後処理

「おーい、このまま抜き取っちゃって大丈夫―?」

「ぶちっといっちゃっいましょう!」


 戦いの後の余韻に浸ることなく俺は大蛇の魔物ウンセギラの頭部によじ登りその瞳をくり抜こうとしていた。魔物の解体なんてやったことはないので恐る恐る作業をしている。


 邪神を崇める組織で巫女として活動していたミトもそんな知識はないのだが、おっかなびっくりな俺に比べなにやらノリノリである。


「私、こういうの好きなんです」


 作業開始前、そう呟いた彼女に「こういうの」がどういうのなのかは聞かなかった。いや聞けなかったというべきか。


 この巨大な死骸。半分以上が骨だけになってしまっているし、強力な腐臭を放っていることからその肉は既に腐り始めている。【裏倉庫】にそのまま全部収納してしまうことも考えたのだが、ある程度の部位はあらかじめはぎ取っておいた方がいいのではとのミトの助言により、瞳や牙、鱗等ははぎ取ることにした。


 必要になったときにこれだけの巨体を出せる広場が確保できるかわからないしね。


 ボスウルフの死骸は、毛皮は素材として売れそうだし、それ以外も何が素材になるかわからないからそのまままるっと【裏倉庫】に収納した。


 手下ウルフは毛皮が素材としては使えるがどこにでもいる魔物なので大して希少価値もない。自分達ではぎ取るならまだしも誰かに依頼して解体費用を差し引くとほぼ利益はないと、我が家に遊びに来ていた冒険者に聞いたことがあったのでここで焼却していくことにした。


 そのままにしておくと別の魔物の餌になってしまうし、場合によってはゾンビ化の可能性だってある。後処理大事。俺の生活魔法の【火種】とミトの風魔法で延焼することなく滞りなく処理済みだ。


 どうせ汚れるからとボスウルフの血を流さないまま解体作業を始めたのだが、生臭いし、ベトつくしで最悪だ。けどここまで作業をしてしまうと血を落とすのが面倒になってくる。魔法で一瞬なのだがついつい嫌なことを我慢しても後回しにしてしまう。


「よっと」


 ウンセギラの両目をナイフでくり抜いて【裏倉庫】に放り込む。


 【裏倉庫】、闇魔法で使える魔法の一種で俺が最も使っている魔法でもある。この魔法自体は低レベルで使えるようになるらしいが、スキルレベルに応じて広さが増えるらしい。因みに最初は小石一つしか収納出来ないそうだ。一体なんの役に立つんだ?


 つまりミトも使えるのだが彼女の容量はせいぜい荷馬車程度らしい。彼女の闇魔法レベルは六、対してスキルレベルマックスの俺の容量はこの巨体を収納しても余りあるし、収納内部での時間経過は存在しない。熱々の料理はいつまでの熱々だし、冷たい沢の水はいつまでも冷たいまま。魔物の死骸も腐ることはないというとんでもない魔法になっている。これだけでも食うに困らないくらいには有能魔法だ。


 スキルレベルマックスなんてバレたら大騒ぎだろうから目立たないようにするつもりだし、そもそも俺が闇魔法スキルを持っていることは基本的には秘密にしていく方針なので人前で使うことはまずないけど。


 粗方の部位ははぎ取ったかな。


 ミトの方を確認すると彼女は彼女で鱗を大量に剥がしている。もちろん周辺に散らばっている鱗もかき集めてある。


「これくらいでいいかな」

「そうですね、あまり長居しても血の匂いで他の魔物が寄ってくるかもしれませんし」

「了解、んじゃ離れといて。【裏倉庫】っと」


 ひと際存在感を放っていたその巨大な死骸は一瞬で空間の歪みに消える。


「そんじゃ、【清掃】っとね」


 血まみれの状態から綺麗さっぱり。ミトにもかけて戦闘していたなんて嘘のように綺麗になった。


「ありがとうございます」

「どういたしまして、よし、とりあえずここから移動しようか」

「はい」


 死骸がなくとも腐臭が漂う広場。ここを後にして、人里があると思われる方向に歩みを進める。大蛇のウンセギラにより作られた道はもちろん無いので再び草をかき分けながらの移動だ。


 そのことにうんざりしながらしばらく進んでいると、ある場所を境に腐臭が途切れた。


 くんくんくんくん。


 一歩戻ってくんくんくんくん。臭い。


 一歩進んでくんくんくんくん。臭くない。


 なんでだ? 急に犬のように辺りを嗅ぎまくる俺。その奇行に変な顔をすることもなくミトが隣で微笑を浮かべている。


「ふふっ、魔物が集まらないように風の流れを調整していたんです」


 ちょっと誇らしげにミトが言う。


 はい、有能。


 眷属である彼女に対して、その主らしくなにか褒美の一つでも差し上げたいところである。身長が高ければ頭の一つでも撫でて褒め称えたいとこだが、平均的な十歳児の身長である俺は彼女の頭に手は届かない。


 うーん。


「あ、あの、どうされましたか? 勝手なことをしてご不快でしたでしょうか」


 仏頂面になってしまっていたようで微笑を一転させ不安な顔をさせてしまった。ごめんよ。


「いやいや、俺はそんなことまで気が回っていなかったから、凄く助かったなって。頭でも撫でて褒めようかと思ったけど残念ながら届かないなと思って」


 慌てて訂正。変に誤魔化しても仕方ないので思っていたことをそのまま伝えることにした。


「まぁ! なんと光栄な! では、どうぞよろしくお願いいたします」


 ぱぁっと笑顔になった彼女は俺の前に跪くとローブのフードから頭をだし、その艶やかな黒髪を俺に差し出してきた。


「お、おう」


 なでなで。なでなで。


「ありがとう、ミトが一緒にいてくれて助かったよ」


 なでなで。なでなで。


 …。


「あ、あの以上デス」


 なんだか恥ずかしくなってきた。何をやっているんだ、俺は? 戦いでテンションおかしくなっちまったのかな?


「うふふ、お褒めの言葉ありがとうございます」


 少しだけ顔を赤らめたミト。俺の顔はどうなっているんだろうか。そう考えたら余計熱を帯びてしまう気がした。


「じゃ、じゃあ先を急ごうか」

「はいっ」


 恥ずかしさを紛らわすために、彼女に赤くなっているかもしれない顔を見られないようにすぐさま振り返り道なき道を進む。少しだけ移動のペースが上がったことにミトは気が付いただろうか。


 歩きながら感じる、眷属化スキルで読み取ることのできる彼女の感情はとても暖かいものだった。


 それから四日。俺たちはようやく人の手が入っていると思われる道に出ることができた。

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