第33話

 ユメカもまた、ずっと考えていた。

 自分に何ができるのか?

(想いだけじゃ…なんの力にもなれないのかなぁ)

 みつめる先には必死の表情で逃げ回るセイガの姿。

(私にできるコト…歌うコト? いやいや今はそうじゃなくて)

 それから死んだ瞳でセイガを狙うヤミホムラの姿。

 今のユメカには見えていた、両者を結ぶ、線のようなものが。

 これがきっと両者を戦わせる…力なのだと。

 でもそれじゃあ…

(どうして私にもその線が繋がってるんだろう?)

 セイガと自分の間にもそれは結ばれていた。

 ギュッとその糸を両手で握る。

 温かい、セイガの感触がする。

 こんなにも空は青いのに、目の前の光景はとても残酷で、闇と炎をより際立たせていた。

(ユメカには夢はあるのか?)

 それはセイガがあの時聞いてきた言葉、自分の心にぐっさりと刺さって傷をくれた他愛のない質問。

(そうだ…私の夢…セイガがくれた今の私の命…)

 ユメカはセイガが作ったという白いワンピースの裾を摘まむ。

(セイガってこういうのが好きなのかぁ…男の子だなぁ)

 水たまりを鏡のようにして自分の姿を見下ろす、少し照れ臭いがそこには自分がきちんと生きているという実感があった。

 ユメカにはひとつ、考えがあった。

 できるかどうかなんて分からない、叶うかどうかも…それでもセイガはきっとずっと悩み苦しみながら私に希望を与えてくれた。

「だったら…」

 もう、私も迷わない、諦めない。

「上野下野さん! 私にセイガと話せる時間…少しだけでも作れないかなっ?」

 ユメカが決死の表情で叫んだ、それはヤミホムラに立ち向かう全員に届く。

「…搦め手じゃがレイチェルと協力すれば可能じゃよ」

 店主が目配せする、レイチェルも一瞬驚いたが頷く。

「考えがあるのね…このままじゃセイガ君も耐えられないだろうし、やってみましょう」

「ありがとうございます!」

 大きく頭を下げる、全員に聞かせているので恥ずかしいが、やれることは全てやっておきたい。

「ふふ、声の共有は私が引き継ぐわ…いってらっしゃい」

「はい!」

 ユメカは駆け出した。

 セイガも走り続けていた。

 こちらはヤミホムラの苛烈な攻撃を避ける為だ。

『サア、ソロソロ死ンデシマエ』

 死が、その刃を振り上げ、セイガを襲う。

 それが届こうとした時、セイガとユメカ、ふたりの足元に緊急用の赤いテレポートゲートが出現した。

『ナニ?』

「攻撃に集中し過ぎて小さな綻びに気付かなんだようじゃな」

 上野下野がこっそり作った穴、そこを使ってレイチェルが呼び出した魔法陣、ふたりは一緒にヤミホムラの前から消え去った。


「セイガ…お疲れ♪」

 努めて笑顔で、ユメカはセイガに寄りそった。

 ここはこの平原には珍しく丘上になっていて、一本の大きな木が緑の葉を茂らせてあった。

 あの戦いが嘘のように、そこは静かだった。

「ユメカ…」

 ユメカの笑顔と、すぐにかけてくれた回復魔法で元気になっていくのがわかる。

 柔らかい風がふたりを通り抜ける。

「セイガは…どうしたいの?」

 横を向き、遥か彼方を見据えながらユメカは聞いた。それだけでセイガは何が言いたいのか理解した。 

「今のヤミホムラは俺が知っているヤミでもホムラでもない…」

 深淵の力には感謝しているが、こんな殺し合いをしたくはなかった。

「俺は、ヤミとホムラを取り戻したい、この戦いに意味があるというのなら…ちゃんとあのふたりと戦いたい!」

 まっすぐな想いだった。

「そっかぁ…セイガはやっぱり戦うんだね」

「ああ…俺の剣は大切な人を守るためにあるから」

 ヤミとホムラ、ふたりもまたセイガにとって大切な、守るべき存在だった。

「そうだったね…えっと、セイガあっちを向いてて?」

 それはヤミホムラの気配のする方、目視では判別できないがふたりには認識できた…だからヤミホムラもすぐにこちらに気付くだろう。

 素直にセイガはそちらに体を合わせる。

 すると、ふと両肩に温かい手が、ユメカの身体を感じた。

「え?」

 振り向こうとするがユメカに止められる。

「恥ずかしいからそのまま聞いて…セイガ…あのね、私を助けてくれてありがとう」

 ユメカの額がこつんとセイガの背中に預けられる。

 ギュッと手を伸ばし後ろから抱き留められた。

 温かい…力が流れ込んでくるような…

「本当にセイガに出会えてよかった…私に新しい夢を、希望をずっとくれたのはセイガなんだよ?」

 いや、本当に大きな力がセイガを包んでいた。

 それはおそらく…深淵の力。

「私の夢はね……うふっ…ひみつだけど」

 ユメカの柔らかい唇がセイガの耳元に触れるかどうかの距離に。

「夢はね、託せるんだよ」

 その瞬間、力が爆発的に増大した。

 セイガの眼前には神々しく輝く『剣』の文字

 それから同様に浮かぶ『夢』の『真価』が現れていた。

 イメージが溢れ返る、そうだ、今朝見た夢は…これだったんだ。

 ユメカの体がそっと離れる。

 体中が歓喜の声を上げている、とんでもなく爽快で、今まで感じたことのない…自分史上最高の状態だ。

 セイガはその右手にふたつの『真価』を重ねると、剣を引き抜いた。

 青く、とても綺麗な意匠を施したセイガの背丈ほどの大きな剣、蒼穹を剣身にしたような輝きを放っている。

青の星剣ティア・ルヴァリ

 それがその剣の名前だった。

「よかった…私の力…今度はセイガに届いた」

「ユメカ…ありがとう、これで俺は…また戦える」

 セイガは一歩一歩、前に進み、それから前だけを向きながら星剣を真横に持って駆け出した。

 力が無尽蔵に湧き出す。

 何処までも蒼い空へセイガは飛び込んでいった。

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