第6話

 あの日――マサムネが黒ひげ幹部の撃退に成功し、逃げるように去って行く宇宙船を眺めていると、それまで気絶していたレオンが目覚めた。最初は状況を飲み込めていない様子だったが、慌てて立ち上がる。

「あ、あいつらは!」

「逃げましたよ」

マサムネが小さくなる宇宙船を指さすと、レオンは呆然とマサムネを見た。

「あれは、お前が――」

 そのとき、ハッチが開いて、スモパを筆頭に団員たちが地上に降りてきた。

「やったのか!?」

 喜ぶスモパに、「あ、あぁ」とレオンは戸惑いながら答える。

「すごいじゃないか! あの黒ひげの一味を追い返したぞ!」

 団員たちがワッと湧き上がる。

「いやぁ、その瞬間を見たかったな。黒ひげに焦点を当てていたら、カメラに何かがぶつかって、途中で壊れてしまったんだ!」

「そ、そうか……」

「それで、どっちが黒ひげを追い返したんだ?」

 マサムネはレオンに目配せする。レオンの口が動いたので、彼に任せることにした。そして、レオンは言う。

「――俺だ」

 マサムネは自分の耳を疑い、驚きの目を向ける。

「さすがだ、レオン!」

「レオンさん、さすがっすね」

「レオッちかっこいい!」

 レオンを中心に歓喜の輪ができた。マサムネはレオンに真意を求めようとするも、レオンは目を合わせない。視線を移すと、レオンではなく、スモパと目が合った。

「お前は何をしていたんだ?」

「えっと……」

 スモパに問われ、マサムネは答えに窮する。黒ひげの幹部を撃退したのは自分だ。しかし、そのことを言い出せる雰囲気ではなかった。全員、レオンの言葉を信じている。事実を話すと、空気が悪くなりそうな予感がした。

 マサムネが答えられずにいると、レオンが言った。

「カメラにぶつかったのは、そいつだ」

「何?」とスモパ。

「黒ひげの幹部にぶっ飛ばされていた」

「そうか、まぁ、強いからな」

 スモパの気遣うような表情に、マサムネは苛立ちを覚える。事実は違う。カメラを壊したのはレオンだ。だからマサムネは、「いや――」と口を開きかけたが、事実を話した後のことが頭を過り、口ごもる。多分、誰も信じてくれない。『嘘つき』と呼ばれ、立場が危うくなることが容易に想像できた。

 マサムネが何も言わずにいると、スモパは歓喜の輪に戻った。そしてマサムネは、喜ぶ彼らを遠目に見ていることしかできなかった――。



(――あのとき、俺は遠慮せずに、本当のことを話すべきだったのだろうか?)

 あの日の嫌悪感を思い出し、マサムネは自問する。しかし、頭を振って、その考えを振り払った。どのみち彼らとはうまくいかなかったと思う。

(まぁ、でも、彼らにとっては、事実の方が良かったかもしれないな)

 気絶しているレオンを見て、マサムネは思う。少なくとも、このような状況にはなっていなかったと思う。

(……さっさと仕事をするか)

 マサムネは気絶しているレオンのポケットを探り、ハッチを開くためのボタンとマスターキーを入手する。当初は壁によじ登って潜入するつもりだったが、レオンを倒したことで、計画がかなり楽になった。

 ボタンを押すと、ハッチが開き、スロープが伸びてきた。完全に伸び切る前に飛び乗って、マサムネは足早に船内へ進む。

 久しぶりの船内は静寂に包まれていた。人の気配はあるが、息を殺して、隠れている。戦闘員ではない彼らからは戦う意思を感じない。むしろ、来訪者に対する強い恐怖を感じる。黒ひげの一件から、レオンは敵襲があっても、情報共有をしなくなったので、彼らは暗闇の中で朗報を待っているしかなかった。

(本当にアホだよな)

 スモパも最初は情報共有するように言っていた。しかし、レオンに睨まれてからは何も言わなくなり、他の団員もスモパに合わせて何も言わなかった。

(その結果がこれ)

 マサムネは廊下を歩きながら、だんだん自分が恥ずかしくなってきた。こんな連中に精神を乱されていたからだ。

(他人と生きているってこういうことなのかもな)

 そんなことを考えていると、自分の部屋だった場所の前まで来た。

 興味本位で扉を開ける。

 マサムネの部屋だった場所は、団員たちの荷物で埋まっていた。

 マサムネは、かすかに眉を動かすだけで、すぐにその場から離れた。

 そして、スモパが『スペースダイヤモンド』を保管している部屋の前に来た。

 普通の団員なら開けることができない扉。しかし、レオンから盗んだマスターキーを使えば、簡単に開けることができる。

 マスターキーを使って、扉を開けると、アタッシュケースを持ったスモパが立っていた。レーザー銃を構え、威圧的に吠える。

「で、出て行け! 撃つぞ」

 マサムネは隠しナイフを素早く投げた。スモパがマサムネの動作に気づくのとレーザー銃にナイフが刺さるのはほとんど同時だった。

「ぎゃっ」とスモパは短い悲鳴を上げて、銃を落とす。

 スモパが慌てて銃を拾うとしている間に、マサムネはスモパとの距離を詰め、左手でアタッシュケースの取っ手を握り、右の拳をスモパの腹に叩きこんだ。くの字になって吹き飛ぶスモパ。壁に衝突し、前のめりに倒れた。

 マサムネはアタッシュケースを開けて、中を確認する。拳大の不格好な原石があった。光に透かすと、暗い影の中にきらめく星々が見えた。宇宙を閉じ込めているような特徴から、これは『スペースダイヤモンド』と呼ばれている。

(本物だな)

 マサムネはアタッシュケースにスペースダイヤモンドをしまい、その場を去ろうとする。

「ま、待て!」

 振り返ると、スモパが腹部を抑えて立ち上がった。しかし、すぐに膝をつくと、頭を地面につけて懇願する。

「頼む。そ、そいつは止めてくれ! 他の物なら、いくらでもやるから! それは、俺の全てなんだ!」

 マサムネは、スモパを数秒眺めた後、無言のまま歩き出した。

「ま、待ってくれ!」

 スモパは慌てて追いかけようとするも、脚がもつれて倒れた。

「何が目的なんだ!」とスモパは声を荒げる。「お前は、どうしてそれを狙う!?」

 マサムネは無視して、部屋を出る。

「おい、何か言え!」

 スモパの言葉を遮るように、マサムネの後ろで扉が閉まった。

(お前らに目的なんか教えるわけないだろ)

 スモパには、あえて何も言わなかった。少しでも情報を与えれば、彼らが自分たちの過ちに気づくからだ。マサムネは、それを望んでいなかった。幼稚なやり方で自分を追い出した彼らには、この先も間違いに気づかぬまま、生きて欲しかった。そして、人生の大事な場面でようやく自分たちの過ちに気づき、後悔と自責の念に駆られながら、残りの人生を歩んで欲しいと思う。

 何事もなく、ハッチまで戻ると、スロープを降りて、レオンのそばに立つ。レオンは気絶したまま、地面に転がっていた。マサムネは、レオンのそばにハッチのボタンとマスターキーを置く。

(どうせこの人は俺のことを喋らないだろ)

 彼のプライドが事実を改変する。だからスモパたちは、謎の輩に宝を奪われたと思い、この先も間違い続ける。そんな彼らを想像し、マサムネは鼻で笑った。

 歩き出そうとしたところで、「ちょっと待て!」と声を掛けられる。目を向けると、わき腹を抑えたホゲが立っていた。レオンの攻撃を受け、かなりのダメージを受けたように見える。

 マサムネが無言のまま見返すと、ホゲはいつもの引きつった顔を浮かべた。

「な? さ、作戦通りだろ?」

「作戦?」

「あ、ああ。俺が、そいつの気を引いて、その間にマサムネがお宝を奪う。う、うまくいったじゃないか」

「……それ、本気で言ってます?」

「あ、いや、まぁ、ちょっと予定にはないこともあったが、結果オーライだろ?」

 マサムネは肩をすくめ、歩き出す。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 ホゲが片足を引きずりながら必死に追いかけてくるので、マサムネは煩わしそうに振り返る。

「何ですか?」

「ど、どうして俺を置いていくんだ! お、俺たち仲間だろ!」

 マサムネは大きなため息を吐き、首輪に触れる。

「と言っていますが、どうしますか?」

『殺されないだけありがたいと思え』

「ジャキさんが、殺されないだけありがたいと思え、だそうです」

「なっ、あ、いや、そうか。きっと俺たちの真意がちゃんと伝わっていないんだ。今から説明しに行くと伝えてくれ」

 マサムネが首輪に触れようとしたところで、先にジャキから通信が入る。

『お前の首輪を外した。あいつに渡してやれ』

 電子音がして、首のしめつけが軽くなった。マサムネは首輪を外し、ホゲに投げ渡す。ホゲは慌てて首輪をキャッチした。

「自分の口で説明してください」

「あ、ああ。わかった。あのですね、ジャキさん――」とホゲが首輪に顔を近づけたところで、首輪が爆発した。ホゲは一瞬静止したのち、棒のように倒れた。ホゲの惨たらしい姿に、マサムネも目を伏せる。

(ギャングは怖いね)

 スペースダイヤモンドをさっさと渡し、彼らとは二度と関わりたくないと思った。

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