第5話 皇后の頭痛の種5


「皇太子、喜びなさい。半年後に結婚式を行います」


 私の宣言にアレウスの片眉があがる。これは「不愉快」だと言う合図だが一切無視させてもらおう。


「お相手はバレッタ公国のシルヴィア公女です。歳は皇太子の二つ上の十八歳」


「母上、遂に耄碌なさいましたか。あれほど、自分で妃を選ぶと申し上げましたのに。何故、正妃を迎えた後の側妃の釣書まで用意してあるのでしょう」


「貴男の『理想の女性』を母親として考慮した結果です」


「後宮を持つ事がですか?」


「……『理想の女性』をした結果です」


 現実と妄想の区別ができない馬鹿息子。

 帝国の貴族令嬢が事故物件である事は間違いない。だが、事故物件ではない貴族令嬢とはいない。そもそも清廉潔白で純真無垢な令嬢など社交界デビューする前に駆逐される存在でしかない。そうならないために各家が然るべき教育を施す。毒を身の内に取り込みたくない気持ちは分かる。けれど、毒も使いようによっては「薬」になるのだ。


 それに、妻一人というのがどれほど大変なのか馬鹿息子は理解していない。一人の女性に多大なる負担を強いるのだ。ストレスで精神崩壊してもおかしくないだろう。鋼鉄の精神力を持つ馬鹿にはそれが分からないのだ。妃数人で作業と役割を分散すればそれだけ掛かる負担は少ない。馬鹿息子の理想を数人で補う方が現実的だった。というよりも、現実を考えるとそれ以外に方法はない。


「それにしてもバレッタ公国とは」


「何か問題ですか? 王族同士の結婚ですよ」


「いえいえ。母上の事ですからもっと大国の王女を用意するのかと思いました。まさか小国の王女とは意外過ぎて……」


「バレッタ公国は小国ですが『大陸の貯蔵庫』とまで言われる農業国家。されど海産物でも有名なのは知っていますか?」


「ええ。陸と海でこの国の食卓を潤していますからね。当然、知っています」


「では、最近、漁業のを成功させた件はどうです?」


「それは……初耳です」


「『海の魔物からの被害が近年酷い』と言う理由から始めた養殖産業のようですが一体非常に気になります」


「陸地に水泳場を設置したと考えるのが普通ですが……その様子では違うようですね」


「バレッタ公国の領土でそのような大規模な事をすれば直ぐに分かります。噂にもなるでしょうしね。けれど、実験開始から成功に至るまでの過程が全て不明。些か怪しいと思いませんか?そもそも、コストのかかる大事業です。とてもバレッタ公国だけの力でできるものではありません。開発資金も膨大ですからね。一体何処にそんな資金があったのか。気になりませんか?」


「なるほど。母上は疑っている訳だ。バレッタ公国に何処かの国が力を貸していると」


「……ただ、力を貸しているだけなら特に問題はありません。けれど、それが海の魔物を払いのけるだけの力を有していないかが問題です」


「海は陸地と違って結界が張れない。それが『できた』と考えているんですか? まさか。有り得ませんよ。それをするのは膨大な魔力量が必要になるんですから。常時、そんな魔力量を放出していたら流石の私でも数日で死に絶えますよ」


 鼻で笑うアレウスはバレッタ公国が海での結界に成功したとは考えていない。

 まぁ、無理もない。アレウスの魔力量は世界最高峰。それは神殿側も認めている事実。そのアレウスでさえ「持続不可能」とされる海の結界。何らかの魔道具を用いたと考えるのが普通だろう。実際、アレウスはそう認識している。



 この結婚によってアレウスのバカな考えを改めさせるという名目も勿論含まれている。


 アレウスの言う通り皇位継承争いに発展するのは不味い。けれど、それ以上に今は皇族の数が少なすぎる。兄皇子達を担ぎだす貴族が出てこないとも限らない。少なくとも帝国はあらゆる意味で実力主義だ。皆で仲良く協力して国に貢献しよう、などという戯言をほざく者は帝国ではやっていけない。どれ程あくどい真似をしようとも、そこに結果が備わっていれば「正しい行い」になる国だ。


 結果が全ての弱肉強食。


 その中で生き抜き勝利を収めてきた私の勘が告げる。



 

 魔道具ではないもっと大きな力が働いていると――

 




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