邪神の力を身に宿して転生した俺が平々凡々に生きるためには
広川朔二
第一章
死と再生
俺の名前は山田太郎。そう、よく例文で出される名前であるあの山田太郎だ。先祖代々都心から遠く離れた片田舎を治めてきた山田家。家督を継ぐ長男は古くからのしきたりで太郎、次郎、三郎、そしてまた太郎と名が付けられる。
高校までは別によかった。実家がそれなりに権力もあったので俺の名前を馬鹿にするようなやつはいなかった。だけど大学に入ってからは片田舎の山田家なんて知っている人はいない。
「え? 山田太郎なんて本当にいるんだ?」
そんな感じで驚かれるのはかわいいもので、周囲から甘やかされて生意気な性格に育った俺はどうやら悪目立ちしたようで、謂れもない因縁をつけられることも。
「おい! 例文野郎! お前俺の女に色目使ってたらしいな!」
「例題の名前にくせに生意気なんだよ!」
などと絡まれることもしばしば。まあ、口には口で、嫌がらせには嫌がらせで、暴力には暴力でお返ししてきたから別にいいんだけど。
そんな俺がなんで大して長くもない自分の人生を振り返っているのかって?
そう、今自分の眼下に広がっている光景。
病院のベッドに寝かせられた自分の身体。繋がれた心電図はただ直線を描くのみ。
変な因縁つけてくる奴らは一通り成敗して、素敵なキャンパスライフがこれからって時だったのにな。
工事中のビルの下を通った時、作業員の落とした工具が運悪く頭に命中。意識不明で生死の境を彷徨ったものの目を覚ますことが無かったってやつだ。
山田家を継ぐものとして勉強に護身術など遊ぶ時間は与えられずに教え込まれてきた。それなのに、結局それを大して生かすこともなく最期の時を迎えてしまった。享年19歳か。
まあ、家は俺に何かあった時のためのバックアップである弟の与太郎が継ぐだろう。
そんな風に考えていると半透明だった俺の霊体は透明度を増していった。これが成仏ってやつなのかな…。
…
「この度はご愁傷様です。山田太郎。あなたがお亡くなりになった経緯についてご説明に参りました。まずは謝罪をさせていただきます」
成仏したと思っていた俺はいつの間にか光のない真っ暗闇の空間にいた。いや正確には目の前で頭を下げている金髪女性が淡く光っているので光が無いわけではない。
ふむ。地球規模で考えた場合、人が死ぬなんて日常茶飯事だ。普通に考えて全ての死者に説明なんてしにくるか? いや、あくまで俺の常識での考えだが。もしやこれはラノベでよくある神の手違いで死ぬべきではなかった俺が死んでしまい、剣と魔法の「ふぁんたじぃ」な世界に転生して神から与えられたチートスキルでハーレムひゃっはーな第二の人生を送れるというお決まりのパターンだろうか。
しかし、山田家の跡継ぎとして若干スパルタ気味な教育を受けた俺には夢を抱く余裕なんて無かった。謝られても別に生きて何かがしたかったという強い願望があったわけでもないし、むしろあの環境から抜け出すことができて良かったのかもしれない。
そう考えていると頭を下げていた女性が顔を上げ、ぱぁーっと明るい表情を向ける。うわ、めっちゃ美人。
「そういっていただけると大変ありがたいです!! この度はこちらの不手際で申し訳ありません!! しかしこの状態で落ち着かれているというのもすごいですね。それにご自分の置かれている状況までわかるなんて…。はっ! もしや過去に転生の経験が!?」
いやいや、最近の日本でよくある設定なんですよ。ラノベって知ってます?
というか思っていることがダイレクトに伝わっているのかな? まあ喋ろうにもただ意識が存在しているという状態の俺には喋ることも出来ないようだけど。
「ラノベ、ですか…。どれどれ…」
数秒の沈黙の後。
「あーっ、本当だ。これは凄いですね! あっ、これなんかまるで見てきたみたいに。まあ、これも。あらら、神界からなにか情報がリークされているんじゃないかってくらいリアルなお話ですね。ノンフィクションですか?」
いえ、フィクション中のフィクションです。これをノンフィクションなんて言ったら病院直行とまではいかないけど周りに誰も近寄らなくなる程度には気味悪がられますね。
で、とりあえず現状を説明してほしいのですが。
「! はっ、これは私としたことがすみません。私は死と再生を司る神クヴァーブ。山田太郎、あなたは本来迎えるべき死から逸脱した正しくない死を迎えてしまいました。これは私の眷属のミス。眷属を生み出した者としてお詫び致します。こことは違う世界で生まれた小さな歪、その因果によりあなたの死の運命が歪められてしまったのです。本来であれば輪廻の輪に戻るべきあなたという魂は歪められたその運命の結果、理から外れ元の世界とは相容れぬ存在となってしまいました」
なるほど、その歪められた運命を正すために剣と魔法の世界に転生し、今度は正しく死を迎えろ、という訳ですね。
「…。よくお分かりになりましたね…」
ええ、お決まりですからね。そしてその世界とは俺の運命を捻じ曲げた原因でもある歪みが発生した世界。その歪みの正体を突き止めろ、と。
「いえ、流石にそこまでは。それに歪みの原因は判明しております。あまり詳しいことは神の規約によりお伝えは出来ませんが。しかしその原因を作り出したのは私の眷属。その眷属は処分済みですが。そしてあなたが言う通り、歪められた死の運命を正すためにあなたが生まれ育った世界とは異なる世界へと旅立っていただきます」
なるほど。それで、どんなチートを授けてくれるんですか? 膨大な魔力? 最強の武術? 生産系? 成長補正? まぁこちとらそちらの眷属のミスで運命歪められたんだしその辺のサポートはしっかりしてるんだよな? な?
「ご自分が有利な立場とわかった途端に随分と口調が砕けましたね。まあいいでしょう。幸い眷属一体分の魔力が余っていますしね」
眷属一体分? それって?
「えぇ、あなたの運命を歪めた元凶です。先ほど処分したとお伝えしましたよね?」
ニヤリと不気味に笑う眼前の神。その整った顔が醜く歪んだ笑みは死を司る神らしいものなのかもしれない。
「死を司る神ではなく、死と再生ですよ。お間違いなく」
…。
「さて、あまり時間もありません。こうやって魂の状態のあなたと神である私がお話するのも時間の限りがありますので。ちーと、でしたっけ。あら? いけない。もうこんな時間ですか」
え?
「申し訳ありません。思った以上に神力を使ってしまったようであまり時間がないようです。ちーと? とやらはこちらで適当に与えておきますので。」
え? え?
「あ、そうそう、生れ落ちる世界でおよそ五十年、それくらいは生きていただかないと歪んだ運命は正せませんのでお気を付けください」
え? え? え?
「今まであなたがいた世界とは違い、人の平均寿命はだいぶ短い世界ですがお渡しする力もあるので大丈夫でしょう」
え? え? え? え?
「それ以前に死んでしまうと転生できずに、死の痛みを感じたまま悠久の時を過ごすことになるので気を付けてくださいね。そうそう、転生は生と死の狭間の理。転生の際、一瞬だけですが死の痛みがあなたを襲いますがそれは我慢してくださいね」
は?
「あ、でも安心してください。しばらくは、そうですね成人を迎えるくらいまではトラブルなく過ごせるように加護を与えましょう。それでは、ごきげんよう。あなたに運命の死が訪れますように」
おいーーーーーーーー!
山田太郎が生まれ育った世界とは異なる世界。聖神歴六百四十五年、イリュシュ王国の王都であるイーリスから遠く離れた辺境の地。ガナン辺境伯が治めるこの地のとある村で一人の男児が産声を上げた。その産声は絶望とも安堵ともとれるひどく大きなものだった。
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