ひろゆきのダンジョん。

墨色

ひろゆきのダンジョん

俺の春よ来い。

壁のシミ。

「あーイケメン死なねーかな」


 いつも通り吹き飛ばされての帰り道、夕暮れの眩しい光を見ながら、俺はそんなことを呟いた。


「あと、モブといいながら無茶苦茶モブじゃない奴もなー」


 今日の相手はモブを名乗るただのイケメンだった。


 前髪長くして無口で無意味に暗くして周囲を拒絶しとけばモブって意味にならねーからな。


 お前のかーちゃん美人だろ。義妹いるだろ。美少女幼馴染いるだろ。


 それ実質主人公だからな。


「はぁ…いてて…力加減わかってないんだよな…」


 僕、喧嘩なれしてないんだよ、ごめんね、とか御託を述べていたが、それこそが主人公の特性なのをわかっていない自称モブが多過ぎて困る。


 特にこのダンジョン産業主義真っ只中の昨今、いくら簡単に怪我が治るとは言え、やり過ぎだと思う。


 足を引き摺りながらも、つい嫌悪を口にしてしまった。


 誰にも聞こえないがな。


「はぁ…もーいや…」


 スタンド型のポーションバーで患部にシュッシュとして、キズを癒す。


 だいたいどこのコンビニにもある優れものだ。


 今日は俺の特性と言うべきか、誤解されての痴話喧嘩巻き込まれタイプだった。


 他にもいろいろあるが、これが一番嫌だった。


 何せ、俺を挟み喧嘩する自称モブとその自称モブの幼馴染美少女との茶番という名の痴話喧嘩。それに巻き込まれたのだ。


 間男と決めつけられた俺。


 違うの違うのと彼に新しい薪を投入し続け煽る美少女。


 誤解のまま蹴られた俺。


 この現代、自称モブ系男子はオラオラの花形だ。


 そういうの他所でやれよ。


 巻き込むんじゃないよ。


 ドロドロ系じゃないんだから早く告れよ。


 みんな見てるだろ? 早くくっつけよって。


 だが、自称モブ達はお高く止まってやがる。自分の童貞に処女性を見ている。自分で童帝と呼んでいたりする。ジレジレをどこまでも維持しようとする。


 そして、モブを噛ませ犬にするイベントを常に待っている。


 押せばすぐなのに、ヒロイックシンドロームに罹ってる。


 決定的なシーンを待っている。


 そんなのレジェンダリーラブコメだろ! 


 早くポロリしろよな!


 俺みたいな本物のモブには本当に辛い。


 というか…はぁ…気を抜いてたな…


 いくら普通科高校を受験できたからって、喜びすぎた。


 俺のジョブの特性により、気づかれないから仕方ないが、肩がぶつかった。


 喜びに水を差され腹が立って、つい敵性行動をとってしまった。


 敵性行動、つまりこいつムカつく。そう思うだけで、相手の常時発動型のパッシブに吹き飛ばされる。


 それが俺だ。


 パッシブにはそもそも攻撃性はない。ないが、俺のジョブのせいなのか、パーンと弾き飛ばされてしまうのだ。


「俺もまだまだだなや…それにしても、幼馴染ップルか…」


 懐かしいな…


 そりゃ俺にも幼馴染いるよ? いない奴いないだろ? 普通にしてればいるだろ?


 ただ、そんな幼い頃の思い出だとか、結婚の約束だとか、呼び合う二人だけのあだ名だとか、そういうのが一切ないのがモブだ。


 それは俺にもある。あるが、断絶していてそこそこ経つ。だからあったとは言えるが、もう五年ほど幼馴染めていないから一切ないと言える。


 気づかれたくて送った古代形式の手紙は、呪いのアイテムと勘違いされたのか、悉く燃やされたしな。


 あと、凍らされたり。刻まれたりか。


「ヤな思い出だ…ま、それもこれもこれで終わりだ」


 普通科高校か…夢が膨らむな。


 ひゃっほ〜い。





 俺の身体能力は高かった。


 だいたい三歳くらいで身体のバネというか、天性のバランス感覚というか、そういう才が俺にはあったそうだ。


 俺に着いて来れるやつはいなかった。


 小学校の頃は、褒められたことに気を良くして、よく冒険と称して河原や山でトレーニングしたものだ。


 この世界なら誰しもが夢見る、上位の探索者に憧れたものだ。


 俺もいずれは、そうなりたい。


 いつしか、そんな夢を持ったものだ。


 だが、10歳の時に転機が訪れた。


 この世界の誰しもが授かる祝福。


 大精霊シュピリアータ様がもたらす奇跡。


 光降る夜にもらったこのジョブのせいだ。


 あの日から俺の世界は一変したのだ。


 この世界唯一不変のモブとして、目立たない壁のシミになったのだ。

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