第14話 公国大使の頭痛の種2

 

 数日間拘束され、貴族牢から出された時はガリア帝国側との交渉の席に座らされていた。いや、これは交渉とは言えない。


「これほどの侮辱を受けたのだ。開戦もやむなしだろうが、戦をした処で貴国から得られるものがないのが問題だ」


「それ以前に賠償金を先に支払って貰いたいのだが、貴国では支払いができるかどうか危ぶんでもいる」


「今後のためにも王族の首を城壁に晒したい処だ。勿論、式に出席していたあなた方も含めての話だが」



 嫌味交じりの脅迫的な言葉が続く。

 これでも数日前に比べればマシな方だ。私達は加害者側。どんな無茶な要求でも飲まなければならない。賠償金だけで破綻しそうだが……。大臣達の怒りはまだ冷めていないらしい。無理もない事だ。

 


「そこまでにしたまえ。これでは落ち着いて話し合いもできん」


 大臣達の言葉を制したのは帝国の皇太子であった。



 

 漆黒のような黒髪にルビーのような瞳、男の私から見ても惚れ惚れするほどの美しさと凛とした雰囲気を醸し出している皇太子はこの場で最年少だというのに一番落ち着いている。


「弱い者いじめは感心しないぞ」


「ですが殿下!」


「彼らも知らなかったのだろう?」


「監督不行き届けです!」


「そう、怒鳴るな」


「恥をかかされたのは帝国なのですぞ!」


「まぁ、まさかあのようにがこの世にいたとは知らなかった。世界は広いな」


「感心している場合ですか!」

 

「これはある意味感心する事だぞ。王族が『世界を敵に回しても愛をとった』のだからな。国と民を愛する私には到底考えつかない発想だ。シルヴィア公女の発言で文字通りバレッタ公国は世界を敵に回した」


 宝石のような目がこちらを向いた。

 

「それは……どういう意味でしょう?」


「おや? 公国の大使殿は自国の姫君の言葉を聞いていなかったのか? あれほどハッキリと恋人との愛を貫くと宣言されていたというのに。王族の義務を放棄し国と民を捨てた者を帝国も諸外国も決して忘れない。そんな王族を生み出した国も信用しない。私の言っている意味を理解しているのなら自ずと答えは分かるはずだ。分からなければこのまま交渉は決裂として帰国されるといい。我々帝国は貴国のように暇ではないし、いつまでも茶番に付き合うつもりもない」 


 年齢以上に落ち着いた口調。微笑んで話す皇太子に、室内にいる全員が飲まれていた。ここで最も年下の少年だというのに。支配されていると感じる。これが帝国の皇太子か……。


「……帝国は何をお望みですか」


 口の中がカラカラに乾く。

 皇太子は始めから交渉する気がない。それがハッキリと分かったと同時にバレッタ公国の終わりも見えた。天才と名高い皇太子。それでも何処かでまだ子供だと侮っていたのかもしれない。大きな間違いだ。シルヴィア様とでは釣り合わない。資質も覚悟も違い過ぎる。

 

「帝国は弱い者いじめが嫌いだ。バレッタ公国の民が死に絶える姿を見るのは忍び難い。私達は平和的解決を望んでいる」


「そ、それは……」


「公国の属国化だ」


 やはり……。

 分かっていたとはいえ言葉に出されると堪える。テーブルを挟んだ向かい側にいる皇太子はまっている。公国側が「はい」と返事をするのを。ぎゅっと目を瞑った。答えは一つしかない。断れば間違いなく武力行使される。手を固く握りしめ、大きく息を吸いあげ返事を返そうとした瞬間。



 

「ふ、ふざけるな!!!」


 若い外交官が声を荒げていた。


「そんなもの認められるはずがないだろう!!」 


「属国化が気に入らないと?」


「当たり前だ! 花嫁に逃げられた位で大げさ過ぎる!!」 


「たかが、ね」


 これは不味い。私は慌てて立ち上がると、若い外交官の頭をつまみ上げ床に押し付けた。

 

「何をするんですか!」

 

「黙れ! 貴様こそ立場を考えろ。皇太子殿下への発言の許可も得ていないだろうが。これ以上侮辱を重ねるな」

 

「公国の主権が脅かされているんですよ!?」

 

「いい加減にしろ!貴様の発言でバレッタ公国が亡ぶのだぞ!! 自分の言葉に責任を持て!」

 

「なっ!?」


 何に驚くのだ。それ位の大事なのだ。この若造は「たかが」といった公女の駆け落ち。その行動を是とすることは、ガリア帝国に向かって戦争を吹っ掛けたに等しい行為なのだ。国を想っての言葉なのだろうが、それが余計に公国の首を絞めているのが分からないのは若さ故か。だが、もう遅い。取り返しがつかなくなった。私達には選択の余地はない。いや、元々なかったな。


「大使殿。そちらの礼儀を弁えない者に口の利き方を教育しておいて下さい。口は禍の元、とも言いますからね。帝国も早々甘い顔はできません。あなた方次第でこの場にいる公国人全員の首を今すぐ差し出して貰いますよ」

 

 皇太子の言葉で全員が凍りついたように静まり返る。ぞくりと背筋に冷たい汗が流れ落ちる。皇太子は本気だ。本気でこの場にいる公国人を殺しかねない。皇太子にここまで言われ、若い外交官は漸く自分の言ったことの重大さを理解したのか、恐怖で体が小刻みに震えている。空気が重い。室内は完全に皇太子が支配していた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る