第34話 アイリス

 そうしてちょっとドキドキして彼女の部屋にいった俺だったが、待っていたのは父親への愚痴や思い出話だった。もらったばかりのジュースを飲んでいるアイリスが散々と文句を言っている。やれ、勝手に人生を決めるなとか、足が臭かったとか、でも、魔法の才能はすごいとか、色々教えてもらって楽しかったとかだ。



「お前部屋に誘うから変な勘違いしちゃったろ」

「え……あ……はーーー? 何言ってんのよ、この変態!!」


 

 俺の言葉にアイリスは顔を真っ赤にして文句をいわれてから、お土産としてもらったぶどうジュースをがぶ飲みする。

 なんかやたらとテンション高いけど、これって本当にジュースだよな? 実はお酒じゃないよな?



「私だってわかってるわよ。パパが私を心配してくれているってことくらい……だけど、勝手に婚約者を決めるなんておかしいでしょう!! いつもそうなの!! 私の意見を聞かないで勝手に色々決めちゃうんだから……ここに来る前だって、宮廷魔法使いを目指していたのに、魔法を制御できないからって、魔法から引き離して、礼儀を習わせて王宮でメイドをさせようとしていたのよ、信じられる?」

「まあ、それはしんどいな……それがいやで、アイリスは冒険者になったのか?」



 最初にあった時の彼女は世間知らずな女の子だった。俺が冒険者講習で基礎をおしえたあとに、露店でぼったくられていたのを助けたのを思い出す。何か訳アリだとは思ったがマジで貴族……しかも名門の魔法使いの家系とはな……



「それもあるけど……パパも昔は武者修行で冒険者をやっていたのよ……だから、私が冒険者として名前を揚げればそのうちパパも私の魔法を認めてくれるかなって思って……」

「そうか……」



 少し恥ずかしそうにもじもじとしながら、アイリスはぶどうジュースをチューチュー飲みながら言った。俺にとってベアトリクスという英雄がいるように、彼女にとっての英雄はお父さんなのだろう。

 だったら、答えなんて決まっているんだ。



「じゃあさ、お父さんに認めてもらおうぜ。俺たちは冒険者として立派にやってるよって、アイリスはすごい冒険者なんだって教えてやろう。明日どうすればアイリスを認めてくれるか聞いてみよう」

「アレイスター……でも、私は……」



 俺の言葉に彼女は何かを言いよどんで……何かを言いにくそうにしているその顔を見てピンときた。



「それでさ、もしも……宮廷魔法使いになれそうだったらそっちを目指してもいいんだ。俺に気になんてしなくてさ……」

「は……? はぁぁぁぁ?」



 俺の言葉になぜかアイリスは不満そうにほほを膨らます。あれ、俺なんかやっちゃった? 



「え? なんで怒ってんの?」

「自分で考えなさいよ、馬鹿!!」



 そして、不機嫌になったアイリスと明日デュナミスさんの元へと向かうことを話し合って、俺は彼女の部屋を後にした。



 なんで怒ったんだろうな……



 俺の知る限りアイリスはもっとも努力をして、信用できる優秀な魔法使いだ。彼女とは別れたくはないけど、俺が英雄になりたいように宮廷魔法使いを目指していた彼女の邪魔をしないようにって気を遣ったんだけどな……



 アレイスターの馬鹿……



 私は先ほどまで彼がぶどうジュースを飲んでいたコップを睨みつけながらほほを膨らましていた。

 アレイスターが私の事を仲間だと思ってくれたのは嬉しかった。そして、自分の過去と父への愚痴を聞いて父と向き合うことを手伝う事を約束してくれて……ああ、彼とパーティーを組んで本当に良かったと思ったのだ。

 だから、そのあとの言葉は聞きたくなかった。



『それでさ、もしも……宮廷魔法使いになれそうだったらそっちを目指してもいいんだ。俺に気になんてしなくてさ……』


 それって私なんてパーティーにいらないってことよね……彼が召喚したブリュンヒルデはもちろんのこと、アレイスターも圧倒的な早さで成長して力をつけている。そして、自分がそこまで役に立っていないという自覚もある。だから、私は彼が父を説得しに行こうと言ってくれた時に言いよどんだのだ。



『アレイスター……でも、私は……本当に役に立ってる? 私は本当に立派な冒険者になってるかな?』



 そう聞きたかったのだけれど、彼にとって私はいてもいなくてもいい存在なのだろうか?



「そんなことはないし、仮にそうでも関係ないわ!!」



 弱気になった私は首を振って鼓舞する。私は彼と冒険をして楽しかったのだ。だったら意地でも冒険者を続けてやるんだから!!

 かつては父と同じように宮廷魔法使いにあこがれていた。だけど、今の私は冒険者という生き方に誇りを持っているのだ。冒険者としての生活は大変な事もたくさんあったけど、楽しかったのだ。色々な出会いと経験があって……むしろ貴族としていた時よりも自分らしく生きれている気がして……だから、私は冒険者として生きると決めているのだ。



「それにユニークスキルを鍛え続けたのはアレイスターだけじゃないのよ」



 魔法使いたちの里という魔力のあふれる環境だからだろうか、第六層に来てから自分の魔力が上がってきている感じがある。

 もう少し……もう少し、この暴走魔法をつかえばより強くなれる気がするのだ。



 待ってなさいよ、アレイスター、パパ……私は私の能力を信じて二人のように自分だけの力を手に入れて見せるからね。

 ぶどうジュースを飲みながらアイリスは一つの決意を固めるのだった。

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