13 足りないもの

 冒険者になり、ミーシャという仲間ができてから半年と少しが過ぎた。

 俺達は最初に出会った町を旅立ち、各地を転々としながら依頼をこなし、最近になってCランクに上がれた。

 認識票しんごうきの色は青。

 もう一つ上がれば、ついにメダルの色になる。


 そして、現在。

 俺達は立ち寄った『ギガントロック』という、山岳地帯にあるやたら強そうな名前の町の宿の中にいた。


「では、会議を始めよう」

「はい……」


 宿の中なのでお互いに戦闘服ではなく、楽な格好の普段着で向き合う。

 俺もミーシャも薄着なんだが、ミーシャは成長期なのに、この半年ちょいで身長たてよこもマイクロ単位しか成長していないので、ピクリともしない。

 ユリアの感覚が訴えてくる虚しさを差し引いても、まだ自分ユリアの薄着の方が興奮する。

 まあ、それはさて置き。


「私達もCランクになったことだしと、昨日初めて『まとも』なダンジョンに入ってみたわけだが……感想を聞こうか」

「思い出したくないわ……」


 ミーシャは僅かに震えながら、青い顔でそう言う。

 俺も全面的に同意だ。

 化け猫の一件で、曲がりなりにもAランクのダンジョンを攻略したと言える経験があったからか、俺達はダンジョンというものを舐めすぎていた。


 このギガントロックの町にもダンジョンがある。

 攻略難度B。

 出てくる魔獣は、岩石や金属の巨人である『ゴーレム』だけという珍しいダンジョンだ。


 攻略難度で言えば、化け猫のいたダンジョンの方が上。

 だが、あそこは化け猫が強かったからAランクに認定されてただけで、それを差し引けばCランクくらいだったって話だ。

 そのCランクという評価も、出てくる魔獣の数と強さによるもの。

 あそこは、ダンジョンの専売特許とも言える地形的な怖さが欠片もない場所だった。


 だが、この町のダンジョンは違う。

 まさに正統派って感じの迷宮だ。

 入り組んだ迷路に、仕掛けられた大量の罠。

 溶岩だの毒の池だのといった特殊なフロア。

 謎解きまでは無かったが、無くても滅茶苦茶に苦戦した。


 舐めていたんだ。

 出てくる魔獣ゴーレムは本当に大したことがない。

 俺の拳一発で爆散するし、相性が悪いはずのミーシャの火魔法でも焼き尽くせる。

 しかし、迷路によって俺達は盛大に道に迷い、罠に引っかかりまくり、ミーシャが死にかけた。


 もちろん、俺達だって無策でダンジョンに突っ込んだわけじゃない。

 事前に情報くらい、ちゃんと調べた。

 ミーシャは知力がものを言う魔法使いらしく、頭が良い。

 迷路の道筋だって、ギルドで売られてた地図を購入して一瞬で覚えた。

 気をつけなければいけない罠だって、全部頭に入っていた。


 俺だって別にバカじゃない。

 知力のステータスは低いし、中身の俺の偏差値も低いが、別にバカってほど頭の出来が悪いわけじゃない。

 知力の高い奴が、頭の中にコンピューターでも搭載してんじゃねぇのかってレベルでおかしいだけで、知力99は決してバカではないのだ。


 そんなバカではない俺だって、ミーシャには及ばないまでも、ちゃんと対策を覚えて実践したつもりだった。

 ゲームでダンジョンのことも知ってたし、ユリアの記憶にも学園時代の実戦訓練でダンジョンアタックした経験があったし、まあ、いけなくはないだろうと思ってた。


 甘かった。

 知ってることと、実際にできるかどうかということは、全くの別問題だったのだ。


 罠は見分け方を教えられてても、実際に見つけようとするとわかりづらく、特に戦闘中は見分けてる余裕なんざない。

 その結果、戦闘中に天井から壁が落ちてくる罠に気づけず、大量のゴーレムに囲まれた状態で、落ちてきた壁に阻まれてミーシャと分断されるという最悪の状況に。


 結局、俺の馬鹿力で強引に壁を破壊して合流したが、壁の破壊にはそれなりに時間がかかってしまい、その間にミーシャは相性最悪の、熱に耐性のある鉱石でできたゴーレム複数体に囲まれて負傷。

 救助は間に合ったものの気絶してしまい、俺はそんなミーシャを抱えて地上に戻ろうとしたが、彼女を守ることに意識がいって大量の罠に引っかかった。


 身を盾にして、全ての罠からミーシャを守りはした。

 だが、落とし穴にハマって下の階層に落下してしまい、唐突な階層移動のせいで、自分達の現在地がわからなくなったのが致命的。

 これでは地図があっても、道筋を覚えていても意味がない。

 現在地がわからなければ当てずっぽうに動くしかなくなり、結果近づくなと言われていた危険なフロアに入ってしまって、さあ大変。


 アクシデントがあるまでは、なんか中ボスっぽい巨大ゴーレムを簡単に倒せるくらい順調だったせいで、結構深い階層まで来てしまっていたことも災いした。

 溶岩の熱気や毒の沼の瘴気で、気絶から回復したミーシャのHPがどんどん減っていった時は死ぬほど焦った。

 念のために購入しておいた、耐熱のローブと解毒薬が無ければ間違いなく逝っていただろう。

 最終的には、どうにか見覚えのある場所に出られて、そこから弱ったミーシャが必死にナビゲートしてくれたおかげで地上に戻れたが、マジで危機一髪だった。


 ユリアの授業の経験も、あんまり役に立たなかった。

 彼女が経験したのはあくまでも、学生が入れるような『低ランクのダンジョン』を、騎士団のやり方である『物量作戦』で攻略しただけ。

 たった二人でBランクの迷宮に挑むとなると、話はまるで違う。

 修学旅行で沖縄に行くのと、個人旅行で治安の悪い国に行くことくらい違う。

 せめて、騎士としての正式な仕事でダンジョン攻略をやったことがあればまた違ったんだろうが、ユリアは社会人一年目のぺーペーだったからなぁ。


 まあ、俺のゲーム知識に至ってはユリアの修学旅行、じゃなくて実戦訓練の記憶以上に、クソの役にも立たなかったんだが。

 画面の中のグラフィックと、現実の危険地帯が一緒なわけなかったんだ。

 戦争ゲームで磨いた腕で、実際の戦争を生き抜こうとするみたいな話だぞ。

 ましてや、あそこはゲームにも出てこなかったダンジョン。

 そんな知識があるからって理由で慢心した俺は、特大のバカだった。


 何かが一つ違っていれば。

 それこそ引っかかった罠のうちの一つでも、俺じゃなくてミーシャに当たっていたりしたら、今頃どうなっていたことか。

 そう思うだけでゾッとする。

 正直、ダンジョンなんてもう潜りたくないってのが本音なんだが……。


「私達に最も足りていなかったのは、ダンジョンという場所に慣れた先導者だな。先達の指導も無しに、頭で覚えた机上の空論だけで踏破できるような場所ではなかった」


 頭は勝手に働き、口は勝手に反省点を言葉にしていく。

 なんか最近、ユリアの残留思念が強くなってきた気がするな。

 体の支配権が、ちょっとだけ向こうに戻ってるような感じがする。

 このまま全権がユリアに戻ったら、俺は解放されると思いたい。

 ワガママを言えば、解放されるのはこいつらのハッピーエンドを見届けてからだと嬉しいが、それはともかく。


 なんでダンジョンの攻略をやめないのか。

 理由は簡単だ。

 ユリアとミーシャの最終目標は、故郷の仇である凶虎の討伐と、その裏にいる全ての黒幕である魔王の討伐。

 そして、魔王は『魔王城』という攻略難度SSのダンジョンの中にいるというか、魔王城のダンジョンボスが魔王だから、奴を倒そうと思ったらダンジョン攻略の技能は必須なのだ。

 だからこそ、攻略難度Bごときのダンジョンから尻尾巻いて逃げるという選択肢はないのである。

 うへぇ。


「大人しく低ランクのダンジョンから慣らしていくのも手だが……」

「高ランクダンジョンに挑むようなベテランの指導者を見つけた方が、絶対早く成長できるわね」

「そうだな。なら、どこかのベテランパーティーに頭を下げて、教えを乞うのが一番現実的か。だが、飯の種を取り合う同業者相手に、素直に教えてくれるかどうか……」

「見返りとして、私達がしばらくそのパーティーで戦えばいいんじゃない? 私と先輩の戦闘力なら、対価としては充分でしょ」

「ふむ。なるほどな」


 ミーシャから良い案が出た。

 やっぱり、こういう時に意見を出してくれる仲間がいると助かる。

 ソロプレイじゃできないことだ。


「では、ひとまずの方針はそれでいいか?」

「異議無し」

「よし。だが、実際に行動に移す前に、装備を新調しなければな」


 ダンジョンアタックで、俺の装備は全損してしまった。

 ワータイガーや化け猫相手に体重差で苦戦したこともあって、自分を重くできる全身鎧と大盾を装備してたんだが、罠とゴーレムにフルボッコにされて粉々だ。

 ネタキャラのカンスト耐久力も、装備品にまでは適用されないのである。

 これもゲームとの差異だな。


「これを期に、もっと重い鎧が欲しい。大型のゴーレムには吹き飛ばされそうになったし、私にはまだまだ体重が足りない」

「そんなデカい果実二つもぶら下げといて、嫌味か……!」

「誰が胸の話をした」


 ミーシャも大分遠慮が無くなってきたな。

 成長期に成長できなくてやさぐれてるだけかもしれないが、まあ、軽口を叩けるほど仲良くなれたと思おう。


「とりあえず冒険者ギルドに行って、よさそうな武器屋と、教えを乞えそうなパーティーの情報をもらってこよう」


 そんなわけで、俺はやさぐれた思春期の娘を連れて、この町の冒険者ギルドに赴いた。

 そして、そこで見てしまった。


「ラウン。お前は、━━追放だ」


 なんか、お約束っぽい場面を。

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