5 冒険者登録

「ハァ……ハァ……どうにか辿り着けたか」


 遭難から一ヶ月。

 俺はなんとか森林地帯を抜けて、小さな村を発見。

 そこで道を教えてもらい、冒険者ギルドのありそうな大きな町に辿り着くことができた。


 ここまで色々と困難があった。

 遭難を悟ったのと同時に、自分が一文無しであることにも気づき、ユリアの知識に頼って、倒したワータイガーの素材を剥いだ。

 倒せば勝手にドロップアイテムになってくれたゲームと違って、手作業での解体だ。


 道具も無かったから、素手で牙や爪を引き抜き、素手で毛皮を引き千切り。

 異世界物のお約束であるアイテムボックス的な救いも無かったから、血生臭い毛皮で牙と爪を包んで持ち歩き。

 ユリアの残留思念と混ざってなかったら、あの鉄臭さで発狂してた自信がある。


 しかも、あの森は魔獣の巣窟だったらしく、森の恵みは奴らに食い尽くされていて、仕方なく魔獣を食った。

 火起こしの道具も無かったから、生肉を加工なしで。 

 ユリアの残留思念と混ざってても発狂しそうになった。

 彼女の復讐心という心の支えがなかったら、俺の冒険はそこで終わっていただろう。


 唯一の救いは、空腹や喉の渇きを殆ど覚えなかったから、そんな苦行は数回だけで済んだことか。

 多分、生肉での腹下りの回避も含めて『状態異常耐性:Lv99』が仕事したんじゃないかと思ってる。

 『餓え』や『渇き』も状態異常扱いなんだろう。


 あと『疲労』や『眠気』もだな。

 あれだけキツい遭難生活をしておいて、夜も警戒のために殆ど寝れなかったのに、疲労が精神的なもの以外に皆無なのはマジで凄い。

 さすが、頑丈さ極振り。


 ついでに、魔獣相手に戦闘テストを重ねられたのも良かった。

 おかげで、まだまだ拙いものの、ギリギリ見習い戦士を名乗っていいくらいの技術は身についたと思う。

 エリート騎士のユリアの感覚があるのに、見習い戦士止まりっていうのは情けないにもほどがあるが……。


 いや、でも言い訳をさせてもらうと、ユリアの感覚自体も劣化してる気がするんだよな。

 身体能力が激変して、感覚が狂ったことを差し引いても。


 その原因は恐らく、ゲームのユリアが持ってた『剣術』や『盾術』のスキルを失ったからじゃないかと睨んでる。

 あの手の武器スキルは、ゲームでは対応武器を装備した時に攻撃力や防御力に補正がかかるってスキルだったが、それってつまり武器の扱いが上手くなるスキルだったんじゃね? と思い至った。

 それが無くなったからこそ、まるで長いブランク明けのように感覚が劣化してるんじゃないかと。


 つまり、耐久スキルで武器スキルを上書きした俺のせいですね。

 どんだけ足引っ張ってんだよ俺ぇ……。


 なんとかスキルを覚えられる魔導書を手に入れて、この過剰すぎる耐久スキルのいくつかを、使えるスキルでもう一度上書きできないか?

 でも、ユリアの記憶によると、魔導書って最低でも貴族クラスじゃないと持ってない貴重品なんだよなぁ……。

 考えてみれば、ゲームでも魔導書って、相当高位のダンジョンで手に入れるか、王族や貴族関連のイベント報酬でしか出てこなかった気がする。

 自力で取ってくるか、勇者パーティーに入れて国の支援を受けられるようになったらワンチャンってとこだな。

 少なくとも、今すぐにどうこうはできない。


「はぁ……」


 思わずため息が出る。

 だが、めげている暇はない。

 ようやく町に辿り着けたのだ。

 ようやく俺の冒険が始まるのだ。

 まだ始まってすらいなかったのかと思うと、一気にやる気ゲージが下がっていくが、このゲージが一定値を下回るとトラウマメモリーが強制的に脳内で再生される以上、無理矢理にでもやる気を出さねば!


 うっしゃあ!

 行くぞぉ!


 俺は気合いを注入してから、冒険者ギルドへと足を踏み入れた。

 ドレスコードは一応満たしている。

 今の俺の服装は、森の入口の村で魔獣の素材と物々交換で手に入れた頑丈な服(田舎者丸出し)と、同じく村で手に入れた、引退冒険者のお下がりである古びた片手剣。

 鏡……はここまでの道中には無かったから、水溜りとかで確認したところ、冒険者に憧れて田舎から上京してきた女の子ですって言えば、十人中十人が信じそうな見た目だ。


 実際、冒険者ギルドに併設されてる酒場っぽいスペースで飲んでる冒険者達から、奇異の視線は感じない。

 ユリアの顔面偏差値とプロポーションだけは隠せないから、おっさんが舐めるような目で見てきたり、チャラ男っぽいのが口笛吹いてたりはするがな。

 うへぇ、気持ち悪い。

 違うとわかってても、こう言いたくなる。

 テメェらホモかよ!


「冒険者ギルドへようこそ。本日はどういったご要件でしょうか?」

「冒険者登録を頼む」

「かしこまりました。では、こちらにお名前をどうぞ」


 ホモどもの視線をできるだけ無視して受付に急ぎ、受付嬢に話しかけて登録手続きを開始した。

 手続きの内容は、さすがは誰でもなれると言われている冒険者というべきか、必要なのは名前だけ。

 犯罪歴すら聞かれない。

 大丈夫なのか、冒険者ギルド。


「では、こちらがあなたの認識票になります」


 そう言って受付嬢が差し出してきたのは、赤色の認識票ドッグタグ

 この世界の言語で『ユリア・ストレクス:Eランク』と刻まれている。


「冒険者の階級は六段階。見習いのEランク、新人のDランク、中堅のCランク、熟練のBランク、精鋭のAランク。

 そして、英雄と呼ばれる規格外のSランク。

 階級が上がるほどに名声は高まり、Aランク以上ともなれば富も名誉も思うがままです。

 あなたはまだ見習いですが、その領域を目指して頑張ってください」


 ニッコリと、好感を持たれるように計算されてるんだろう笑顔で激励を送る受付嬢。

 多分、登録する奴全員に言ってるんだろうな。

 しかし、定型文でも美人に言われるとやる気が湧いてくる。

 この方はユリアよりも悩ましいものをお持ちなので、より一層俺のやる気はバーニングだ。

 ユリアのあまり動かないクール系の表情筋を手に入れたことで、だらしなく顔が緩まないのもグッド。


 ちなみに、認識票の色は下から、赤、黄、青、銅、銀、金となっているらしい。

 実にわかりやすいな。

 上は大会とかのメダル。 

 下は信号機だ。


 その後も、受付嬢の簡単な説明は続いた。

 冒険者は依頼を一定数こなすことで、一つ上のランクに上がれること。

 依頼にもランクがあって、自分のランクより上の依頼は受けられないこと。

 依頼を失敗し続けると、ランクが下がること。

 町の近くにダンジョンがあるけど、高ランク冒険者向けだから絶対に入るなということ。

 何かしら大きな犯罪をやらかしたら、冒険者資格を剥奪すること。

 良かった、さすがにそれくらいの良識はあったか。


「ちなみに、前職のキャリアとかで飛び級はできないか?」

「できません。騎士でも王でも勇者でも、最初はEランクからです。『冒険者としての基礎』ができていない人をランクアップさせるわけにはいきませんので」

「そうか……」


 ちょっと、しょんぼり。

 ユリアの元騎士っていう肩書を使えば、低ランクの薬草集めとかの地味な仕事をスルーできるかと思ったんだが。


 ……いやいや、謙虚になれ俺。

 今のは、ちょっと調子に乗った考えだったぞ。

 ユリアの記憶とレベル99の力|(ネタ)を手に入れたからって、俺自身はただの平凡モブ男のままだ。

 降って湧いた力でイキってはいけない。


 大人しく薬草集めから始めて、基礎を固めていこう。

 そうして、少しずつ冒険者としての信用を得ていこう。

 信用のない奴のところに、ロクな仲間は集まらないのだ。

 

「なんでよ!?」


 と、その時。

 隣の受付から大声が聞こえてきた。

 声の主は魔法使いっぽい格好の、高級そうな杖を持った14歳くらいの赤髪の美少女だ。

 だが残念、まな板である。

 息子が生きていても、ピクリともしなかったであろう。


「私はリベリオール王立学園魔導学科の主席だったのよ! それがなんで薬草集めから始めないといけないのよ!!」


 そのまな板少女は、さっき俺が考えたようなことを口に出して、隣の受付嬢を困らせていた。

 ちなみに、困らされている受付嬢の方は、目の前の人すら上回るような特大サイズだ。

 思わず視線が吸い込まれそうになるが……


「……リベリオール王立学園」


 何故か、その単語の方が頭に引っかかった。

 なんか聞いたことあるぞ。

 でも、俺の記憶にそんなもんはない。

 あるのは、ユリアの記憶の方だ。


 リベリオール王立学園。

 リベリオール王国の中でも、ひときわ優秀な者しか通うことを許されない、国内最上のエリート校。

 何故知ってるかといえば、ユリアがそのリベリオール王国の出身で、しかもその学校の卒業生だからだ。

 ユリアは騎士学科の主席だったっぽい。

 卒業してすぐに騎士として取り立てられ、その直後に化け物が襲来して国が崩壊……って、あ痛たたたたた!? 頭が痛い!?

 突然トラウマメモリーを流さないでくださいユリア様ぁ!?


「私は一刻も早くあいつを殺さなきゃいけないのに……! 薬草集めなんてやってる暇はないのよ! なんとかしなさい!」


 俺が一番最初の追体験の時よりは遥かにマシで(それでも偏頭痛くらいには痛いけど)表面上は顔がちょっと歪む程度で済む頭痛をなんとか耐えてる間に、まな板少女はかなりヒートアップしていた。

 そして、ついに……


「ああもう! こうして話しててもラチが明かない! いいわ! 実力で証明してやるわよ! ぜひSランクになってくださいって、そっちから頭下げさせてやるんだから!」


 そんなセリフを残して、大股でドシドシと歩きながら、ギルドを後にしてしまった。

 おまけに、そんな彼女をこっそりと追いかけるように立ち上がる、チンピラっぽいホモが何人か。

 うわぁ。

 もう嫌な予感しかしない展開だ。


「すまないが、説明の続きは後でも構わないか?」

「え? ええ、いいですけど……」


 今のは俺のセリフじゃない。

 口から勝手に出てきたユリアのセリフだ。

 普段はユリアっぽく変換こそされるものの俺の意思で喋れるんだが、ここぞという時は問答無用でユリアが出てくるんだよなぁ。

 そして、この後も彼女の意思に従って行動しないと、偏頭痛じゃ済まない痛みが俺を襲うことになる。

 呪いかな?


「はぁ……」


 ため息が出てくる。

 最近、というかユリアに憑依してから、滅茶苦茶ため息が増えた。

 幸せさんがスポーツカーに乗って逃げ出しそうな勢いだ。

 マジで勘弁してほしい。


 そんなことを思いながら、俺もまた、あのまな板少女の後を追いかけた。

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