第7話
マサムネが戻ると、退屈そうに空を眺めていたジャキが窓を開ける。マサムネは梯子を上って、ジャキの後ろに座った。
「ご苦労だったな」
「はい。これが例の物です」
ジャキにアタッシュケースを渡す。ジャキは、スペースダイヤモンドを取り出して、興味深そうに眺める。
「これは原石か」
「はい。でも、スペースダイヤモンドの特徴はちゃんとありますよ」
ジャキは原石を光に透かす。原石の中に広がる宇宙に目を細めた。
「――本物みたいだな」
「はい。一応、鑑定士の鑑定も受けているそうです。ほら、そこ」
アタッシュケースの中に、鑑定士のサインが入った小さなシールがあった。ジャキはその名前を見て、鼻を鳴らす。
「こいつに鑑定してもらったのか?」
「知っているんですか?」
「ああ。会ったことは無いが、良い噂は聞かないやつだ」
「……なるほど」
「まぁ、腕は確からしいから、こいつは良い物をゲットできた」
ジャキはご満悦の表情でアタッシュケースをしまい、ボタンをいじり始めた。窓が閉まり、宇宙船は飛び立つ。緑の覆われた大地が瞬く間に遠くなって、宇宙空間を進む。マサムネは寂し気な表情で、小さくなるジャングゥを眺めた。
「後悔しているのか?」とジャキ。
「いや、そんなことはないですけど」
「顔が暗く見えるからさ」
「それは……何でですかね。多分、思ったよりも何とも思っていないからかもしれません」
「どういうことだ?」
「何と言えば、いいんでしょうか。まず、後悔のようなものはありません。俺には、彼らに仕返しをしたいと思うだけの理由がありますから。まぁ、やりすぎたかなと思う気持ちは多少ありますが。そして、仕返しをして、喜んでいるかと言うとべつにそういうわけでもありません。だから、こんなとき、どんな風に感じるのが正解かわからず、モヤモヤしているところです」
「ふーん。俺なら全力で喜ぶね。だって、ムカつくやつをぶっ飛ばせたんだから」
「そういうもんですかね」
「マサムネは何であの調査団に入ったんだ?」
「成り行きです。たまたま彼らが人を探していて、俺は調査団に興味があったから入った。そんな感じです」
「なるほど。調査団に興味があったんだ。何で?」
「旅ができるからですかね」
「へぇ。旅が好きなんだ」
「……まぁ、そうです」
マサムネはシートに体を預けて考える。
(べつに、そこまで好きなわけじゃないけど……)
なら、自分はどうして旅をしたいのか。
マサムネは昔出会った旅人のことを思い出す――。
――マサムネが8歳だったときのこと。当時のマサムネは、森と川しかない山の中で、『世捨て人』と呼ばれる人々と暮らしていた。何もしない大人たちを見て、漠然とした危機感を抱いていたものの、とくに何をするでもなく、退屈な毎日を送っていた。
そんなマサムネの前に『彼』は現れた。
マサムネが、広場にある切り株に座っていると、彼はやってきた。
彼は広場に寝転がる大人たちを見た後、マサムネに目を向けた。
「君はここの子かい?」
「はい。そうですけど」
「彼らは何をしているんだ?」
「瞑想です」
「そうか。ここは素晴らしい場所だね。聞いていた通りだ」
「素晴らしいんですか? 悪い話しか聞きませんけど」
「だから、素晴らしいんじゃないか。君も大きくなれば、わかるよ」
「……なるほど」
「君は旅の話が好きか?」
「え、あ、い――」
「僕は旅の話をするのが好きでね。良かったら、僕の話を聞いてくれよ」
「えっと」
彼の話に興味はなかったし、話を聞くのが面倒なので、拒否しようとした。しかし彼は、マサムネの意見など聞く気が無いらしく、マサムネの隣に座って、旅の話を始めた。
「そうだな。まずは、火で覆われた大地の話をしよう。あれは、3年前のことだった――」
追い返すのも面倒なので、マサムネは黙って聞いていた。そして、聞きながら気になることがあった。彼の顔には、周りの大人たちにはないきらめきがあった。
「――ということがあってね。あのときは、さすがの僕も――」
「あの」
「うん? 何だい?」
「あなたは旅が好きなんですか?」
「ほぅ。どうしてそう思う?」
「そんな感じがしたので」
「なるほど。でも、どうなんだろうね。僕は旅が好きかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「それじゃあ、何で旅をしているんですか?」
「居場所を探すためさ」
「居場所、ですか?」
「そう。僕はこう見えて、かなりダメダメな人間でね。いつも人様に迷惑を掛けてばかりいるんだ。でも、こんな僕を受け入れてくれる場所が、この世界のどこかにあると思っている。だから、そんな場所を見つけたくて、旅をしている」
「……なるほど。うちの父親とかはいつも適当なことを言ってますけど、そんな父親を受け入れてくれる場所もあるんですか?」
「あるよ」
「それじゃあ、剣以外何も知らないような爺さんでも、受け入れてくれる場所があるんですか?」
「あるよ。というか、その人たちにとっての居場所がここなんじゃないかな。だから彼らはここにいる」
「……確かに、そうですね」
「少年は、この場所が好きなのかい?」
「いや、好きではないです。べつに嫌いでもないですけど」
「そうか。なら、君も自分の居場所を見つけたくなったら、旅に出ると良い。君を受け入れてくれる素敵な場所がこの世界のどこかにあるさ」
「あるんですかね、そんな場所」
「あるさ。僕はそう思っている。だから旅をしているんだ――」
「――おい、着いたぞ」
ジャキの言葉で、マサムネは目を覚ます。周りを見渡すと、見慣れた砂漠の街があった。いつの間にか眠っていたらしい。大きく伸びた後、宇宙船から降りる。
管理室に向かい、部屋に入って、マサムネは眉をひそめた。組員の数が10人になっていたからだ。マサムネが部屋の中へ進むと、入口を遮るように組員が立つ。物々しい雰囲気に、マサムネは嫌な予感がした。
「兄貴、これが例の物です」
ジャキは部屋の中央にある机に、アタッシュケースを置いた。男は、アタッシュケースを開いて、スペースダイヤモンドを確認する。
「本物だな」
男は鑑定士のサインに気づき、鼻を鳴らす。そして、スペースダイヤモンドをしまうと、マサムネと向かい合う。
「ご苦労だな」
「はい。あの、報酬をいただいてもよろしいですか?」
「ん? あぁ、そのつもりだが……その前に話をしようか」
その言葉が合図となって、組員たちが銃を構えた。
マサムネは平静を保って、男を見返す。
「あの、これは」
「だから言ったろ? 話をしよう」
そう言って、男はニヤリと笑った。
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