転生先が……主人公!?

傘原 悠

序章

第1話 目覚め

 目が覚めたら、そこは知らない場所であった。



 枕元に置いてあるはずの時計が見当たらず、部屋の壁も木でできた壁に変わっていた。疑問に思い視線だけで周りを観察すると、山小屋のような部屋に自分だけが存在していた。見渡した結果、この部屋については理解できなかったが、この状況の答えは想像がついた。

 

(……夢か。ってか認識できる夢って初めてだな。いわゆる明晰夢めいせきむってやつか)

 

 着ている服もいつものジャージ姿ではなく民族衣装のような服に変わっており、こんな出鱈目でたらめな状況は夢以外に考えつかなかった。それに先程から頭にモヤがかかったようにうまく頭が回らない。夢だから仕方がないことだが。

 

(……たしか今日は火曜日。……休みはまだまだ先か)

 

 昨日は客先からの理不尽なクレームを受けて気が沈んでいた。自分のことながら現実逃避をしたくなる気持ちが理解できた。その願望がこうして夢として現れたのだろう。ぼんやりとした頭でそう結論付けた。

 

 夢だと判断してからは、しばらくの間ぼうっとしていた。体の感覚に違和感があって動きたくなかったし、夢から覚めたら仕事という現実が待ち構えている。可能な限りこの夢が続けばいいと思い、意図的に思考を放棄していた。無駄な抵抗であるのはわかっていたが、この感情は理屈では説明できないものだ。だが、そんな現実逃避にも少しずつ不安が生まれてきた。

 

(――この夢、何も起こらない)

 

 夢であるのなら無秩序にイベントが発生するものだと思っていた。しかし何も変化がないまま結構な時間が過ぎている。さすがに夢の中とはいえ、長時間このままでいるのも落ち着かない。何か変化が起こるきっかけでもないかと、ひとまず立ち上がりこの部屋を調べてみた。


 探索してまず気付いたのは、壁の木目や小さい傷などが精密に描写されていることだった。家具なども現実みたいに作られていて、夢であることを疑ってしまうレベルだ。しかしそのことを除けば特別変わったことはなかった。結果として理解できたのは誰かが住んでいる家――というぐらいだった。

 

 全体的に調べ終わり最初にいたベットに戻ろうと目を向けた際、ベットの下の台に取っ手がついていることに気が付いた。あまり期待はしていなかったが、見つけた以上は調べなければとベットに向かった。ベットの下にある引き出し開け中を調べると、そこには長さが一メートルぐらいの金属製の剣が置いてあった。

 

(おおっ、これは剣……だよな。昔のヨーロッパにありそうな)

 

 初めて見る非日常的な道具につい興味が湧いてしまった。思わず手に取ってみたが、重たそうな外見にもかかわらず思いのほか簡単に持ち上がり少し拍子抜けをした。

 

(……夢だから重く感じないのか。金属の冷たさや感触はリアルなのに……)

 

 夢ならば感覚は薄いと思っていただけに、手のひらから伝わるはっきりとした感覚に戸惑いを生じたが、ぼんやりとした頭ではそれを深く考えなかった。部屋の探索を終えて今度こそ手持ち無沙汰になり、どうしようかとベットに腰を下ろした矢先――


 

 ゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッ


 

 突如、嵐でも来たかのように激しく叩く音が耳に届き、反射的に音の発生源である扉の方を凝視した。突然の大きな音で驚いてしまい頭は真っ白だった。不意をつかれて混乱した頭では様子を見ることしかできなかった。

 しばらくの間、呆然ぼうぜんとしていると再度――


 

 ゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッ


 

 前回より強くさらに乱暴に叩かれた。とてもではないが友好的な行動ではなかった。返事がなかったことに対する苛立ちがあったのかもしれない。さすがに今度は身構えていたこともあって取り乱すことはなかった。むしろこれを機に混乱した頭が少し働くようになった。


 よく考えてみれば今は夢の中である。その中であれば何が起こっても問題はないはず。むしろ待ち望んでいたイベントが発生したと考えれば安堵あんどする気持ちすら芽生えてきた。驚いた体を落ち着かせるため意識して呼吸を整えた後、扉の取っ手をつかみ――

 

(さて何が出てくるか。叩き方からいって普通の来客とは考えづらい、もしかして強盗か? あぁ、あの剣はそれに立ち向かえっていう夢からの指示か……)

 

 ――そんなくだらないことを考えながら、気楽な気持ちでその扉を開けた。

 

 開けた先で待っていたのは予想に反して女性であった。それもただの女性ではなく日本人離れした容姿を持つ金髪の女の子。まるで創作物ではないかと思うほど顔のパーツ、バランスが良く、容姿が優れていた。この場ではなく別の機会で会うことがあれば間違いなく見惚れていたと思う。


 しかしこの状況で彼女に抱いた感情は恐怖でしかなかった。自分の顔を見た瞬間、無表情だった彼女が今にも襲ってくるのではないかと思えるほど目つきを鋭くして睨んできた。彼女がまとう雰囲気は怒気に満ちていた。

 

 この悪夢の始まりと思われる状況に、さすがに危機感を感じざるを得なかった。

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