はじまりの合図

風と空

第1話 はじまりの合図

「姉ちゃん!もう駄目だ!」


ゆうちゃん、なにを言うの!?」


 正月早々、俺こと相模さがみゆうは切れていた。


「確かにゴロゴロしても良いとは言った。だけど姉ちゃんの周りを見てみろ!」


「ん〜?なんかおかしいの?」


 俺の義姉 相模さがみれい(22)はのんびりした返事を俺に返す。


「TVのリモコンはわかる。食べかけのみかんも仕方ないにしても、流石に脱いだ下着や服、山の様な雑誌に、枕、お菓子の山!それになんでゴミを綺麗に畳んでおいてるんだよ!ゴミ箱に捨てろよ!」


「えへへ〜いいでしょう。こたつから出ないで全部手が届くんだよ〜。しかもトイレに行く時にゴミ箱に捨てるからそれまで一応綺麗にしてるんだよぉ。合理的でしょう?で、こたつの上にはポットあるし、お茶セットも準備してるから飲み物も困らないんだよ〜」


「姉ちゃん、俺が困るんだって…… 」


 全く動じない姉ちゃんにがっくりする俺。嬉しそうにまた横になって箱根駅伝を楽しんでいる姉ちゃん。


 …… この姿みんな知らないんだよなぁ。

 

 俺の義姉 相模 怜はどんな時も笑顔の女性、魅惑的な体型、近くに来ると良い匂いがする、いつも弁当作ってくれそう、優しい心根の良い人と周りから言われている。


 更に仕事場では、きちんと片付けていて、仕事も出来るらしい。姉の親友の清水さん(勿論女性)が証拠あげてるから、本当なんだよなぁ。


 だから姉ちゃんはモテる。それはもう歩いていてもナンパされるレベルだ。


 本人天然なせいか、上手く?かわして無事だが、俺も出来る限り守ってきた。


 そう、俺は姉ちゃんが好きだ。


 オンとオフの差が激しかろうが、ズボラだろうが関係ない。

 俺は姉ちゃんの強さと優しさが好きだ。まあ、見た目は当然好みのどストライクだけど。


 俺が高校生の頃、再婚同士の親が事故で亡くなってから、大学を辞めて働きながら俺を育ててくれた姉ちゃん。そんな姉ちゃんにせめて助けになる為に、家事全般は俺がやる様になった。


 忙しくても俺の事を蔑ろにしない姉ちゃん。イベント事がある度に楽しませてくれて、寂しさを感じさせないように身体全体を使って愛情を与えてくれた。


 …… 惚れるなって方が無理だ。


 だから今でも抱きついてきたり、腕を組んで歩いたり、頬にキスも実は当たり前なんだ。近すぎるからこそ、今の俺の姉ちゃんへのアタックは余り伝わっていないけど。


「だー!姉ちゃん頼むから一回掃除させてくれ!俺が休まらん!」


 まあ、俺も俺でマメすぎるかもしれないけど。


「ええ〜。今良いところなのに〜」


 姉ちゃんが頬を膨らませてこたつをがっしり掴んで抵抗する。

 …… 可愛いんだけど、負けるな俺!


「姉ちゃん、風呂沸いてんだ。一度朝からゆっくり入りたいって言ってたろ。雑誌風呂に持って行って良いから、ゆっくり入ってこいよ」


 年末忙しくてそう言ってぼやいてたもんな。

 これには食いつくだろ。


「ええ!本当?嬉しい〜!侑ちゃん大好き!」


 流石にガバっと起き上がる姉ちゃん。

 ハイハイいつもの大好きね。ってオイ!


「姉ちゃん!なんて格好してんだよ!」


「ん?侑ちゃんの上着借りたの〜。楽で良いんだもん」


 確かに姉ちゃんは俺よりは小さい。だからゆったりだろうけど……


「…… 頼むから何か下に履いてくれ」


 そういや、スカートコタツの周りにあるもんなぁ。大方脚に纏わりつくのが嫌で脱いだな。


「ん?侑ちゃんと二人だけだもん。大丈夫」


 そう言いながら、自慢の長い脚を晒してお風呂へと向かう姉ちゃん。余りにも堂々と目の前を通り過ぎるからついボソッと言ってしまう。


「俺が襲ったらどうすんだよ」


 取り敢えず今は諦めて片づけを始める俺。そんな俺にリビングのドアから顔だけ出す姉ちゃん。


「ねぇ、侑ちゃん。昔決めた合図覚えてる?」


「あー、コレか?」


 片づけながら指笛を吹く。


「うん、上手くなったねぇ」


「そりゃ、あれだけ吹く様に練習させられたらな」


 俺と姉ちゃんには昔ながらの合図がある。

 姉ちゃんも父さん達が亡くなって寂しかったのか、「侑ちゃん、私の事好き?愛してるくらい?」と良く聞く時期があった。


 当然俺はその頃姉ちゃんが好きだったが、反抗期真っ只中。言わされるのも、自分が姉ちゃんに養われているのもあって気持ちを上手く伝えられるはずもなく、「知らね」と誤魔化していた。


 あの時に姉ちゃんが、「もう恥ずかしがってないで、言って良いんだよ?」と何度言っても俺は言えなかった。


 顔はすっげぇ赤くなっていただろうから、揶揄われているんだと思ってムキになっていたら、「じゃあ言うのより、簡単にするからやってよぉ〜」と可愛くお願いするから頷いたのが、コレ。


 我が家では指笛が「好き、愛してる」を意味する様になった。初めは空気音で恥ずかしかったが、今ではしっかり音がなる。それだけ姉ちゃんが俺に言わせていたのだ。


「ねぇ、侑ちゃん。お姉ちゃんの事好き?愛してる?」


 なんかまた始まった。


「当然」と言ってピィーと指笛を吹く。ま、今じゃ言葉できっちり言えるけどさ。


 なんなんだ?と思いながら姉ちゃんの方を見ると、いつもの反応とは違い何か照れた顔をしていた。


 めっちゃ可愛いけど…… ?


「そ、そっか」と言ってバタンと扉を閉める。


 しばらくすると廊下からピィーと指笛が聞こえて、バタバタと廊下を走る姉ちゃんの足音がする。


 え?待て。このタイミングで指笛?


 思わず片づけていた物を落とし、脱衣所に駆け込んだ姉ちゃんの後を追う。


 くそっ、開かねぇ!つっかえ棒使ったな姉ちゃん。


「ちょ、姉ちゃん!今の指笛なんだよ!」


 脱衣所のドアに向かって叫ぶ俺に「きゃー!侑ちゃんのエッチ」と言ってバタンと風呂場に入っていった姉ちゃん。


 え?なんだ?指笛ってことは……


 思い当たる考えが余りにも俺に都合が良すぎたが、どう考えてもあのタイミングの指笛意味は一つ。


 口に手を当てながらドアを背にしてしゃがみ込んで行く俺。


 片づけなんか当然手につくわけがなく、俺は姉ちゃんが上がるまでドアの前から動く事が出来なかった。


 顔が真っ赤だ俺。


 寒い廊下が気にならないくらいだ。



 一時間後、風呂から出てきた姉ちゃんを捕まえた話はまた今度。

 

 言える事は、指笛がこれまでとは違う俺たちの関係のはじまりの合図になったってことだけだな。

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