武器屋にて

「眠い…」


 窓から差す光で室内は明るく照らされている。枕元にある時計を確認すると午前六時を指そうとするところだ。


 いつもなら割とスッキリ目覚める派の俺だが、長期探索から休む間も無くフッサの故郷であるミストフォードへ向かい、その翌日にはシエイラに戻るというハードな日々を過ごした所為か、いつもより疲れが溜まっているようで眠気が取れない。昨日は深夜まで魔力の形態変化の練習をしていたのも原因かな。


 先の戦いで武器を失った俺。【裏倉庫】に予備の武器は何本か入っているけど闇魔法のことはモナにはまだ秘密にしているので取り出すわけにはいかず、自分の手のひらに流した魔力で性質変化を試してみたのだが、その結果は失敗。指先に浅い切り傷を負ってしまった。


 武器、俺の場合は使い慣れた片手剣じゃないとまだまだ上手く発動は出来ないみたいだ。いつかはアプレアさんのように体に纏った魔力でもやってみたいものだ。


 帰宅後はミストフォードでの続きとばかりにモナとミトへ教えるも、魔力の性質を変化させるという感覚がわからないようで苦戦している。まだまだ先は長そうだな。習得を一度は諦めたフッサだが、二人に触発されたようで練習に参加したが二人同様苦戦している。


 魔力に親和性があると言われているエルフであるミトでも、魔力の性質変化というのは難しいようだ。改めてアプレアさんの凄さを感じる。まぁ、そんな技術を見様見真似で再現し、自分用に改良した俺の才能には惚れ惚れしてしまうよな。うんうん。流石俺。


 まだボーっとしている頭のままリビングに降りると庭から魔力を感じた。庭を見渡せる窓の先ではミトが弓を手に持ち魔力を込めている。緑が茂る庭で淡い光に包まれるミトの姿は何とも神秘的なものを感じる。


 安全面からも慣れた武器で練習したほうがいいという俺のアドバイスで皆、予備の武器で練習をしている。ミトは普段の戦闘では魔法スキルをメインに戦っているが、弓術レベル四とそれなりに高いレベルで所持している。エルフといえば弓。コレ、当タリ前アルヨ。


 その美しい姿をぼんやりと眺めること数分。瞳を閉じて集中していた彼女が俺に気が付く。


「あ、おはようございます主様。お声をかけてくださればよかったのに」

「集中しているところに声をかけたら悪いかと思って」


 練習風景を見られたのが恥ずかしいのか少し顔を赤らめたミト。


「どう?」

「難しいものですね。魔力を変化させようとするとどうしても属性変化をしてしまいます。そもそも魔力の性質を変化させるという考えが今までなかったというのもありますが、どうにもイメージがしづらくて…」


 やはり一朝一夕にはいかないみたいだな。そんな技をあの戦いの中やってのけた俺の…以下略。


「朝食、ご用意しますね」


 ミトが朝食の用意をし始めるとその匂いにつられたようにフッサとモナが自室からやってきた。二人ともいつもよりは眠そうなので、疲労が溜まっているのは俺だけではないようだ。


「今日の予定はどうされますか?」

「うーん、剣壊れちゃったから練習用の予備も併せて何本か買いにいこうかと思ってる」

「そうですか、お二人は?」


 ガツガツとワイルドに食事する二名が顔を上げる。


「あたしかい? そうだねぇ、しばらく本屋に行けてなかったからね。何か新刊が入荷しているかもしれないから本屋にでも行ってみようかね」

「む、我は今日はゆっくり休むつもりだ」

「では、フッサの分だけお昼は用意しておきますね。私もちょっと出かけてきますので」

「むぅ、手間をかける」

「フフ、お料理は楽しいのでお気になさらず」


 四人で住むようになってから、食事は全てミトが用意してくれる。俺も含め他の二人も料理が出来ないことはないのだが、ミトの腕前は俺達とはレベルが違う。給仕スキルが影響しているのか、それとも何か料理系のスキルを持っているんじゃないかと疑うレベルで味に違いがあるので満場一致でミトが食事当番となった。


 掃除や洗い物は俺の生活魔法で済ませているので、特に担当の無いフッサは少し肩身が狭そうにしている。一方同じく生活面では特に担当のないモナはそんなことは一切気にせずに生活をしている。地下遺跡探索中は危険な前衛を任せているし、全体で見ればみんな何かしら貢献しているんだからフッサもモナを見習って細かいことは気にしないでもいいと思っているんだけどね。


 食事の後はミトが淹れてくれたお茶で一服。


「あれ? 新しい茶葉?」

「ほんとだ、いつもよりスッキリしているね。なんだか頭が冴えてくるような気分だよ」

「ええ、皆さんまだ眠そうでしたので、眠気覚ましに効くというお茶を淹れてみました」

「これもミトが育てたの?」


 我が家で出されるお茶のほとんどは彼女が庭で栽培したものを、薬師のスキルを使って加工したものだ。そのどれもが美味しく、もはや彼女のお茶がなくては物足りない体になりつつある。


「いえ、これはリクトエルさんに分けていただいたものなんです」


 リクトエルさん、あの怪しげな薬屋のお婆さんか。


「そういえばミストフォードに置いてきた薬はミトが全部作ったって言っていたけど」

「ええ、リクトエルさんにいくつかレシピを教えていただいたので」

「へぇー、あの婆さんがよく他人にレシピなんて教えたね」


 モナもリクトエルさんとは付き合いがあるみたいだ。でも彼女の言うことはもっともだよな。薬屋としては調合レシピなんて、ポンポン他人に渡すものじゃないだろう。


「ウフフ、何もタダで教わったわけではありませんよ。私が栽培している薬草と交換で教えていただいたんです。この辺りでは手に入りにくい薬草もいくつか育てていますので」


 なんだか笑い方が怪しいな。どんな薬草なのかは聞かないでおこう。


 雑談に興じることしばらく、ちらりと時計を見るといつの間にか十時前だ。そろそろ武器屋も開いたかな。


「じゃあ、そろそろ出かけるよ」

「あたしはもう少ししてから出るよ。いってらっしゃい」

「うむ、気をつけてな」


 魔物が徘徊する場所に行くわけではないから気を付けるも何もないんだけどね。用がないなら一緒に来ないかとフッサを誘ってみたが、獣人の自分が一緒だと迷惑がかかるという理由で断られた。別にそんなことは気にしないでもいいのにな。


「では行きましょう」

「うん」


 当然のように俺と同行するミト。俺と一緒に行動することが多いのにリクトエルさんと取引をしたり、薬を調合したりいつの間にやっているんだろうか。


 しばらく歩くとカンカンと金属を打つ音が響き始める。辺りの家からはモクモクと煙が立ち昇る。ここは鍛冶職人が集まる区域、お目当ての武器屋もこの近くにある。


「いらっしゃい! ってボウズか。どうだ? この前の剣、なかなかいい使い心地だろう。あれの柄には魔石を加工した触媒を使ったからな、魔力強化もいつもよりやりやすいだろ」


 はい、そりゃあもう。粉々になるくらいに使い込んでやりましたよ!


 てか、柄にそんな細工がしてあったんだな。そういえば買ったときになんか言っていたけど、一緒に来ていたモナの注文が細かすぎて聞き流しちゃったんだよな。


 もしかしたらその細工のおかげで魔力に斬性を持たせることができたとか? いやいや、あれは俺の才能のなせる業だ。


「いやぁ、魔物との戦いで壊れちゃって…」

「はぁ? どんな使い方すりゃあ一か月も立たないうちに壊れるってんだよ!」


 Aランクの魔物の首を斬り落とす、みたいな。


「まぁ、その、地下遺跡の魔物とちょっと。あの剣のおかげで命拾いしたというかなんというか」

「ったくしょうがねぇなぁ」


 ぼりぼりと頭を掻くボウズ頭の店主。この店は冒険者ギルドの副ギルド長、クリーガさんから紹介してもらった店だ。この店主の双子の兄が鍛冶師で、兄の打った武器を弟が仕上げをして販売している。


「じゃあ、今日は新しい剣を見に来たのか?」

「はい、それと予備も何本か購入しようかと」

「なんだぁ? 一本壊したばっかりだってのに、もう予備の心配か? 一体どんな戦い方してんだよ…。剣ってのは剣士にとっちゃ命と同じだろ? もと大事に扱えよな」


 はい、気をつけます!


「はぁ、ちょっと待ってろ」


 そう言い残して店の奥に消える店主。しばらくはあの技で使い捨てになる可能性も考えて十本くらい買っておこうかな。

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