第49話

帰宅し、色々し、日課のメール確認をしていた。すると見えた。


簡単な文章だ。小学校レベルの漢字しか使われていないたった一行の文章。それに心を惹かれた。


助けてキングナイト


メールアドレスを確認すれば、自ずと誰からのメールかがわかった。すると上記の文章はこう脳内変換される。


助けてお兄ちゃん


流石に嘘だ。お兄ちゃんなんて呼ばれたことなんてない。


……そういえばなんだかんだないんだな。弟分みたいな存在は結構いるが、お兄ちゃんなんて可愛らしい名で呼ばれた記憶はない。キングナイトorナイトである。ナイト兄とかナイト兄ちゃんとかナイト兄貴とかとか呼んでくれていいんだけどな。誰一人として呼んでくれない。悲しい。


今回お便りを頂いたのもその可愛い可愛い弟分である。


という事は結論は一つ。


底辺組に行くぞ。


という訳でやって来た底辺組。

底辺組が住む町へと走りながら向かっている最中、なんだかとっても冷静になれた。なんで走ってるんだ?と、今からでも帰ろっかな?そう何度も思った。


だが、既に走り出してしまっていた。それならば仕方ないと、ここまで来てしまった。まったく、落ち着いたとばかり思っていたが、学校が始まると同時に底辺組も再始動しやがった。


このペースでこの町に来るのは大変よろしくない。これでは小学校時代と同じではないか。


いや、別に関係性を拒絶している訳ではないのだが……めんどくさい。ただひたすらにめんどくさい。片道数時間とか誰が好んで来るんだよ。親密な関係性である誰かが寝たっきりで隔離されている病院へと向かっている訳じゃないんだよ。


どこぞのクソガキのおかげで夜だった。こりゃ今夜もぐっすりだ。


メールの静けさとは裏腹に、底辺が住む町はちゃんと底辺が住む町に相応しい騒がしさになっていた。時間は9時ぐらいだろか?まだまだ夜はここからと言わんばかりに騒がしい。


とりあえず、弟分の家へと向かった。するとその扉には張り紙があった。すぐそこの公民館に来いと書いてる。


書いてある通り公民館に向かう。居るべき場所に受付の人は既にいないが、すぐ側の下駄箱には大量の靴が埋まっていた。なので一つだけある小さい靴を除き、残りの全ての靴を一つ一つ裏返し、靴底を天上に向けた後、俺も靴を脱いだ。


途中の文学スペースには居なかったので、必然的に、彼らが居るのは奥の運動ゾーンだ。近づくにつれ、何やら音が聞こえてきた。今一度、ここに来た事を後悔し始める。


キングナイトは両開きの扉を豪快にバーンと開けた。それだけで、注目というものは簡単に集められた。


「おうおうやっぱり来たがキングナイト。」

「止めてくれるなキングナイト。」

「邪魔立てするなら貴様も殴るぞキングナイト。」


実に連帯感がある。中に居た集団は決して言葉を被せることなく連鎖的に喋り出した。


バトミントンやらドッチボールで遊んでいて体を止めて、こちらの方へと身を乗り出し、おらついている。だがその手にはちゃんとボールやラケットが持たれていた。


統一感がないようである騒ぎ、だがその全てに意味のある言葉は含まれていなかった。だから、騒ぎに負けない程大きな声を出した。


「シャラップ!…よし、良いぞ。」


1つ大声を出せば、集団は静かになった。ちゃんと冷静なようでよかった。そこまで面倒事ではなさそうだ。いや、こんな場所で遊んでいるようじゃ真面目なお話ですらなさそうだ。


キングナイトは歩き出す。自然と道は出来ていた。それどころか、皆はその手に持っていたボール類を片付け始めてすらいた。


色々と勘ぐってしまうが奥へと進む。そこにはメールをくれた弟分こと南と、この集団のリーダー的存在が座っていた。


「で、南どしたん?」


「みんなが同級生をわからせるって言って聞かないんだよ。」


キングナイトは首を傾げた。ほんの少しだけ考えたが何もわからない。


「いや、お前らどうしたんだよ。」


怪しむような冷めた目を向ける。すると目の前のリーダー的存在の男は言った。


「ちょっと待て、前提条件が違う。」


どうやら、真面目な話ではあるようだ。よかった。


キングナイトは安心しながら言葉の続きを待っていると、リーダー的存在の男はどこか詩的に話し始めた。


「春が来て新学級が始まる。新たなクラス、新たな生活、そしていたずらをするクソガキ。」


ふむ?


途中まではまだ聞いていられる説明口調だったが、突然変わった。それに合わせてなのか、南がその後の言葉を引き継いでいた。


「最初は仲良くなりたいのかなぁって見過ごしていたけど、エスカレートしてきたの。だから僕は戦う!そう決めた!」


キングナイトは頷きながら合いの手を入れる。


「ほうほう……で?」


「それだけだよ?」


だが、そう言う弟名前はちょこんと首を傾げていた。キングナイトもまた心の中で首を傾げた。


「……助けてって書いてなかったか?」


「そう!そうなんだよ!みんなが俺もやるって、殴り込みに行くって言い出したんだよ!」


暴走しちゃったか。ま、気持ちはわからなくもない。


「いいんじゃね?誰の庇護下にいるかわからせて来い。俺が許可する。」


特段引き留める理由がない。上下関係の形成は潤滑な社会循環の為において大切。わからせてこい。


「ダメだよ!僕がやらなきゃ!」


あらま、強くなっちゃって。


まさに目から鱗。


キングナイトの脳裏には、南との幼き頃が思い浮かんだ。数々の歴史の中、最後に残ったのは、つい数ヶ月前。小学校の卒業式でえーんえーんと泣いている南の姿だった。


本当に、強くなっちゃって。


「……ん?ということは問題は既に解決してるんじゃないか?」


「そう…だね?」


あらやだ可愛い。


そうか、解決してたのか。


うんうん、そう頷きながらリーダー的存在の男を見るが、今度は異論も反論も無かった。だからこそ、目を細めた。


「という事は、すでに解決している問題で俺はここまで来させられたのか?」


そう鋭い目を送る。案に、責任取れと言っている。弟分が居る分随分と優しい表現方法だ。さてどう説明してくれるのだろうか、とほくそ笑む。だが、それは呆気なく諭される。


「いや、お前スマホないだろ。」


これもまた、目から鱗。多大な思考が脳を駆け巡る。だがその言葉はしっかりと殺意を持って言われた。


「うっさい殺すぞ。」


冷たい声、ああ、実にキングナイトらしい声が出た。そこからは幾らかは安らかになった声で反論していく。


「とゆうか!言ってくれたらパソコンから出来ただろうが!」


同じ電子機器であり、進んだ文明に置いてパソコンもスマホの違いなんて些細な物だった。せいぜい携帯性である。現在の俺の環境では、本当に連絡の際に使用する道具が、携帯電話である必要性など何処にもなかった。


携帯能力さえ考えなければPCで完璧なんだよ。


恨み辛み募りな視線を送っていると、突然リーダーらしき男は突然立ち上がり言った。


「よし!解散!弟分とキングナイトに敬礼!」


後ろの方でもガバッと音が聞こえてきた。恐らく敬礼をしているんだろうけども、そちらの方を確認しに振り向こうという気すら起きない。


本格的に俺がここに来た理由が無かった。

これぐらいの話であるなら、わざわざ俺に相談するまでもなく結論出せたろ。適当におやっさんでも用意すれば解決じゃん。


ダメだ、考えれば考える程怒りという物が生まれていた。もしや片道2時間の重みを軽んじてるんじゃないだろうな?


しばらくの間、リーダ的存在の男を睨む。一向に目と目を合わせようとせず、決め顔なのかしかめ面かよくわからない面をしている。


……弟分の元気そうな顔を見れただけ許すとしようか。次は潰す。


そう心の中で脅迫したキングナイトはしゃがみ込み、改めて弟分を見る。そして問い掛ける。


「とまぁそんな感じらしいが大丈夫か?」


「うん。」


自信満々にそう言った。なら大丈夫そうだ。南はやる時はやる男。もしダメならば俺がまた来るだけさ。


「じゃさようならだな。俺は帰るとするよ、あばよ。」


そう言って立ち上がる。


今週末、温泉に行こうと決めながら、帰路へと歩を進める。その途中、良い感じの人物が見えたので、口パクした。


「教えろよ」


すると小さな声が聞こえてくる。


「へい。」


安心感のある三下の返事だ。


これは個人的に関係性を持つ野郎その3。ちなみに数字は適当。


目は付けた。これで変な言い訳で逃げることは許さない。南に関しての詳細も一応聞いておくし、最終的にどのような結果になったかも教えてもらう。そして、例の女の事も聞く。ああ、完璧だ。ただで逃げられると思うなよ?


本格的に満足した瀬名は、あー腹減った何食おう?と帰ろうとする。すると、突然リーダー的存在の男は言った。


「なんだ、飯食っていかないのか?」


瀬名は脚を止めた。そして振り返った。


「食う。」


「はっは、キングナイトもガキだなぁ。」


まるで馬鹿にしたような言動、つい反抗的な態度にもなる。瀬名はぶっきらぼうに宣言した。


「肉寄こせ肉。食費食いつくしてやる。」


「ひぇーこええ、用意しろ。」


そうリーダー的存在の男が言うと、男の集団から複数のカセットコンロと鍋が出てきた。良い匂いがする。確信犯、というかこっちが本題で、さっきのは建前だろ。おのれ……だが、ただ飯だから許してやる。


それはそうと普通に誘って欲しいのだが。ただ飯なら余裕で来るし、毎日来る。でもそれを言うのはがめつく見えるから言わない。印象って大切だ。


瀬名は南の横へと陣取る。するとその反対にはリーダー的存在の男が座り込み、目の前には鍋がぐつぐつとしていた。そのまま鍋を囲む輪が形成されていたが、そこにもう一つの輪が生まれていた。


俺の隣にはそれぞれリーダー的存在と、弟分がいるのだが、その背後にはさらに人がいた。流石に怖い。本能的な恐怖を感じる。背中に瞳などは無く、死角なのだ。このまま頭を掴まれて貴様の頭を料理してやんよ!と言わんばかりに鍋の中に押し倒されようものなら地獄が始まる。


そっと足を正し、半身に構えていると、こんな言葉が聞こえてきた。


「それでそれで、学校はどうだ?」


「普通だな。」


「おいおいそりゃないぜ。」


その声に賛同するかのように、ブーイングが起こる。すかさず瀬名は言った。


「別に小学校とかわんねーよ。」


「いや、何かあるはずだ。」

「さすがにいくらキングナイトと言えど……」

「何かしらあるだろ?な?」


「俺が変わる訳ないだろ。」


そう言うと更なるブーイングが飛んできた。


「何のために呼んだと思ってんだ!」

「つまんね」

「女いるだろ。誰か気になるやつの一人や十人ぐらいで来ただろ?」

「そうだ!キングナイトも男だ!」

「男見せろ!」


いや、なんでこんな場所にまで来て恋バナしなきゃいけないんだよ。

だが酒の場を素面で素通りすることはできないように、このまま黙り通すことは難しそうだ。


南が鍋の具を掬ってくれたお椀を受け取りながら言った。


「生徒会長が権力持っているタイプの学校で、さっそく目を付けられたくらいだよ。それと見学少年という呼び名が定着したな。」


「ほう、これからは見学少年って呼べばいいのか?」


「やだ。」


「お、見学少年登場~」

「きゃ^^さっすが見学少年」

「伝説を残すぜ見学少年!」

「やっぱり何かあるじゃねぇか!」

「その生徒会長は女子かのう?」

「見学少年……なんか語呂良いな」

「全然普通じゃねぇじゃねぇか」

「さっすが見学少年!」

「なぁなぁ生徒会長は女子か?」


「次見学少年って読んだら殴る。」


なんだか無性に腹がった。悪ふざけって感覚しかない。だから許さない。そしてもう一回でも呼ばれたら容赦殴りに行くのがキングナイトクオリティ。それを理解していない人物など、ここにはいなかった。


一瞬、ところで生徒会…と言われかけていたが、誰かに口を押さえられたようで口ごもった声だけを残し、すっと静かになった。


すかさず妙に大きなリーダー的存在の声が聞こえてきた。


「はっはっはっさっすがキングナイトってこったぁ。」


何がすごいのだか。


もう一度、オリエンテーションの過程を思い出し直すが、理解が出来なかった。本当に、理解が出来ない。あそこで三点倒立をしようとした理由はなんだろうか?


鍋の具をお玉で掬い上げる。


水炊き鍋というのだろうか。それとも寄せ鍋か。少なくともしゃぶしゃぶではないし、すき焼きでもない。味噌って感じもしない。


ま、いっか。


春は、まだまだ鍋の季節。うまい。


そういえば、初日に出会った女を見た記憶がない。前世の感覚的に王道な金髪女子。その時は妙に記憶に残ったのに、見たという記憶が無かった。不思議だ。

見学少年になった時すら、見た記憶がない。結構印象深かったんだけどなぁ。見つけられなかったのか、居なかったのか…まぁいいか。


もぐもぐ考え事をしながら食べていると突然、喋り声が聞こえてきた。


「むむむ、俺の第六感が女の雰囲気を感じ取った。」


「ダニィ?」

「なんだって?」

「こいつはねぼりはぼり聞かねぇとなぁ!!」

「なぁキングナイト!」

「面白くなって来たぁ!」


めんどくさい事になった。知らぬ存じぬ存在せぬと押し通すのは悪手だろう。

ちょっと餌あたえて落ち着かせるか。


「入学式の時に出会ったやるがいる。綺麗な金髪で印象には残ったな。」


すかさず、皿の中を口の中に駆け込ませる。そして新たに掬いながら言う。


「それだけだよ。その1回っきり会ってない。」


一気に歓声が沸いた。騒がしくなる。口笛のようなものまでも聞こえてくる。


「その人ってどんな人なの?」


隣に居た南が、聞いてきた。どこか目が輝いているに見えた。


「落ち着いた様子だったな。突然現れて、話を聞くだけ聞いてどっか行ったよ。ミステリアス系ってやつだな。」


「そうなんだ」


そう納得に近しい声を漏らしたのは南だけではなかった。背後からもごちゃごちゃと聞こえてくる。何やら癖の話になっている所もあった。あと一歩踏み込めば、ブチのめす。南の情操教育に悪い。


しばらくすれば、雰囲気は良い感じに落ち着いてきた。


そこでキングナイトはリーダー的存在の男に向けてそっと、一言を添えた。


「それで例の女はどうなったんだ?」


「例の女?ああ、おっ」


突然背後で動きがあった。身構えるが、そよ風が通り抜ける。

チラリと見れば、3人の大男がリーダー的存在の男の口元と両肩を掴み、ずるずると壁際までもへと逃げて去って行った。素早い動き、俺でなきゃ見逃しちゃうね。


何処かへと消えて行った代わりに、別の野郎がそこへと座った。


うぇーうぇーうぇーうぇーーぃ!言っている。誤魔化す気か?いいだろう。頭皮を掴み、こちらを向かせる。そして目と目を合わせる。


「おやっさんにお世話になってるのか。」


とても優しく、そう聞く。場合によっては耳元でASMRを開始せん勢いだ。


すると、迫真の表情でこう返事された。


「勘弁してくださぁい!」


とりあえず、離してやった。


「そもそも選択しが少ないだろうが、ある程度は予想は着く。だが俺が欲しいのは確証だ。」


すかさずお椀の中身を掻き込む。追加で鍋の具材を取り、更に掻き込んだ。


そして持っていた皿を置いた。


まるで腹ごしらえは終わったと言わんばかりに。


「こんな場所まで来たんだ。みっちり吐いてもらおうか。」


弟が見ているんだ。声音は優しく、そうびーくーる。


ゆっくりと立ち上がる。


だがそれよりも早く、男たちは脱兎のごとく逃げ出した。リーダー的存在すら逃げ出していた。


大変元気だ。ちゃんとコンロの火を消してのご退場である。結構なお点前で。


だが甘い。ここには弟は残されていた。そう、残されていた。

床に座ってゆっくりと上品に、鍋からよそったお椀をつついている。


「それで、南は何か知ってたりしないか?最近この町に現れる女の事。」


瀬名は、再び座り込む。そして器に具材を掬い、食らう。


「うーーん、トレーニングしているのは見かけたな。」


「トレーニング?」


「走ってたり、塀の上走ってたり、あっ、喧嘩してるもの一回見た事がある。」


「そうか。」


まだ帰ってはいないか。まぁ、それは半分確定していたことだ。


塀の上を走っているのは、俺対策なのか、それとも忍者オタクから指南でもされているのか。前者はならまずい。絶対一発ぶっ飛ばしてやるって覚悟決めてるだろ。後者ならまぁ安心できる。


たしか時間がないとか言っていた気がする。


それが正しいのであれば、精々最後に一度リベンジマッチがあるぐらいだろう。


だが、その何かしら時間がないと呼ばれる問題が解決すれば、また鍛えに来る可能性がなきしにもあらず……やはり、全力を出さなければならないようだ。


誰に鍛えられているかによるが、おやっさんに鍛えられているなら、俺の癖とか教え込んでるんだろうなぁ。それ以外なら弱点まで教え込んでるんだろうなぁ。


ああ、めんどくさい。

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