戦いは続く

 確かスタンピードって統率する魔物を倒せば終わるはずだったよな。ゴブリンキングの時は俺の【邪神の恨み】で俺に魔物が殺到してきたけど、その気配もないし、魔物の流れはシエイラに向かうことを止めない。


 これは一体どういうことだ。一番目も死んでいるしな。いや、そもそも一番目が死んだ時点でスタンピードが終わらなかったのもおかしいよな。統率権限の委譲でもあったのか。そんなことが可能なのかはわからない。


 がしかし。


 実際問題、スタンピードは終息しないし、魔物は何者かに操られたままだ。となると怪しいのは水色の球か。


 どのみち放っておく気もなかったしな。水色の球に俺が意識を向けるとリザードマンナイトが苦しみだした。


 あれ!? 【絶望の衣】はオフにしているのにな。


 神輿のようなものを担いでいたリザードマンナイトは四体ともバタバタと倒れてしまった。ガシャンと水色の球を乗せていた台座も地面に落ちたのだが、乗せられていた球は同じ位置、空中に固定されたままだ。


『ニンゲン、コロス』


『ナカマ、フヤス』


『シジ、ナケレバ、ニンゲンノマチ、オソウ』


 頭に直接響くように声が聞こえる。声帯が潰れたような、カエルの鳴き声のような濁声だ。なるほど喋る魔物か。残念ながらその程度で驚く俺じゃない。何故なら、もう出会っているからな。喋れるくらいでいい気になるなよ。俺だってペラッペラにお喋り出来るんだからな。


 片言でブツブツと同じフレーズを繰り返す声。『ニンゲン、コロス』、なるほど魔物の本能だもんな。『ナカマ、フヤス』、わかるよ、生物としての本能だし、人間を殺すなら数がいたほうが効率はいいもんな。『シジ、ナケレバ、ニンゲンノマチ、オソウ』、おやおや、陰謀の臭いがプンプンするぞ。


 仕組まれたスタンピードだったってことか。この言葉からわかるのは、この魔物は誰かに命令をされていた。そして追加の指示を待っていた。その指示がなかった場合の命令として人間の街、つまりシエイラを襲うようにと。


 つまり、あれか。犯人はどこかにいるはずだ。


 …ホームズオタクの高校生でも、祖父が名探偵でもない俺にはこれだけのヒントじゃスタンピードを仕組んだ犯人はわからない。


 俺に出来ることといえば。


「これをぶっ壊してスタンピードが止まるか試してみるだけか」


 一歩、また一歩と浮かぶ球に向かって歩みを進める。リザードマンナイトが突然死んだ理由がわからないからね。慎重に近づく俺に聞こえてきた声は今まで繰り返し聞こえてきた三フレーズとは違うものだった。


『オマエ、ニンゲンカ』


 それは俺への問いかけ。失礼だな、人間の親から生まれているんだから人間だよ、多分。魂に邪神がミックスされていたとしても人間に違いない、多分。俺がそう認識しているんだから人間のはずだよ、多分。


『ナラバ、コロス』


 水色の球が五メートルほどの高さまで浮かび上がると、パキリと罅が入り小さな手が飛び出てくる。割れた破片は地面に落ちることなく、惑星を回る衛星のように空中に漂ったまま。もう一本の腕が逆方向から飛び出てくる。痩せこけた、骨と皮だけの気味の悪い腕だ。


 生命の誕生の瞬間。その発する魔力とは対照的などこか神秘的な光景に目を奪われてしまう。


 やがて生まれ出でたのは胎児のように皮膚がピンク色の小さなリザードマンだ。角は丸く、額には金色に輝く王冠をかぶっている。病的に細い手足でだいぶ小さくなった水色の球体を持っている。空中に浮かんでいた破片を吸収した水色の球。いや、持っているというよりかはしがみついていると言った方が正しいかもしれないな。


 ギョロリと異常に大きな赤い瞳。瞳孔は存在せず、まるでルビーでも嵌め込んだような瞳だ。大きさは子供くらいだが、胎児とか爬虫類の幼生といった感じかな。


 王冠以外は何も身につけていない。素っ裸の状態だ。


「いや、なんだあれは?」


 首元に黒い線、入れ墨か。違うな、黒いチョーカーだ。そういえばゴブリンキングも同じようなものを身につけていたよな。なんだ、魔物の間で流行っているのかな。今年のトレンドはこの黒いチョーカー。魔物を率いるあなたのマストアイテム! みたいに魔物コミュニティで発信されていたりするのだろうか。


 まあ、そんな見た目よりも今ならハッキリと感じ取れるビンビンにヤバい魔力の方が特徴として挙げるには一番だろう。北門にいた魔物よりも、もちろん先程倒したリザードマンジェネラルよりも強い魔力。魔力だけならヨツメを超えるか。


 もちろん、俺の魔力に比べたら大したことはない。なんてったって無限だからね。


 臨戦態勢の俺を怪しく光る赤い瞳が見つめる。それを直視した俺の脳が揺さぶられ、寝落ちする直前のような感覚が襲ってくる。


 このまま目を閉じて眠りに落ちたらどれだけ気持ちがいいだろう。フカフカのお布団にフローラルな香り漂う枕。


 …って危ねぇ! なんだ今のは。


 ヤツの瞳と同じように、いつの間にか俺の手に持つ剣の水晶竜の瞳もいつもに増して輝いている気がする。そういえば眠りそうになった時に手が一瞬痺れたような。気のせいかな。


 精神攻撃か。俺のステータスの精神の値は常軌を逸した高さだ。そんな俺がかかりそうになるとかどんな強さだよ。


 睡魔を振り払った俺の目の前では神輿を担いでいたリザードマンナイトの死体が空中に浮き、ぐちゃぐちゃめきめきと音を立て、まるで見えない巨大な手で力任せに折りたたまれていく。大量の血しぶきと共に歪な肉塊が四つ出来上がった。一帯に漂う生臭い臭い。


 肉塊の真下の大地が隆起し、四つの肉塊がそれぞれを中心に人の形を模っていく。いや尻尾があるからリザードマン型のゴーレムか。


 リザードマンジェネラルが防御に使ったような黒曜石っぽい材質の剣と槍を持ったゴーレムが二体ずつ。もちろんその切先は俺に向けられている。


 おチビリザードマンは空中に浮いたまま、その赤い瞳で俺を見つめている。手出しをする気はないのか、それとも手出しが出来ないのか。


 兎にも角にも、第二ラウンド開始だな。

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