Vedete-17:苛烈にて(あるいは、行き着くはいつでも/意味達を/プラティカメディカ)

 本当に、動きを止めた。思考も? もう私に委ねようっていうの? それともこちらに先手何かやらせてそれに対する「返し」でもやってこようと狙っている?


 まあ、いい。相手が何考えてようと、もうどうでもいい。私はセファ様の指示に従うことのみが存在意義。だから。


 今は黒衣の男、それを排除するのみ。うずくまるかのような姿勢。やや俯き、周りの雫により垂れたその黒髪にほとんどが隠された黒い瞳……そこに常に湛えられている黒き「水」が如くの光……が、まだ死んでいないことを鑑みても。


 「吸い込み」は封じた。元より吸われたところで私の色氣の多寡は無尽でもあるのでほぼ問題は無いとは思っていたが、相手に何かを与えるということは極力避けておいた方がいいという経験則もある。何があるかは本当、分からないから。つまりは常に万全を期すと決めている。さらにはことセファ様の指令に関して私は。


「……」


 両脇のやや背中側に「開けられし二つの孔」。より多く、より細かく開けてもらった者もいるとのことだが、たった二つ。が、たった二つの何の芸も無さそうな孔が、私を劇的に変えた。淀み滞留し対流が相殺し合う……まるで私の心の内面で起きていた諸々の感情が如きに揺蕩っていた藍色の色氣が、まるでセファ様の柔らかき言葉を受けた時の私の心情と同等に。


 激しくも秩序正しく「流れ」を形成するようになったのだから。


 夜明けは近い。巡る稜線が少しづつ橙色と朱色の混じったような光に縁どられていく。明るき色、暖かき色は嫌いだ。あいつらを思い出すから。才気に満ち溢れている若人、そして……元々持っていたにも関わらず、さらに上乗せされた奴……


 身体の周りを包む藍色がその色を深くしていく。流れは背中の二点を中心に、さらに峻烈に、加速し過ぎて逆に止まって見えるほどに。さあ、このどうとも出来ぬ葛藤も、感情も、もう終わる。この美しき瑠璃色のしじまが、イラつく暖色に侵され切る前に決着をつける。私は「柱」と成りて、セファ様の築き上げる「世界」の礎となろう。と、


「……そなたは間違っておられる」


 蹲ったまま、為す術も無くただ硬直をしていただけと思いし者からのそのような言葉。はん、片腹痛い。見上げてきたその黒き両の瞳から直射される視線と初めて視界が絡んだ。色氣の視界に非ずの、実の、と言ったらよいか。どうでもいいけど何故か引き込まれるような黒だ。下賤なる男の分際で、この者は……


「『孔開け』の施術者、その者にそなたは利用されているだけに過ぎぬ。『柱』……それは正にの『人柱』。さなる『兵器』を作製するだけのために、無為なる『孔』は穿たれた。自然なる営みとかけ離れし、災いを呼ぶ業」


 気に入らないねぇ、その目の玉。「水」でも湛えているとでもいうのかしらん。惹き込まれてしまうのが癪だねえ、セファ様に少し似ているところも何だかイラつくねえ。そして。そしてそんなもっともらしい事をつらつらのたまいだしたのならば、経験則から言ってそいつは、


「……ッ!!」


 もう終わってるんだよねぇ。いや、終わらせてきた。この力で。


光の奔流により、さらに粘りつくようになってきたその「藍色」。それにより「柱」状に固まり始めた自身の周囲の、溜めた色氣の余波だけを以てして、ノービアは目の前の一面を、そこに蹲踞していた黒衣の者ごと薙ぎ払う。水の飛沫というよりは、金属の細かい粒子がうねり乱反射するかのような激しき藍色の光が辺り一面を染め、


「……」


 当然のようにそれは飛び退り、否、上下回転までかまして上空へと跳んで躱した……か。それもまた、必然ゆえに必至、あるいは必死。どの道、もう道は無い。軽く呼気を払うようにして放たれた短き詠唱のようなものが、湿度を否応増したその場に紡ぎ出されると、それに呼応するというよりは、その出と寸分違わずに石造りの床面から、今度は藍色の「直方体」が視界を突如遮る巨大さにて突き上がってくる。


 つるりとした「面」を見せるものの、それが極微細な「針」状の色氣の集積体であることは、上空で体勢を瞬時に立て直したアザトラは瞬で把握しており。


 「面」に触れてそこを滑って……ということをやろうとしたらこれらの鋭き切っ先に絡めとられると。そして全身に万単位での微細穴を開けられてしまうと。何と精緻なる業だ。それだけに惜しい……自らを弾頭として散るなどと。それもおそらく脳がやられているであろう短慮なる考えの、「背後にいる者」にそれこそほぼ操られてのことなど。


 沸いた感情を中空に置き去るように次の瞬間には迷いは無く、その身に巻き付けし外套を敢えてその「面」に貼り付けるように広げ脱ぐと、そこに一瞬だけ己の身体を転がるようにして触れさせ、反発を得てのち横方向に錐揉みつつ離脱する。


「『人柱』、とかのたまらっしゃったかしらぁん? あはぁ、そいつは言い得てってやつだけれども。だったらどうだって話よぉぉぉ……誰かのために何かを為す。それに充実を見出して自らの意思で決める。決して珍しい話じゃあないと思うけどねえ」


 ノービアの方は最早身動きもままならぬのだろうか。天蓋にすらと見えにし立ち姿は、直立し臍の前辺りで軽く両手指を合わせたる優雅なるものであったものの、その体表一枚外側を走る藍色の光の流れは、最早その動きを感知出来ないほどにのっぺりとした「面」を晒してくるのであった。美しき立位の彫像と化したそれに対するアザトラは彼我距離五mほどのところに何とか着地はするものの、その距離をして自分の皮膚や膜や筋肉をも外側から揺らし震えさせてくるほどの力の奔流に息を呑む。


 周囲二kmケルメトラァは優に。いや、そこからさらに巻き込んだ人間の色氣を連鎖誘爆させて際限なく炸裂範囲を拡げてくる可能性は高い。そうなった場合、俺には止める術は無い。今の状態でも「吸引」ままならぬ状態ではあるが。どうする。考えろ。


 ……行動を起こしつつ。


「……ッ!!」


 次の瞬間、アザトラの蹲る点座標向けて、精密な「藍色」の光線の如きものが空間に満ちている水蒸気を散らしながら照射されている。黒衣が貫かれ空中に破れ散ったかと思うや否や、


「あら、変わり身の術ぅ? 古典的で結構善きよぉ?」


 上衣をその場に脱ぎ置き去りつつ何とかそれを躱していたアザトラの移動していた十時方向向けて、その硬直した微笑をわずかに向けて嘲笑するノービア。


 余剰の力でそれほどか。「柱」としての威力はやはり推して知るべしということか。だが、あの鏡面の如き色氣の流れをほんの少しだけでも揺らすことが出来たのならば。打つ手はある。はずだ。


 濡れそぼった着衣を半分脱ぎ捨てたものの、引き締まった上半身にもやはり絡みつくようにして「粘度のある酸」のようなものが覆っており、吸い込む挙動をした途端に激痛を与えてくるほどにまでなっている。が、


 一瞬でいい。一瞬でもこの身体を包み込む「水」を散らすことが出来たのなら。


「あははぁ、それでも吸い込んじゃうとか、そんな感じかしらぁ。でも耐えられないと思うけど、肉体も、精神も。人間の身体は半分以上が水って言うじゃなぁい? その水を侵されるんだから何かもう、全身の神経をしごくような感じ、とかかと見受けるけどねぇ」


 そうなのだろう。だが、その程度のことはこれまでも経験せしこと。それよりもほんの少し、一ビョウンに満たぬほどの瞬でいい。「吸う」ということが出来れば、そして「鏡面」に我が身体の一部でも触れさせることが出来たのなら。


 激しき呼吸。と共に、アザトラの身体が不随意に蠢いていく。周囲に満ちる「毒気」を諸共体内へと取り込もうとしている。わずかに得られるであろう、「藍色」の色氣のために。その晒された半身が隈なく黒き斑点のようなものに染められていく。


 思い出す。亡きあの方へも、己は訳知り顔にてのたまっていたではないか。


――『色氣』における『相性』『属性』……それらは実際に使いし者たちもそうと気づかないほどに、いつからかは分かりませぬが、この長い年月の間に『固定観念』となり人々の意識、精神の中に蔓延ってきてしまっていると。


――例えば『淑婦ヴォーコ』、例えば『奔嬢ヴァズレィ』。例えば『火』、例えば『水』……それらを覆したところに、何かがあると。


 ……「覆す」とは、また異、なることかも知れぬが。この身体に溜まったわずかな色氣を、「反発」、あるいは「暴発」の如きことをかませれば。


 瞬の目くらましか、再び黒衣をそこに脱ぎ置き、無防備な身体をさらしながら跳ねた身体は、弧を描きてノービアの右側面から凄まじき勢いで迫るものの、それを視認してからも相当の余裕をもってして、藍色の彫像からは件の光線が射出されてくる。が、それを見越して伸ばす、両腕を。その様を横目で視認しつつ、ノービアの微笑が更に深まった、かのように見えた。


 周囲に漂う微弱な色氣とは違うのよぉ? その「余剰物」は、瞬で「吸い込む」なんてぇ芸当は無理、でしょうよぉ? さらにはこの場は「水」に支配されてんだから、貴方の「孔」だって塞がってるって、分かってるはずよねぇ?


 相手が生まれたままの姿にて、光線に脳天から尻の穴まで貫かれる光景を浮かべ、こみ上げる愉悦をさらに自らが発する色氣に乗せていくノービア。その力の波動が極限まで高まり、ぴんと張った天空へと真っ直ぐに伸びる「光の柱」と化した。まさにその、


 刹那、だった……


「……ッ!!」


 貫かれてはいなかった。突き出した両の掌は黒く焼け焦げているものの、その奥の黒い瞳はより光を増したかのように見えて。


 「電気」……っ? で弾いた? 周囲の「水」に受け渡した? そんなことが……あ。


 「人体の半分は水」。それ自分で言ってた。え? つまり色氣は元より水に伝導するって……こと?


 そんな思考の隙間に捻じ入るようにして迫ってくる灼けた掌が二つ。その面は、面だけは「水」の付着が無い。すなわち、「吸い取る孔」が何の邪魔も無く開いている。触れられれば、直で吸引されてしまう。これが奥の手……でも。


 でも、何だよねぇ。


 こちらも伸ばす。「水の触手」を二本。迫る相手の両の手首を絡めとり、その場に固定するが為に。残念残念。「水」は自在。このような使い方はさらにはありがちですらまであるんじゃあないのぉ? ちょっと慄かされてしまったけど、やはりここらが終着、到着点。貴方の掌が到達する処は皆無だったと。ではでは、私と一緒に打ち上がりましょうじゃあありませんことぉ?


 一瞬、緩んだ。それは「柱」成就のための必須の「間」だったのかも知れない。だが、それが訪れることを信じ、極限まで耐えに耐えにし者が、待ち望み狙いを澄ましていた一瞬であったわけで。


 ばしゃ、という素っ気ない音と共に、自らが練り上げて研磨した藍色の色氣が、力無くただ重力に引かれるようにして、足元に落下したのを感じた。その事象が、その瞬の直前に自らの右頬に与えられた打擲の衝撃。それによるものだと悟った時には、


 ふやぁああああぁぁんッ、との情けなくも艶っぽい声が、喉奥から飛び出してきている。全身の毛穴を優しく吸われるかのような、甘く痺れる感覚。似ている。セファ様に施術を施された時と似たような、甘美なる感覚……


 なぜ? 両手は封じたはず……なのに、顔面に喰らった。喰らってしまった。まだ奥の……「更にの奥の手」が……あったとでも言うの?


 力を一気に失った身体は、意のままにならずにただ、両膝を石畳に突かされていく。そのまま上半身も前面へと倒れ込もうとした瞬間、


 ふぇぇええ? との声がまた漏れてしまう。背後から逞しき腕が自分の身体の前面を通り回されてきていた。そのまま優しく抱きすくめられる格好となる。その身体を跳ね飛ばそうとするも、その色氣が、出ない。完全なる敗北。そう察した。であれば、


「……殺す前にひとつ教えて? どうやってあの一撃を繰り出したの?」


 残った理性を搔き集めてそう問いの言葉を紡ぎ出してはみるが、その間にも伝わってくる相手の肌からの熱に、ぬくもりに、途方も無いほどのやすらぎを感じている自分を俯瞰している。幼き頃に戻ったような気がした。自然な、自然なる自分へ。鎧うことの無き、ありのままの自分。最早何一つ為すことは出来ないほどに微弱となってしまった己の色氣だが、その流れはあるがままの正常な、かつ清浄なる流れとなった気がした。


 セファ様の命を遂行できなかったことは無念だけれど、まあこれが私の到達点だったのかもね。でも何だろう、この清々しい気分は。冥道でも何でも、腕を振って歩いて行けるような気がする。


 自然に形成された微笑を浮かべたノービアの顔からは、背負いし咎、鬱屈と溜め込めし感情、その他あらゆる強張りがほどけ消えているかのように思われるのであった。


 清冽なる空気。が、その、


 刹那、だった……


 自分の藍色の装束が妙に手慣れたる感じにて、褐色の肌を滑らすように脱がされているのはまだましとして、現れた自らの艶めく裸身、その下腹部あたりにちょうど目線はやられていたのだが、その閉じ合わされし隙間から、天を衝くかのように威風堂々と前上方へと突き出されたる棒状のものに視点があった瞬間、思考はすべて煮凝りが如くに固まる。


 ……え、腕? え、もう一本?


「……『水』に触れていない箇所が、それがしにはもうひとつあった。掌はいわば囮。臨戦と共に纏いし包皮を剥いパァージリングして、その全容を顕す、我が最大なる奥の手……」


 とんでもない眩暈を感じて背後の痴れ者にもたれかかってしまうものの、それを合図と取られたか、両脇のやや背面寄り、増設された「孔」ふたつに既にそれぞれの掌があてがわれていく。途端に感じる、狭き孔を無理やり捩じり入ってくるような感覚。


 ちょっそんなの無理ぃ……との力無い声を上げて何とか首を捩じりてそう懇願するものの、


「殺す気など、元より無い。『孔』を塞ぐ術を、これよりそなたに試し施したいと思う。それが成れば、無理に増やさずとも、正常なる流れとなる、はず」


 とてもいい顔でそう返されてしまい、あ、これ言っても駄目なやつかもェ、との諦観が徐々に熱を帯びてきた脳の片隅に去来する。と、


「『神剣フルボ=キ=サミンマ=レイン』……かなる色氣の剣にて増設されし二つの孔をねじり埋めていくと共に、先ほど最大限まで『藍色の氣』を吸い込みたる『弁』を有する我が『威力棒VIIネオ=イス=コ→→チ←ン←』をそなたの最奥まで侵入させたのちに往生フィニシャスさせる……すなわちは『三処蹂躙絡みマ=ラテマティカ』、またの名を『曼邇倶芭星〇=ンニ=クバス=タァ』なる施術にて候……ッ!!」


 非常にいい声にて言い放たれた情報量過多の言葉にヒィィそれ死んじゃう死んじゃうからぁ……と慄き抗う暇も与えられずに、その眼前でその先端から鮮烈なる藍色の光を放ち輝く何とか棒とやらがいったん己の柔肉の隙間に沈み込んでいったかと思うや刹那、


 三か所から同時にとんでもない熱量を与えられつつ、身体の奥から焼かれるような、それでいて陶然と意識の全てをかっさらうような波に溺れさせられつつ、あーれーとの何か達観したかのような声を上げるほかは何も出来ない。

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