2 こんなん憑依事故だろ!?

「う、うぅ……」


 気がつけば地面に倒れていた。

 床でも畳でもなく、アスファルトの上ですらなく、むき出しの土と草の上に。

 体に纏わりつく土の感触が、かなり不快だ。


「いったい何が…………ん?」


 あれ?

 おかしいな。

 声が変だ。

 それ以上に状況が変だろとも思うが、この変化も無視できない。

 だって、とっくの昔に声変わりを経たはずの男子高校生の野太い声が、やや低めのイケメンボイスながら、女の声だってハッキリわかるくらいの高音になっていたのだから。


「まさか……!?」


 慌てて起き上がり、自分の体を確認。

 視線を少し下ろせば、そこには、ドンッ! とそびえ立つ山脈が二つ。

 触れてみると、サイズも形も柔らかさも百点満点。

 俺の性癖にドスライクのおっぱい、否、おっぱい様だ。

 自分についてるんじゃなければ、さぞ興奮したことだろう。


 俺は絶望的な気分になりながら、下の方も確認。

 息子は不在だった。

 終わった……。

 なんかよくわからんうちに、突然終わった……。

 まだ未使用だったのに……。


 手と膝を再び地面につけてorz状態になっていると、ピチョンという水音を耳が捉えた。

 音のした方に目を向ければ、そこには小さな泉が。

 斧を落としたら女神様が出てきそうな感じの、綺麗な泉だ。

 俺はフラフラとその泉に近づき、水面を覗き込んだ。


「ハハッ……」


 ユリアじゃん。

 そこに映るのは金髪碧眼の美女、いや美少女か?

 ゲームのユリアを実写化して、ちょっと幼くしたらこうなるだろうなって美少女がそこにいた。

 2Dと3Dの違いに加えて、何故か土とか泥とかで盛大に汚れてるせいでわかりづらいが、間違いなくユリアだと断言できる。

 だって、水面に容姿以外の決定的な証拠が映ってるからな。


━━━


 ユリア・ストレクス Lv99


 HP 3000/3000

 MP 950/950


 筋力 1520

 耐久 9999

 知力 99

 敏捷 1185


 スキル


『耐久上昇:Lv99』

『耐久超上昇:Lv99』

『耐久超々上昇:Lv99』

『鉄壁:Lv99』

『神硬:Lv99』

『魔防:Lv99』

『絶魔:Lv99』

『斬撃耐性:Lv99』

『貫通耐性:Lv99』

『打撃耐性:Lv99』

『衝撃耐性:Lv99』

『火耐性:Lv99』

『水耐性:Lv99』

『風耐性:Lv99』

『土耐性:Lv99』

『雷耐性:Lv99』

『氷耐性:Lv99』

『光耐性:Lv99』

『闇耐性:Lv99』

『状態異常耐性:Lv99』


━━━


 なんかねぇ。

 顔の横にねぇ。

 半透明のディスプレイみたいなのが見えるんだよねぇ。

 すげぇ見覚えのあるデータが見えるんだよねぇ。


「ハ、ハハハッ……。本当にどうなって……うっ!?」


 その瞬間。

 頭が割れるんじゃないかと思うような凄まじい頭痛が俺を襲った。

 両手で頭を抱えて転げ回っていると、脳裏に様々な情景が浮かんでは消えていく。






 ◆◆◆






『父上! 私に剣を教えてください! 私も強くなって、魔王から皆を守りたいです!』

『よく言った! それでこそ俺の娘だ!』


 子供の頃。

 大好きな父にそう言った。

 父は傷だらけの厳つい顔をこれでもかと緩めて、誇らしげに私の頭を撫でてくれた。


『お前は天才だ、ユリア! 将来は間違いなく俺の跡を継げる!』

『本当ですか!?』

『可愛い娘に嘘はつかん! お前は次代の王国最強だ! 国のため、王のため、これからも励むように!』

『はい!』


 剣を手にして、早数年。

 メキメキと成長していくのが嬉しくて、偉大な父にこうして褒められるのが何よりの幸せだった。


『ユリア、そなたに騎士の位を授けよう。アルバートの後継として、次代の王国の剣として、期待しているぞ』

『ハッ! お任せください、陛下!』


 騎士の証である立派な鎧に身を包み、王の前で膝をつく。

 胸の中は誇らしさでいっぱいだった。

 そして……


『ギャアアアアアッ!?』

『な、なんなんだよ、あの化け物はぁ!?』

『た、助けてくれぇええええ!?』


 王国を襲う、一匹の怪物が襲来した。

 尋常ではない大きさの、禍々しい虎。

 その虎が風を纏い、巨体からは考えられない圧倒的な速度で走り回り、それだけで国が壊されていく。


『ユリア! お前は逃げろ!』

『父上!?』

『陛下は崩御された! 城も木っ端微塵、城下町も崩壊。この国はもうダメだ。

 故に、お前だけは逃げろ! 逃げて、力を蓄え、いずれ我らの仇を取ってくれ! 頼んだぞ!』

『ッ!?』


 逃げたくなどない。

 逃げるくらいなら、大切な人達と共に最後まで戦いたい。

 だが、そんな言い方をされたら、従うしかない。 

 王国最強の騎士の言葉に。

 娘に生きていてほしいと願う父の言葉に。


『必ず……! 必ず仇を討ちます! あの災厄を! それを操る諸悪の根源を! 私が、必ず!』

『よく言った! それでこそ俺の娘だ!』


 そうして、父は私を逃がすために、あの大魔獣を僅かに足止めするための決死の特攻を行った。

 私は振り返らずに走った。

 父の想いを無駄にはしない。

 絶対に生きて、絶対に仇を討つ。

 その一心で走った。


『ハァ……ハァ……くそっ』


 だが、逃げる最中に背後から飛んできた風の咆哮に吹き飛ばされ、相当なダメージを負ってしまった。

 それでも強引に体を動かし、この森にまで逃げ込んだが、そこで力尽きた。

 もう一歩も動けない。

 体がどんどん冷たくなる。

 命が体からこぼれていく。


『こんな、ところで、死ねない……!』


 仇を討つと約束したのだ。

 そのために、大切な人達を見捨ててまで逃げ出したのだ。

 なのに、こんな死に方をしたのでは、忠誠を誓った王に、私を守るために死んだ父に顔向けができない!


『誰か……誰でもいい……! 私に命をくれ……! 私に、奴を討ち果たせる力をくれ……! そのためなら、悪魔にだって、魂を売り渡す……! だから……!』


 目が霞む。

 意識が遠のいていく。

 絶望が心を覆い尽くす。

 そして、自分の心臓が止まり、魂の大部分が霧散するような感覚を覚えた直後。


 ━━どこからか光があふれ、何かが自分の中に入ってきて、残った魂がその何かの中に沈んでいくのがわかった。






 ◆◆◆






「うげぇえええええ!?」


 脳裏を過ぎる情景が終わり、俺は脳髄に刻み込まれたあまりにも重い感情に押しつぶされて吐いた。

 今のはこの体の……ユリアの記憶だ。

 ゲームの回想で彼女の過去は知ってたが、感情まで含めた全てを追体験させられたら、吐くわこんな重たい話!


「おげぇえええええ! つ、つまり……どういうことだ?」


 あれか?

 ユリアの死にたくないって執念が、ゲームの外にいた俺の魂を引きずり込んで、自分の体に入れて延命装置代わりにしたってことか?

 力も求めてたから、ネタとはいえレベル99の力も一緒にインストールしておきましたってか?

 

「そんなバカな話が……!」


 あってたまるかって思うが、実際に起きてるんだよなぁ!?

 こんな不思議現象の真相なんて、俺ごときの矮小な存在には理解できない。

 だが、感覚的には今の説明が一番しっくりくる。

 ならもう、この結論で納得するしかない。


 というか、なんで俺!?

 自慢じゃないが、俺ってザ・平凡だぞ!?

 学力普通! スポーツも普通! 見た目も普通!

 漫画とかアニメとかがそこそこ好きで、喧嘩とかはしたことない。

 そんな平凡な男子高校生を絵に描いたような奴だぞ!

 こんな特別な役に選ばれる要素ゼロだろ!

 学園祭の演劇でも木の役だったし!


 唯一の心当たりといえば、ユリアを魔改造してネタキャラにしたことくらいだが……。

 そんなふざけたことしたから、天罰的なあれで俺が選ばれたんだろうか?


 だとしたら、ユリアが報われねぇ。

 もっと優秀で、ユリアを真っ当なレベル99に育てた奴が選ばれてたら、あの虎どころか魔王の単騎討伐だってできただろうに。

 こんなモブ男の魂を体に詰められて、ネタキャラステータスにされるとか、賠償金請求しても許されるレベルの憑依事故だろ。

 仇討ちとか、オワタな感じやぞ。


「……はぁ」


 嘆いてても始まらん。

 これからどうするかを考えないと。


 ……いきなりこんな状況に放り込まれて、普段の俺だったら混乱しまくって、泣きわめいて、お家に帰らせろと怒鳴り散らして、とてもじゃないが冷静に頭を回転させることなんてできなかっただろう。

 けど、なんか今はユリアの残留思念的なものと融合して、記憶まで全部逆流してきたからか、彼女が磨いてきた強メンタルの一部を借りられてるような感じがする。


 いや、なんというか、記憶の追体験なんてトンデモ体験をしたからこそわかるんだが。

 こんなファンタジー世界で鍛錬を積み重ね、命懸けの戦いを何度も繰り返してきた人のメンタルは、現代人の豆腐メンタルとは比べものにならん。

 脳筋だの、ポンコツ女騎士だの好き勝手言ってて、マジすんませんした。

 おっぱい様、じゃなくてユリア様は死ぬほど立派な騎士様です。


「ん?」


 と、そうして強メンタルと豆腐メンタルの狭間で思考を続けてた時。

 ユリアの磨き上げられた感覚が、ふと何者かの気配を捉えた。


「グルルルル……!」


 それは、多分ここの泉の水でも飲みにきたんだろう凶悪な獣。

 この世界では『魔獣』と呼ばれる、人類の敵。

 今回現れたのは、元の世界にいるやつより二回りほど巨大なシマ模様の肉食獣。

 ……虎であった。

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