第13話 公国大使の頭痛の種1
まるで嵐のように去って行く二人を見送ってしまった。重苦しい空気とは対照的な帝国の皇太子殿下の言葉に誰も口を挟めなかった。
そして、皇太子殿下の言葉で神殿に居る全員がこの異常事態を理解した。顔面蒼白で一言も喋れない状態のバレッタ公国側は兎も角、ガリア帝国側は俄かに騒がしくなる。
ガリア帝国の重鎮の一人が顔を真っ赤にさせて立ち上がると、怒鳴った。
「こいつらを捕らえろ!!!」
そこから先は悪夢としか言いようがない。
神殿に居たバレッタ公国の人間は一人残らず拘束された。
「貴様たち、我が帝国を侮辱してタダですむと思っているのか!!」
「国同士の婚姻を何だと思っているんだ! 馬鹿にするのも体外に知ろ!!」
「今すぐ国ごと滅ぼしてやってもいいんだぞ!!」
帝国の大臣達からの怒鳴り声。
突然の事態にガリア帝国側も冷静さをなくしている。彼らが怒り狂うのも当然だ。こんな一方的に帝国に恥をかかせる行為をしたのだ。この場で切り捨てられても文句は言えない。
最悪、戦争が起こるのではないだろうか。その可能性は高い。戦えば確実にバレッタ公国は負ける。そもそも国力からして桁違いなのだ。話にならないだろう。
激昂する大臣達を宥めようとしているのは女性は奥方だろうか? 若い男も必死に抑え込もうとしている。彼は息子か? それとも部下か? いずれにしても無理だろう。この婚姻を推し進めてきた大臣達からしたら顔に泥を塗られたようなものだ。口汚く罵られるのに耐えるしかない。
一通りの罵詈雑言を浴びせられた後、我々バレッタ公国人は帝国の貴族牢に入れられた。
「……花嫁に逃げられた間抜けな帝国が悪いんじゃないか」
「そうだ……俺達は悪くない」
「なんで……こんな目にあわないといけないんだ」
貴族牢での軟禁。
拷問まがいの尋問が始まると思いきや、神殿の時と打って変わって静かな毎日だった。最初は恐怖に震えていた者達も次第に帝国側の愚痴を言うようになっていた。目の前で繰り広げられた自国の公女を止めることもできずに、ただただ唖然と見ている事しかできなかった我々に責任がないとは言えない。そもそも、結婚式に逃げ出す花嫁など前代未聞だ。平民ですらそんな非常識なマネはしないだろう。
「なんで今なんだよ。何も、結婚式の日にやらかさなくてもいいだろうに……」
「本当に。逃げ出すならもう少し早くして欲しかった。そうすれば下の妹君の誰かが代わりに嫁げたんだ」
全くだ。
まさかこんな形で結婚式をぶち壊されるなんて誰も想像しなかっただろう。
「あいつ……シルヴィア様の専属の護衛だった奴だろう?」
「ああ、シルヴィア様と密かに噂になってた男だ」
「そうなのか?」
「女官達が噂してたのを聞いた事がある。もっともその時は只の噂だと思ってたんだが……事実だったとはな」
どうやら、結婚式当日に乗り込んできた男は元々シルヴィア様とは特別な間柄だったらしい。まぁ、あんなものを見せられたのだ。二人は前々から深い仲だったんだろう。そうでなければ神殿に飛び込んで花嫁を攫って行くような真似はできない。戦争の発端が王族の色恋沙汰になるのかと思うと、笑えない。安っぽい喜劇舞台を見ているようだと苦笑した。
ガリア帝国皇太子との婚姻。
降ってわいたような幸運に浮かれたのがいけなかったのか?
大国の皇太子との正式な縁組。それも「正妃」として嫁ぐ。公国にとってこの婚姻はまたとない千載一遇のチャンスだった。それというのも、バレッタ公国は農業と畜産の国であったからだ。最近では海産物の国としても活動している。大陸の「食」を支えていると豪語できる公国だが、その分軍事力には乏しかった。どれだけ乏しいのかというと、まず戦争が起これば防戦一方。いや、防戦も難しかった。貿易相手国はそれで足元を見る国も多く、何度悔しい思いをした事か。
この婚姻は帝国の後ろ盾を得たという大きな意味があった。
虎の威を借りる狐、ではないが諸外国の横柄な態度を改めさせることができる上に貿易も有利に動けると皆が狂喜乱舞した。民衆も帝国との婚姻を歓迎した。バレッタ公国の未来はバラ色だと信じて疑わなかった。
そのはずだったのに――
何故だ。
結婚式の最中に仕出かさなくてもいいだろう。
婚姻後に護衛を愛人にするとかではいけなかったのか?
正妃に愛人などは問題ではあるが『世継ぎ』を産んで夫婦で愛人を囲うのはよくある話だ。帝国と公国との話し合い次第で可能になる場合もある。妻が不貞を働いていても表沙汰にはしない。夫側にも面子というものがある。こういう色恋沙汰は内々で処理するのが常識だろう。
にも拘らず公の場で「不貞行為アリ」の発言をされてしまうと言い訳もできない。しかも、不貞を働いた本人達は出奔した。頭が痛い。
ガリア帝国との婚姻は破談。
事はそれだけでは済まない。
公国を思えばあんな身勝手な行動はとれない筈だ。私にはシルヴィア様の考えが分からない。
シルヴィア様も年頃の女性、恋に浮かれるのも分からないではない。だが、シルヴィア様は王族なのだ。王族として生まれてきた以上はその責務を果たさなければならない。国のための政略結婚など当たり前の事だ。それを理解していなかったとは……。あのような方が王族であった事は公国の悲劇に他ならない。
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