い迷宮の天井を見上げ、自らの人生の終わりを覚悟する。
大剣が勢いよく振り下ろされる。轟々と空を切る音が今の身体では耐えられる威力でない事を物語っていた。
次の瞬間、肉を斬る鈍い音が響き、鮮血が飛び散る。
――だが、その血は勇者のものでは無かった。振り下ろされた大剣が切り裂いたのは長く赤い髪――魔王であった。
大剣の刃が勇者を切り裂く寸前、勇者の目の前に黒い影が割り込んだ。地面に刺さっていた鎖は、岩塊ごと抜き取られていた。
「貴様……魔王……!? 何故動ける!! 何故勇者を庇う!?」
理解不能の事態に黒装束の男は初めて口を開く。
「さぁな……長い間戦っていたせいで、情でも……移ったのかもしれんな……」
胴を大きく斜めに切り裂かれた魔王からはボタボタと血液が流れ落ちている。人間の勇者であれば確実に胴体ごと切り離されていたであろう威力が、この程度なのは、魔族の強靭な身体によるものだろう。
「この際、理由なんてどうでもいい……! 貴様も既に死にかけのはず! 殺す順番が変わるだけだ!!」
黒装束の男は再び大剣を構える。
確かに魔王の身体はボロボロだった。大きな裂傷と流れ出る血液からは、いかに魔族といえど耐えられるほどの傷では無いことが伺える。
だが、魔王は倒れることなく黒装束の男に視線を交わし、声を張り上げる。
「我は魔を統べる王じゃ!! それ以上進んでみろ!! 差し違えてでも貴様を殺す!!」
明らかにハッタリだった。だが、その肩書きと言葉には万が一を感じさせるほどの気迫が込められていた。
それは、不意打ちを画策する様な相手を撤退させるには十分だった。
黒装束の男は一歩、二歩と後退りする。
「くっ、仕方ない……!! 回収はできないが……この
黒装束の男が闇に消える。次の瞬間、魔王の身体がどしゃりと崩れ落ちる。
それと同時に、大きな衝撃と轟音が迷宮に響き渡る。
パラパラと天井から岩が剥がれ落ちる。
どうやらこの
「魔王、何故俺を庇った……?」
「さっきも言ったじゃろう。ただの気まぐれじゃ」
「俺の知っている魔王は気まぐれで勇者を助けないぞ。お前、やっぱり――」
「まぁ、我はどちらにしろ、ここで死ぬ運命じゃ。貴様だけでもなんとかしたいが……すまんな、もう身体が動かぬ」
勇者の言葉を遮る様に魔王が謝る。意図的に遮られた事を勇者は理解し、それ以上の詮索はしなかった。
「まさか、お前に謝られる日が来るとはな」
不思議と、こんな状況にも関わらず勇者は笑っていた。
「なぁ、これで正解だったのか? これで世界は平和になるのか?」
「これから死ぬって時に、お主は本当に……。正解なんて誰にも分からんよ。ただ事実として、勇者は魔王を討ち倒したのじゃ。これからの未来を変える力は我々には無い。お主が救った人間達では信用に足りぬか?」
「いや……そうだな。アイツらならきっとこの世界を平和に導いてくれるか」
勇者は共に戦っていた仲間のことを想う。
それから、勇者と魔王は話をした。
ほんの少し前まで、命を賭けて戦っていたとは思えないほど穏やかに。
あの魔法がどうだったとか、あの魔物がどうだったとか、本当にたわいの無い話だった。
その間、魔王から溢れ落ちる血液は止まる事なく足元を浸し続けていた。
「……すまんな……お主ともう少し話していたいが……少し、眠くなってきた……」
しばらくして、魔王はゆっくりと目を閉じた。だらりと身体から力が抜け、首が力無く地に倒れた。
「なぁ……魔王。もしも、お前ともう少し早く出会えていれば、こうして話し合えていれば、別の結果もあったと思うか……?」
勇者の問いかけに答える声はもう無い。
揺れと轟音は大きくなり脆くなった天井が崩れ落ちる。
ガラガラと崩壊する迷宮は二つの影を飲み込んでいった。
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