第9話

 ――翌日の朝。マサムネは四角い顔つきの男にたたき起こされた。

 マサムネは煩わしそうに眼を開ける。布団の温もりを感じていたいのに、朝から最悪の気分だった。

「あの、何ですか?」

「何ですか、じゃねぇ。朝飯を作るのが、てめぇの仕事だろ!」

「……初耳なんですが」

「いいから、早く準備をしろ、馬鹿!」

 男に言われるがまま、マサムネは身支度を整え、厨房に向かう。その道中で、男は名乗った。

「俺の名は『ダキ』。しばらくお前の面倒を見ることになった」

「よろしくお願いします」

 男はそれ以上を語らず、厨房に着くなり言った。

「ここにあるものは何でも使っていい。まずは親父や兄貴たちの朝飯を作るんだ」

「俺が作るんですか?」

「当たり前だろ!」

「何を作ればいいんですか?」

「そんなの自分で考えろ! 俺はべつの仕事があるから、あとは任せたぞ!」

「え、あ、ちょっと」

 ダキは足早に厨房から出て行った。広い厨房に残されたマサムネは、しばらく佇んだまま途方に暮れる。料理なんか普段はやらないので、急に作れと言われても、困ってしまう。

(……とりあえず、やるだけやってみるか)

 マサムネは困惑しながら料理に取りかかる。

 ――30分後。ダキが戻ってきた。

「おい、朝飯はできたか?」

「まだです」

「馬鹿野郎!」とダキは怒鳴る。「時間までに作れと言っただろ!」

「え、時間とか聞いていないですけど」

「なら、俺に質問しろよ!」

「えぇ……」

 すぐ出て行ったのに、質問なんかできるわけがない。

「まぁ、いい。で、どこまでできているんだ?」

「野菜炒めはできました」

「は? それだけ?」

「あと、一応、ご飯も炊いているところです」

「……汁物はどうした?」

「……とくに考えていませんでした」

「馬鹿野郎! 朝飯と言えば、汁物も必要だろうが」

 何だよそれ、と思ったが、言い出せる雰囲気ではなかったので、マサムネは申し訳なさそうに「すみませんでした」と言う。

「まぁ、いい。汁物はインスタントで何とかするとして、ご飯は時間までに間に合うだろうか」

 それからダキとともに料理を作り、幹部のもとへ運んだ。

 その際、マサムネは思った。

(ここ、なんだかヤバい気がする)

 ダキとのやり取りを通し、この場所で生活することに一抹の不安を抱いた。

 そして、その不安は現実となる。

 幹部への料理を運び終わった後、厨房で下っ端向けの料理を作っていたら、幹部の部下が飛び込んできて、「米が固すぎる!」や「兄貴は肉よりも魚派だ!」と怒鳴られた。

 それに対し、ダキからのフォローがあるかと思ったが、一切なかった。何も教えてくれなかったくせに、責任をマサムネに押し付け、一緒に怒鳴り始めた。マサムネにも言い分はあったが、それを主張することは許されず、申し訳なさそうに謝るしかなかった。

 そしてマサムネは悟る。

この場所がマサムネにとっての地獄であることを。

 実際、地獄だった。

 料理以外の仕事も、やり方を教えてもらえないから、その度に怒鳴られて、不快な思いをした。普段の生活についても、礼儀にうるさく、声が小さかったり、上の人間に対する挨拶の仕方が悪かったりすると怒鳴られた。

 他にもいろいろあるが、マサムネにとって最もきつかったのは、彼らが自分たちの『マイルール』を『常識』や『当然』といった言葉で押し付けてくることだった。とにかく自分たちのやり方が正しいと思っているので、マサムネなりの気遣いも評価されず、否定されて、怒られてしまう。だから、彼らと会話することすら嫌だったが、否が応でも顔を合わせることになるので、慢性的な精神的苦痛を抱えたまま生活しなければいけなかった。

 苦行を続けること一か月。ただでさえ、マサムネの顔には覇気がなかったのに、かすかな生気すら失われ、ゾンビになっていた。そんなマサムネを気に掛ける者は、ジャキしかいなかった。

 マサムネの顔を見るたびに言う。

「今は大変かもしれんけど、そのうち慣れるよ。それに、みんな厳しいけど、でもそれは愛情があるからこその厳しささ」

 マサムネはその言葉に懐疑的だった。彼らが日ごろのストレスを立場の弱い者にぶつけているようにしか見えなかったからだ。ただ、ジャキが良い人であることはわかっていたので、ジャキの言葉をいったんは信じることにした。

 しかし、彼らとの決別を決意する日が訪れた。

 その日、『兄貴』に呼び出されたマサムネは、多くの組員がいる中、兄貴から命令される。

「マサムネ、鉄砲玉として、『ヘブンズ』の本拠地に乗り込め」

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