遠野コロニー・ストーリィズ

紫陽_凛

前編

コロニーが落ちた日

 不幸な事故だった。


 フクジ・キタガワは宇宙魚を獲って暮らす漁師だった。好い漁場を見付けるためにふねを出しては、群れを見付けて網をかけ、星屑で光ってぬめる魚体を抱えて家に帰った。インターホンをならせば、まず娘の幼い顔がのぞき、あとから最愛の妻が追いかけてくる。おかえりなさい――遠い宇宙に出るフクジは、二人のやんちゃな息子をあとつぎの漁師に育てるべく、幾度となく漁に伴わせた。キタガワ家はそうやって、つつましく暮らしていた。

 しかし。

 誰も知らないところで、誰も予知できないところで――キタガワ家の建つ33番エリアの基礎が唐突に壊れてしまった。それを誰も予期できなかった。そのときフクジとフクジの二人の息子は、漁に出かけていた。

 

 33番エリアはまるごとコロニーから切り離され、宙で分解し、そして爆発した。コロニーはすぐさま救助活動を始めたそうだが、助かったものはわずかばかり、片手で足りるほどだった。

 もちろん、その中に妻と娘はいなかった。フクジの妻と娘は――そこにあったフクジの家もろとも――落ちた舳先とともに宇宙の藻屑となってしまった。


 最愛の妻と娘を失ったフクジは、何者かに対する悲しみと怒りの中で二人の息子を育てることになった。

 コロニーの手入れを怠ったものを責めればよいのか。予期できなかった設計者を恨めばよいのか、それとも家を空けてしまったおのれ自身を憎めばいいのか。

 当然のことながら、フクジの生活は困窮した。家を失い家族をなくし、残ったものは食べ盛りの息子がふたりと、漁のための艇一隻。それだけだった。

 網目のように構築されていたコロニー内の流通経路は麻痺した。ひとびとは混乱し、その乱れに乗じて「キツネ」と呼ばれる盗っ人が横行した。舳先をなくした遠野コロニーのありさまは、尋常でなかった。





 安心して眠る場所もなく、足を延ばして休める家もない。おだやかだったフクジは、ひどくやつれた。漁師仲間たちは、魂が欠け落ちたか、あるいは鬼が憑いたかというフクジの変わりようをたいそう不憫がった。そして、それぞれが少しずつ、家を借りるための金を都合してくれた。フクジは降って湧いた希望に縋るように、その金を受け取った。

「ありがとう、ありがとう、この恩はわすれねえ」

 フクジはその金をたのみに、新しい家を借りるために大通りを行くことにした。それを聞いた漁師仲間のフジシチは、フクジにこう告げた。

「フクジ。キツネには気をつけろ。流行っているから、用心するんだ」

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