第26話

イメージソング「dusty days 」KOTOKO


「それでは…始め!」

 高らかにそれは告げられた。

 両者、一歩も動かない…いや

「聖河・ラムル 推して参る!」

 セイガが先手を取る、刀を相手に向けていないので何処から斬撃がくるか判断させないまま…そのスピードは跳ねあがる。

 上段だ、上段に構えているアルザスにさらに上から振り下ろす、それはとても射程が長く、速い、疾風のような一撃だった。

 アルザスも即座に反応したが充分に力を加えられない、上段同士なら先に当てた方が強い。

 ガキンと大きな音を立て両者の剣が弾かれる、だがお互い体勢を崩すことのないまま次の一撃が放たれる。

 アルザスは斜めからの打ち下ろし

 セイガはそれを刀でいなしながらアルザスの右腕を狙う。

 アルザスはそれを鍔ガードで防ぎながらその勢いでセイガを上空へ吹き飛ばした。

 そのままスマッシュを打つように飛び上がりながら大剣を放つ。

 セイガは不安定な姿勢のままだが瞬時に足で大剣を、刃の部分は避けつつ横に蹴り一気に間合いを広げた。

 今履いているブーツはオリゾンテのマスター特注で防具としても優秀だった。

 狼牙の速さと威力を上げるため、腕や上半身に目立った防具はないが、胸元にはバリア性能のある護符を貼り、額には防護用の青い宝石をつけていた。

 宝石の方は雨や血が目に入ることもなく、頭への振動も防げるという一品だ。

「…たった1週間だというのに…力を上げたな」

 少し驚いたようにアルザスが言った。どことなく喜んでいるようにも見える。

「まだだ…」

「なに?」

 セイガが天を仰ぐように狼牙を振り上げると…一気に振り下ろした。

 烈風が大地を割きながらアルザスを襲う。

 アルザスは冷静に剣に気合を入れると自らを守った。

 それはあの夜アルザスが放った一撃にも劣らぬ威力だった。

「驚くのは勝敗が決する時だ」

「ふ…真似事とは…面白いなっ」

 アルザスが動く、青い奔流がその体を包む、それはまるで

「ヴァニシング・ストライク!!」

 セイガの技そっくりの突進に彼も自分の技で応戦する。

 赤と青の光の矢がぶつかり合う、あまりの衝撃に雨風が舞い狂う、どちらも引く気配がない。

「…凄い…剣聖とここまで互角に戦えるなんて」

 ずっと修行の相手をしていたレイチェルもここまでセイガが成長するとは思っていなかった。

 修行でもレイチェルが負けることは一度も無かったが、後半は何度かレイチェルの回復を待つ必要が出ていた。

 その時でさえセイガは休憩せずにひとり動いていた。

 これはセイガの才能と、努力の結果だ。  

「うおおおおぉぉ」

 両者の勢いが相殺される、刹那

「ファスネイトスラッシュ!」

「ふんっ!」

 縦と横、大剣の振り上げと狼牙の横薙ぎが同時に発動してセイガは後方に打ち上げられた。

 一方アルザスも衝撃が体まで届いたのかその場から動けない。

「どうした…お前の戦いはがむしゃらに攻めるだけなのか」

 アルザスは冷静だった。

 セイガはペース配分など一切考慮しない、自分の体のことなど投げ捨てるような戦い方だったのだ。

「…死ぬまで走らないと…分からない景色が…あるからな」

 この心臓が動き続ける限り、戦い続けられるのか?

 分からない、破裂しそうな心臓をセイガは右手で押さえる。

「だがそういう無謀は…自分は悪くないと思う」

 アルザスは、おそらくそういう死を覚悟した人間とも何度も戦ったのであろう。

「おおおおお」

 大地が震える程の声を上げアルザスが大きく空へと飛んだ。

 そして重力を乗せた巨体がセイガを襲う。

 躱すのが無難…セイガはあることを閃くと、一気に逃げた。

 爆発するような音を立て、大地は抉られた。

 だが、アルザスに隙は無くセイガは呆然とその威力を見るだけだった。

「はは…」

 不自然な笑いがセイガの顔を曇らせる。

 やはりアルザスは強い、あの大剣を的確に操り、体格と膂力だけではなく精密な対処も可能、近距離であろうが遠距離であろうが問題ない技。

 剣士が求める全てを体現している…それが剣聖だった。

 だが、この勝負…負けられない。

「ハッ!」

 両手で正眼に狼牙を構える。

 背筋を伸ばす、目指すは…

 セイガは右袈裟懸けにアルザスを捉える、それはたやすく大剣に受け止められるが瞬時に左に変え打ち込む、それも返されると薙ぎへ、振り上げへ、何合もふたりは剣を打ち合う。

 どちらかが砕けそうな激音が轟くが、お互い信頼したその最高の剣は、主を護りぶつかり合った。

 力ではアルザスが上だが、セイガは速度で、それから日本刀独特の反りを活かして何とか先手を取り続ける。

 火花が散る。

 一瞬でも気を抜けば押し込まれる。

 動きと思考、どちらも止められない。

 弾く、アルザスの大剣が外に流れた。

「今だ!」

 セイガは脇腹へ渾身の突きを入れる。

 が、アルザスは剣の流れで捻る動作のままセイガの突きを躱しそのまま回転切りをしたのだ。

「ぐはっ!」

 セイガは肩を切られ鮮血が舞う。

 さらに突きが、それを躱す途端にアルザスの肘が顔に入った。

 宝石の防護のお陰でまだ見えるがこのままでは…

「あああああっ!」

 ロケットのようにヴァニシング・ストライクの力で垂直に飛び上がる。

 真下を見るが、アルザスがいない。

「ここだ」

 セイガのすぐ横、間合いの内にアルザスがいた。

 バチン、花火が散るかの如く赤い光を纏ったセイガが弾かれた。

 ずざざと大きく土煙を上げてセイガが大地を引っ搔く。

 埃と雨が容赦なくセイガに纏わりつく。

 地上に降りたアルザスは迷わず構える、その刃には高熱の光が見える。

(あれは…まずい!)

 セイガに突進するアルザス、躱すには

 刹那、青い閃光が大地から斜め上に放たれ、セイガは放物線を描きながら飛ばされた。

「セイガ君っ!!」

 セイガはその一撃を何とか受け止めていた。

 閃光の方は完全には防げず、体中に火傷のような痛みが走るが耐えながら体勢を整え着陸する、

「はぁっ…はぁっっ」

 苦しい、でもまだ戦える。

(ユメカさんも…こうやって見ていたのね)

 レイチェルは歯痒い気持ちで戦いを見ていた。

 ユメカとは違って立会人だからけして手を出してはいけない、そして判定をしなければならない。

 それでも…そう、それでもセイガの無事を祈ることはやめない、この戦いがどうか…どうか上手く行きますように。

「大佐…あなたならどうするのですか?」

 レイチェルは、おそらく遠くない場所でこの壮絶な戦いを見ているであろう男にそう問いかけた。

「…降参、するか?」

 アルザスが問いかけた。彼には分かっていた。このまま続けても勝敗は変わらない。

 セイガは死ぬ。

 勿論100%ではない。

 早めにそれを聞いたのは、彼にとってもセイガという男が殺すには惜しい男になっていたからだろう。

「…まだだ、俺は…勝つ」

 自分の今の限界…それがようやく見えてきた。

 だから最後まで、諦めない。

「そうか…だが自分も負けない」

 アルザスは横薙ぎするとその衝撃波と共にセイガを襲った。

 それはほぼ同時、二連撃のようなものだ。

(この…イメージ…行くぞ)

 セイガはその二つを躱し、アルザスの背後に立った。

「何!?」

 その動きに違和感があった。

 考える間もなくセイガの一撃が来る、アルザスは咄嗟に受け止めるがやはりその一撃にも違和感があった。

(これは…何だ?)

 戦闘に於いて、分からないということはとても危険だった。

 アルザスの勘が告げた、この男は本当に勝つつもりで戦っている…

 まだ何かを隠している。

 だがセイガの疲労は一気に酷くなったようにも見える。

「ぜぇ…ぜぇ……」

 セイガが不意によろけ、膝から崩れ落ちる。

 這い蹲って息をするのもやっとという体だ、だがその黒い瞳は光を失ってはいない。

「気圧されたら…負ける…か」

 アルザスは考える、この男を止める方法を。

(逝くぞ…精神を加速させろ…)

 昏く、暗く

 速く、早く

 アルザスが大きく後方に飛んだ。

 そして両手で大剣を構え、大きく掲げた。

「最大の攻撃で決める」

 セイガは動かない…いや、おそらく動けない。

 ならここから消し飛ばすか…いやそうじゃない。

 今のセイガは逃げない…いや一回だけ躱したな。

「いいだろう…」

 セイガは無言だったが…アルザスに攻撃を訴えていた。

(これが最後だ)

 レイチェルも感じていた、おそらく次の一撃が勝敗を決すると。

「お願い…奇跡を…見せて」

 目を逸らしてはいけない、だってこの一瞬の為にセイガはずっと戦ってきたのだから…

「おおおおおおおおおおお!」

 裂帛の気合をあげ、アルザスが天空に上がった。

 そして自ら重力を高め隕石の如く青く輝く大剣を…

 沈める。

 …筈だった。


「高速剣『 顎 』!!!!」


 セイガがまず、技の名前を叫んだ。

 動きは無い、アルザスの巨体が天空より絶望を落とす。

 大地に立つセイガ、アルザスを…いや絶剣を見上げる。

 そして刹那、


『ふたつの斬撃が同時に両側から絶剣を打ち砕いた』


 それはまるで狼の牙が獲物を喰らうような絶大な攻撃だった。

 アルザスの手から大剣が離れる、衝撃が荒野を震わせる、折れて分離した大剣は宙を舞った。

 その刃を落下点に唐突に現れたセイガが手にする。


 …雨は、止んでいた。

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