23 窮地の報せ

 専用装備を着けてのダンジョンアタック。

 総重量10トン超えと聞いて、ホントにそんなもんを着て動き回れるか不安だったんだが、実際に身に着けてみると、大剣と大盾を含めたフルセットでも、小学生時代にパンパンに教科書を詰めたランドセルくらいの重さにしか感じない。

 さすがスキルによる攻撃力補正はまるで無いとはいえ、純粋な筋力だけなら人類最高峰レベル50に匹敵するマッスルパワー。

 浮遊石と合わせて、これならそこまでスピードも落ちない。

 どんだけだよ。


「では、これにて、このダンジョンに出てくる罠の発見方法と対処方法の講義は終わりです。お疲れ様でした」


 そして、ついに長かったラウン先生による授業も終わり、俺は崩れ落ちそうなほどの疲労感と安堵を覚えた。

 つ、疲れた……。

 専用装備を着て動き回るより百倍疲れた……。

 やっぱり勉強は苦手だ。

 今となっては「このダンジョンには無い罠もあるので、そっちは帰った後にでも教えますね」と言ってるラウンが悪魔にしか見えない。

 こんな短期詰め込み学習という名の拷問を受けて、欠片も堪えた様子がないミーシャは神にしか見えない。

 そうか。天界と魔界はここにあったのか。


 そんな感じで脳が混乱するが、ここで気を抜くわけにはいかん。

 今回は最後に回してあった一番危険な罠を見にきたから、俺達の現在地はダンジョンの奥地。

 前回敗走したポイントよりも深い。

 いくら魔界公爵ラウンがいるとはいえ、気を抜いていい場所ではない。

 全てを投げ出してベッドにダイブするのは、地上に戻ってからだ。

 死ぬ……。

 死んでしまう……。


 それでも、守ると誓ったミーシャと、守ると約束したラウンがいるんだから気合い入れろとせっついてくるユリアの思念にケツをしばかれ、俺は前を向いた。

 その時だった。


「だ、誰か……」


 そんな、掠れるような声が聞こえてきたのは。


「え……? カ、カナンさん!?」


 ラウンが慌てて声の方に駆け寄る。

 そんな状態でも、さらっと罠を避けて走ってるのは凄い。

 ピンチになると使えない子じゃなかったのか?


「ラウン、さん……? なんで、ここに……?」

「そんなことはどうでもいいでしょう!! カナンさんこそ、その怪我はどうしたんですか!?」


 ラウンが駆け寄った先にいたのは……ボロボロの少女だった。

 見覚えがある。

 良い奴らの一人、治癒術師っぽい白ローブの少女だ。

 今はその白いローブは血で汚れ、ラウンが慌てて自作の回復薬をふりかけた。


「まさか、ダンジョンボスにやられたんですか!? グラン達が!?」

「ち、違います……。も、もっと、とんでもないのが、いた……」


 息も絶え絶えに、必死に何かを伝えようとする少女。

 その口から、とんでもないビッグネームが飛び出した。


「『八凶星』です……。魔王軍の、八凶星が、いました……!」


 …………は!?

 え? 八凶星?

 あの中ボス軍団がここにいるのか!? なんで!?


「そいつが、ダンジョンボスを、操って……。皆は、私に、この情報を、地上に、伝えろって……ゴホッ、ゴホッ!!」

「カナンさん!?」


 無理して話したせいか、思いっきり咳き込む少女カナン

 回復薬じゃ治り切らなかったか。

 この子のことも心配だが……こんな話を聞かされた以上、モタモタしてはいられない。

 言うまでもなく、ユリアの感覚も早くしろってせっついてくる。

 救済の意思と、沸き出してくる怒りの両面からせっついてくる。


「君、カナンと言ったな? 君の仲間達は、今も八凶星と戦っているのか?」

「は、はい」

「では、そこまで私達を案内することは可能か?」

「ユリアさん!?」


 ラウンが叫ぶ。

 いや、むしろ、これはお前が言わないといけないことだと思うんだが……。


「相手が魔王軍となれば黙ってはいられない。私達は八凶星を討ちにいく。ミーシャも来るだろう?」

「当然よ!」

「というわけだ。私達は行く。できれば君の仲間も助けたい。無理を承知で頼むが、道案内をしてくれるか?」

「はい……! はい……! ありがとう、ございます……!」


 ワラにもすがる思いなのか、実力もよく知らないであろう俺達の申し出に泣きながらお礼を言う少女。

 よっぽど追い詰められてると見た。

 そりゃ魔王軍幹部と出くわして、仲間達に一人だけ逃されて、その仲間達は助からない確率の方が高い窮地に残ってるんだから、追い詰められてて当然か。


 凶虎から逃げた時のユリアと、まんま同じ状況だ。

 この子は、あのトラウマメモリーを現在進行形で体験してるのかと思うと、深い深い同情と共に、ユリアだけじゃなくて俺まで絶対に助けなきゃならんという決意を抱いちまうわ。


「ラウン、私達三人は行くぞ。君はどうする?」


 まあ、こんなダンジョンの奥地でラウン一人を置いていくわけにはいかない以上、連れていくのは確定してる。

 だが、自分で決めるか流されるがままかっていうのは、大きな違いだと思うんだ。

 なんとなく、ここが分岐点のような気がした。

 ラウンがチキンハートのままで終わるか、一歩前に踏み出せるかの分岐点。

 彼は……。


「ッ……! ハァ……ハァ……!」


 真っ青な顔で、体を震わせて、痛いほどに跳ね回ってるんだろう心臓を服の上から押さえて。

 喉が引きつって声が出ないのか、ほんの数秒にも満たない間だけ硬直して。

 そして、━━自分の顔を殴り飛ばした。 


「行きます! 僕も行きます!!」


 弱い自分を殴り飛ばして、強い声でラウンはそう宣言する。

 黒ゴーレムの時とは違う。

 今回はよくわからない相手ではなく、間違いなくラウンなんか指先一つで殺せるような、音に聞こえた恐怖の象徴。

 あの時と違って、勢い任せでもない。

 こいつは間違いなく、流されるんじゃなくて、自分の意志で仲間を助けにいくと言った。


 男じゃねぇか。

 中性的で可愛い顔してるが、ユリアの精神力とチートの力が無ければ何もできない俺なんかより、ラウンは遥かに男だった。


「よく言った! では、君はその少女を抱えろ。ミーシャは私の背中だ」

「前回と同じね。わかったわ!」


 ミーシャがピョンと俺の背中に飛び乗る。

 今は背中に大剣を背負ってて邪魔だろうが、この半年で鍛えたマッスルを駆使して、なんとかしがみついてくれ。


 で、ラウンは俺の言った通り「カナンさん! 失礼します!」と断ってから、彼女を後ろからガバッと抱きかかえた。

 少女の方は「ちょ!? こういうのはグラン様に……!」とか、なんかよくわからないことを言ってたが、そうして密着状態になった二人を、俺が大剣を背中に背負って空いた右腕の脇に挟むような形で持ち上げる。


「カナンは道案内を頼む! 君の覚えている道筋だけが頼りだ!」

「は、はい!」

「ラウンは罠を探して教えてくれ! そうでなければ、私は罠に引っかかりまくる!」

「はい!」

「そして、ミーシャ!」


 俺は背中のミーシャに向かって、告げる。


「私が避けられなかった罠の迎撃を頼む。ここはダンジョンの奥地だ。恐らく、ラウンに教えられたところで、私は全ての罠を避けきることはできないだろう。━━頼りにしているぞ、相棒」

「! ええ! 任せなさい!」

「よし!」


 これにて準備は完了。

 ユリア戦車にナビゲーション、索敵係、砲撃手が乗り込んだ。

 四位一体。

 飛ばしていくぜ!


「出陣だ!!」

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