19 勧誘会議

「凄いものを持ってきたな。あれなら対価としては充分だ。早速、お前の装備の製作に取りかかる。楽しみにしていろ」

「ああ! よろしく頼む!」


 黒ゴーレムを世紀末エプロンの家に運び終われば、彼は装備の制作を快諾してくれた。

 俺もユリアもテンションを上げながら、夢の専用装備の完成を待つ。


 デザインや性能には俺も口を出した。

 まずは理想を告げて、世紀末エプロンに現実的な視点からダメ出しされ、それならばと代案を出して、オタク談義のように盛り上がりながら徹夜で議論を重ねた。


 あの世紀末エプロンは、常時効果音を鳴らし続けてるだけあって、カッコ良さというものをわかってる。

 厨二的センスの波長が合う人との談義は楽しい。

 ユリアもわりとこういうのが好きなのか、残留思念からワクワクとした感情が伝わってきて大変微笑ましい。

 傍で見ていたミーシャがむくれるほど、俺達は自分達だけの世界に入りこみ、デザイン案が決まった時には固い握手を交わした。


 そんな力作の完成予定日は、2週間後だそうだ。

 できたら即行で取りにいくべし。


 専用装備の方はそんな感じとして、ラウンによる教育も大分進んできた。

 マッピングの講義は三日かけて終了。

 次に罠の発見方法を習い始め、それから四日が経過。

 着々と知識が積み上がってきている。


 まあ、あくまでも、どうにか先達の知恵を頭に詰め込んでるってだけで、ちゃんと実践できるかは別問題なんだがな。

 ミーシャも教わったことがスキルとして発現する領域には到達していないし。

 俺? 言わずもがなだろ。


 ゲームにおいてのスキルは、魔導書を使うか、イベントを経るか、キャラが一定のレベルに達したら自動で覚えるものだったんだが、現実では恐らく、地道な積み重ねの果てに、肉体なり魂なりに刻み込まれる感じだと思う。

 ミーシャがレベルアップの瞬間ではなく、なんでもない日頃の鍛錬の最中に新スキルを獲得したことがあったから、多分間違いない。


 しかも、ちょっとやそっとの努力じゃ、技能はスキルにまで至らないと思われる。

 ミーシャがこの半年で新しく得たスキルは『MP増強』と『MP自動回復』。

 学園時代から魔法を使いまくってるはずのミーシャが、敵を倒しまくらなきゃいけない冒険者生活で更に魔法を酷使して、ようやくそれらのスキルがレベル1で発現。

 体作りのために結構ハードなトレーニングをやってもらってるのに、そっちはスキルの獲得どころか、ステータスが雀の涙ほどに微増って結果だ。

 なお、俺も脳トレを頑張ってるんだが、知力のステータスはまっっったく上がっていない。


 どれだけスキル獲得までの道が遠いのかよくわかる。

 ゆえに、そんなスキルが発現するほどに頑張ったラウンに、一朝一夕の努力で近づけるわけがないのだ。

 こればっかりは年季の差だろう。

 俺達がその域に到達するには、地道に年単位の努力を積み重ねていくしかない。


 一応、その道筋を短縮する手段もあるんだが……。


「では、会議を始める。議題はラウンを勧誘するかどうかについてだ」

「……はーい」


 ……なんか、ミーシャの返事がテンション低いな。

 いや、どっちかっていうと不機嫌な感じか?

 そういえば、この議題を最初に話した時から、ミーシャは若干ご機嫌斜めだったような……。


「不服そうだな。ミーシャはラウンが嫌いか?」

「別にそういうわけじゃないわよ」


 違うらしい。

 この半年で少しはミーシャの顔色を伺えるようになったからわかるが、これは本当にラウン自体には何も思ってない感じの顔だ。

 多分な。


「ただ、二人旅じゃなくなると思うとちょっと寂し……」

「ほほう」

「ハッ!?」


 ミーシャは自分が何を口走ったのか一瞬わかっていなかったようで、実に面白いセリフを聞かされてニヤニヤとしてしまった俺の顔を見て、ようやくハッとなった。

 しかし、もう遅い。

 俺とユリアの感覚が重なる。

 二人分の感情で口角が吊り上がっていく。


「そうかそうか。私と二人きりじゃなくなるのが寂しかったのか。すまなかったな。お前の気持ちを蔑ろにしていた」

「違っ!? 今のはちょっと口が滑っただけで……って、抱きつくな! 押しつけるな!」


 ユリアが体を勝手に動かして、小柄なミーシャをすっぽりと包み込むように抱きしめた。

 最初の頃こそ、中身がバレた時のことを思って恐怖に震えたものだが、こいつらは結構スキンシップが激しいので、もう慣れた。

 ミーシャは腕の中でワーワーニャーニャー言ってるが、バカめ!

 お前の細腕で、この怪力ゴリラから逃げられるわけがあるまい!


「よしよし。寂しかったな。安心しろ。三人になっても、ちゃんとこうして甘えさせてやるからな」

「やーめーろー!!」


 ユリアは妹を愛でるように、俺は猫を可愛がるような感覚で、ミーシャの頭を撫で撫でする。

 こいつ、ホントに可愛いな。

 性的な意味ではピクリともしないが、妹的な存在や、愛玩動物的な存在って意味ではドストライクだ。


 今のミーシャは、さながら家に新しい猫が来て、飼い主がそっちにばっかり構うのが気に入らない先住猫っぽい感じがする。

 思い返せば、最近は専用装備や世紀末エプロンにも浮気してた。

 だから、寂しくなってご機嫌斜めになってたのかもしれん。

 何それ、可愛い。

 クソ生意気なウチの妹様とは大違いだ。

 このイケメンユリアボディで、もっと撫で撫でしてやろう。


「い い 加 減 に し ろ ー !!」

「あ……」


 ミーシャは上手いこと体をひねって、俺の腕から脱出してしまった。

 体の使い方が上手くなりやがった。

 体作りの成果が出てやがる。


 そして、ミーシャは部屋の隅にまで逃げて、「フシャーッ!」って感じで威嚇しながら、こっちを睨んでくる。

 俺とユリアはダブルでしょんぼり。

 構いすぎには、くれぐれも注意ってことか。


「悪かった。からかいすぎたな。もうしないから、こっちにおいで」

「うー……」


 唸りながらも、素直に戻ってくるミーシャ。

 お前、そういうとこだぞ。

 構いたくなってまうやろ。

 だが、ユリアの騎士として約束は守るというスタンスに引っ張られ、俺もそれ以上構うのは自重した。


「コホン。さて、話を戻そう。ラウンを勧誘するかどうかだ」

「別にいいんじゃないの」


 ミーシャは寂しさが解消されたからか、サラッと賛成意見を口にした。


「学びを力に変えるのには時間がかかる。私達があいつと同じことができるようになるまでには何年もかかるわ。だったら、既に仕事ができてる人材を勧誘するのは何も間違ってないもの」


 まあ、能力面だけを見たらそうなるだろうな。

 ラウンは有能だ。

 罠は数十メートル先から見つけるし、敵の接近にもユリアの何倍も早く気づく。

 この一週間、多くの罠を実地で体験するためってことで、結構深い階層にまで潜ったが、危険そうな要素をラウンが即座に発見するもんだから、ヒヤリとする場面すら一度もなかった。

 ラウンの最大の弱点であるチキンハートが発動するというピンチに、そもそも陥らない。


 加えて、あいつはかゆいところに手が届く。

 ミーシャが魔力MPを消費してきたら、本人が訴える前に魔力回復薬マジック・ポーションを差し出すなんて当たり前。

 この魔力回復薬一つとっても、冒険者には魔法使いがあんまりいないから、需要が少なくて手に入りづらいってのに、まさかのラウンの手作りだ。

 あいつ、『調合』のスキル持ってるからな。

 本人は「本職の人に比べたら全然ですよ」って言ってるし、実際そうなんだが、あれがあるのと無いのとじゃ大違いだ。


 他にも、彼は俺達の苦手分野を補ってくれる。

 特化型の宿命なのか、俺達は得意な状況にはとことん強いんだが、苦手なシチュエーションというものも数多い。


 例えば不意打ち。

 俺ではなくミーシャを狙われて、俺がそれに気づけないと防御力皆無のミーシャは死ぬ。

 ユリアの感覚は鋭いが、別に索敵特化ってわけじゃないんだから、当然完璧にはほど遠い。

 今まではピッタリくっつくような位置で守ることで対策してきたが、それは対策というより苦肉の策だ。


 そこでラウンの登場。

 テレレレッテレー、『索敵:Lv20』〜!

 これがあれば突然のアンブッシュにも安心。

 さすがに隠密特化の魔獣とかは、すぐ近くにくるまで察知できないらしいが、今まではゴブリンの不意打ちにすらビビってた身としては、ありがたいことこの上ない。


 例えば、数で囲まれるのとかも地味にキツい。

 俺は硬いが手の届く範囲は狭く、多方面から押し寄せられると、全部は防ぎ切れない。

 今のところは、ミーシャを背中に乗せて俺の機動力で振り切ったり、ミーシャの『火炎壁ファイアウォール』で全方位防御したりしてるが、化け猫みたいに速くて重い奴が敵に一体でもいればミーシャを乗せた状態だと危ないし、そういう奴らが炎の壁を突き破ってきたら相当厳しい。


 そこでラウンの登場。

 テレレレッテレー、『誘導薬』&『状態異常詰め合わせセット』〜!

 誘導薬は、ぶちまけた対象に魔獣の注意を誘導する薬品だ。

 敵にぶっかければ軽い仲間割れが発生するし、俺にぶちまければ盾役としての能力が大きく向上する。


 というか、これ実質、必殺スキルの『敵意集中ヘイト・コレクト』じゃねぇか!

 敵の攻撃を自分に集中させる、ゲームだと盾役にとって必須だったスキルの一つ。

 欠点としては、スキルと同じで知性のある相手(人間とか)には効かないこと。

 あと、スキルと違って相手の魔獣の種類によって薬品の調合を変えないといけない点らしいが、あいつは元Aランクパーティーの一員として、さまざまな魔獣と出会ってきたので、大抵の相手に効く調合を覚えてるそうだ。


 状態異常詰め合わせセットに関しては、読んで字のごとく。

 基本的に粉末状にして煙玉みたいなものの中に入れており、炸裂させて相手に粉末を浴びせれば、特定の状態異常を引き起こす。

 持続時間が僅かな上に、高位の魔獣には大して効かないそうだが、ザコの群れは少しでも時間を稼げればミーシャの魔法で焼き払えるし、高位の魔獣は俺が突貫すればどうにかなる。


 生物じゃないゴーレムには毒や麻痺みたいなメジャーな状態異常は効かないから、ここのダンジョンではあんまり使えないって言ってたくせに、それでも『錯乱』だの『目潰し』だのといったマイナーな状態異常だけで充分以上に役に立ってる。

 というか、ゴーレムの錯乱状態とか目潰し状態ってなんだよ。

 あいつら錯乱するような精神も無ければ、潰されるような目も耳も鼻も無いだろうが。

 でも、実際になってるんだから何も言えねぇ。


 そんなわけのわからないアイテムの他にも、ラウンはいくつもの手札を持ってる。

 どれもこれも素材を揃えたり調合したりする手間を考えれば、決して費用対効果が高いとは言えない。

 一人一人が高水準に色々とできるパーティーなら、もっと効率的な手段が山ほどあるだろうし、メリットよりも身体能力絶無のラウンを守り続けるデメリットの方が遥かに大きいだろう。

 だが、特定条件下においては守る能力がカンストしてる俺がいて、なおかつ、できないことが多い俺達にとってはピンポイントに欲しい人材だ。


 ミーシャは、あいつと同じことができるようになるまでに何年もかかると言ったが、正直、俺は十年かけてもラウンと同じことができる自信がない。 

 最低限、必要なことだけを習得するって意味なら、ミーシャなら確かに数年でいけるかもしれない。

 だが、ラウンがいれば『最低限』ではなく『最高限』になるのだ。

 この差は、あまりにも大きい。


 と、まあ、これがラウンを勧誘することのメリット。

 そして当然、何事にもメリットがあればデメリットもまた存在する。


「だが、私の守りも完璧ではない。硬くはあるが穴だらけだ。守る対象がお前一人ならともかく、二人となれば確実に守れる保証はない」


 これが最大の問題点。

 俺も成長し、ユリアの感覚もアップグレードされたとはいえ、まだまだ本来のユリアだった頃の技量にはほど遠い。

 そんな状態で護衛対象が二人になったら、ポカをやらかす可能性は大いにある。

 そして、ミーシャもラウンも、ほぼほぼ防御力が皆無に等しい以上、ポカ=死だ。

 責任重大すぎて吐くわ。


「それが何? 先輩が完璧じゃないことくらいよく知ってるわよ。ヒヤッとする場面が数え切れないくらいあったもの」


 しかし、ミーシャは俺の心配を笑い飛ばした。


「けど、完璧じゃないから仲間を求めたんでしょ? だったら、守りも先輩一人じゃなくて、全員でやればいいじゃない。先輩が抜かれても、私の魔法で撃ち落としてやるわよ」


 ミーシャが薄い胸を叩きながら、そんなことを言う。

 ……確かに、最近のミーシャの防御力は、決して低いとは言えない。

 いや、一発直撃を食らったらアウトなのは変わらないんだが、避けたり敵の攻撃を魔法で迎撃するのが上手くなった。


「そこにラウンの索敵による早期警戒、アイテムによる補助が加われば、もっと堅固になるわ。

 自分の防御が穴だらけだって自覚してるなら、チームプレイでそれを塞げばいいじゃない。先輩は一人じゃないんだから」

「!」


 一人じゃない、か。

 そうだな。そうだった。

 自分の口から出た言葉を、うっかり忘れていた。

 いくら防御力がカンストしてるからって、自分一人で防御を担ってるつもりになっていたとは、自惚れもいいところだった。


「お前の言う通りだな。ありがとう、ミーシャ。おかげで大切なことに気づけた気がする」

「ちょ、だから頭を撫でるなぁ!」


 またミーシャが「フシャーッ!」と唸ってしまった。

 しまった。ついうっかり。


「コホン。では、私達としてはラウンを勧誘する方向で動きたい。それで構わないか?」

「ふん! それでいいわよ」


 プイッとそっぽを向きながらも、ちゃんと返事をしてくれるミーシャ。

 ウチの妹だったら、ゴミを見る目を向けてきた後、無言で立ち去ってるところだろうな。

 やっぱ、こいつ可愛いわ。


「しかし、ラウン本人の気持ちはどうしたものか……」


 あいつは俺達に教え終わったら引退するつもりでいる。

 その後は今もやってる世紀末エプロンの手伝いを含め、色んなところのバイトをかけ持ちしながら、冒険者に代わる何かを探すつもりだそうだ。

 そこへこんな話を持っていって、あいつを迷わせるというのもいかがなものか。


「そんなの本人に決めさせればいいじゃない。最終的に選ぶのは自分なんだから、そこまで先輩が気づかってやる必要はないわ」

「そういうものだろうか……」

「そういうもんよ。あれでも男なんだから、自分の道くらい自分で決められるわよ」


 結局、俺はミーシャのその言葉を信じ、とりあえずラウンに話だけでもしてみることを決めた。

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