第33話
メールを送ってきた野郎も先ほどまでの様子とは変わり何時もの態度に変わっていた。
「キングナイトの噂とやらを聞いて、自分の方が強いことを証明しようと一人で来たんだとよ。」
「一人?こんな所に一人で来たのか?」
想像よりずっと少なかった。ぼっちくんか。
「普通にそいつ強かったぞ。」
突拍子もなく流れる強かった発言に、キングナイトはメールを送ってきた野郎が戦って負けたと紐付けた。即座に煽りを入れる。
「ふーん、一人に負けたのか?情けな、ざっこ。」
「うっせい。」
……自分が情けない雑魚だということを認めた?おかしいな。お前はそんな性格じゃないはずだ。
と、なると特別な理由なり流れなり、何かがあるのか。腕の太さが直径30cmの筋肉モリモリのマッチョマンでも来たのか?この世界だとありえなくもない。
それでも素直に負けを認めるか?……頭の片隅に投げ捨てておこう。わからない。
「それでどうするつもりだったんだ。俺とそいつを戦わせてはい終わりか?」
「そうだな、戦えばそいつも納得して帰るだろ。」
「ふむ。」
簡単そうだな。そいつと適当に戦えば終わりか。今日はぐっすり眠れそうだな。俺の嫌な予感も狂ったか。この程度が嫌な予感の内容だとは、過去に類を見ないぐらい簡単だ。
相手は1人。おやっさんにお世話になる程度には常識を持ち合わせている。相手が満足できるぐらいに戦えば帰宅可能。結果によっては、後日再挑戦がありえそうだが、まだコラテラルダメージの範疇。上手くやれば今後、キングナイト関係で襲撃されることが無くなる可能性もあり(底辺組を除く)。
うん、全然普通だな。どこにも嫌な予感が入り込む隙がない。何よりおやっさんにお世話になる程度には常識を持ち合わせているが強すぎる。これだけで相手が100人だろうが問題なしと断言できる。
おやっさんがその一人に支配されている可能性もあるっちゃあるのか?……ないな。ありえない。そのルートはありえない。おやっさんを支配する=底辺組全勢力を支配すると同義。一人でそんな事出来る訳ないだろ。
でも嫌な予感だろ?
いやそれでもありえない。一人が有していい力じゃない。その場合だとそいつだけ異能系バトル世界からやってきてるって。
でもなー、転生者という前例がここにあるからなー。あり得ないと断言しにくい。うーーーん、最近自分の嫌な予感が信じられなくなっている。
いつもなら嫌な予感を感じた1~2時間程度もあれば「あ、これだ」って確信ができた。だけど今はだいたい1日…3日だっけ?……まぁ数日たってもなお、その確信を持てずにいる。
つまり現在は前例を持たない嫌な予感とやらを感じているのだ。怖い。
しかもここ底辺組がうじゃうじゃいる町だぜ。めっちゃ怖い。
さっさとこんな危ない場所離れたい。そして寝たい。いや、寝る。言動は覚悟によってもたらされる。なので絶対に寝るという覚悟を持つ。さぁ紳士的に、そして大胆に、全力でお相手しようじゃないか。
時間は経ち、キングナイト達は先ほどの公園に戻っていた。
メールを送ってきた野郎がおやっさんに連絡し、ぼっちの力自慢がここに来る手筈となった。ここら辺の立地を知らないぼっちな力自慢の為にと、わかりやすい公園で待っているのだ。
「ま、まだか。」
下からメールを送ってきた野郎の声が聞こえてくる。だがキングナイトは気にした様子を見せず、平然と足を組み替えながら言う。
「もちろん。」
メールを送ってきた野郎は俺の下に居た。それは物理的にだ。公園の地面である砂の上に四つん這いとなり、その背中に俺を乗せぼっちの力自慢を待っていたのだ。
話し合う時間は意外と沢山あった。どうやらメールを送ってきた野郎も悪かったとは思っているようで、謝罪してきた。だが言葉程度で許す気が全くないキングナイトは、許して欲しいなら四つん這いになって尻に敷かれろ!と言った。
そうするとメールを送ってきた野郎はスムーズに四つん這いになったので、俺も流れるようにその上に座った。そして話し合った結果、これで許すということになった。
まぁ後2人もいるし、1人ぐらい許しても問題ないよ。
「なぁまだか?地味に辛いんだが。」
いつまでたっても不服そうなメールを送ってきた野郎に、キングナイトは溜息をつく。そして再びゆっくりと、どこまでも余裕を持ちながら言う。
「力自慢とやらが来るまで俺をもてなすだけで、お前だけは許してやると言ってるのだ。むしろ泣きながら喜ぶべきだろう。」
「わーい…や、やったー。」
四つん這いになった人の上に座る。
言葉通り、人の上に座る。
どこで見たか、どこでそれを知ったのか。覚えてはないが、確かに記憶はある。特別やりたいという気持ちはないが、ちょっとやってみたいとは思っていた。
すなわち死ぬまでにやりたいことリストってやつだ。こんな所で消化できるとは思っていなかったよ。さんきゅ。
思った以上に座り心地は悪くない。偶に動くし、座高が低めなのが不満点だが、それ以外は満足。
だがそれを差し引いても現状は大不満だった。
「さすがに遅くないか。もう30分ぐらい待ってる気がするんだが?」
この神庄慈区を端から端まで散歩するとするならば、1時間以上はかかるだろうか。だけども、おやっさんが居る商店街周辺からこの公園までは10分もあれば、たどり着くことが出来るだろう。全力を出せば4分だ。
「その30分間ずっとおもてなしをしてる俺の気持ちはどうなんですか?」
下から生意気な声が聞こえてくる。だが一理あるか。
いくらメールを送ってきた野郎だからと言って、こんな事を強制するのも良心が痛む。だがこのチャンスを逃したら人の上に座るという経験が得られなくなる。なんとも悩ましいことか。
キングナイトは少しだけ悩んだ後、立ち上がる。そして前に数歩だけ歩いてから、メールを送ってきた野郎の方を見る。
「ならいいさ。これはお願いでも命令でもないし、ただやれば許しという報酬が貰える。そう、これは依頼だ。辞めたきゃ辞めれば良い。」
そこでメールを送ってきた野郎が体勢を直し、立ち上がった。
「俺も悪魔じゃない。これでさっきの話は無しな、だなんて言わないよ。ただ、一度依頼を受けたからには達成しなければならい。失敗するような事があれば、報酬の代わりにそれ相応の罰が与えられる。」
キングナイトがそこまで言うとメールを送ってきた野郎が後ずさった。
「ちょうどいい暇つぶしになりそうだな。…なぁ、お前はどう思う?」
片足を少しだけ前に出し、もう片方を半歩後ろに出す。そしてキングナイトはメール送ってきた野郎に対していつも通りの真顔をプレゼントした。
結局、キングナイトは良心を捨てた。
これで強制ではなくなる、もしくは暇つぶしを得られる。完璧な2択。
細めた口からうふふと笑い声を漏らしていると、突然メールを送ってきた野郎は四つん這いになった。そして言う。
「おもてなし楽しい!楽しい!やったー!」
なんだ、つまらない。
キングナイトは遠慮なく野郎の上に座る。
どうやら引き続き暇な時間を過ごさないといけないようだ。キングナイトはボケーっとする。
そうして過ごしていると、突然不満げな顔をし始めた。
力自慢はこのまま時間だけを奪うつもりなのだろうか?小癪な。
あいにくと、スマホが無ければ公園に時計は備えられていない。このメールを送ってきた野郎ならばスマホを持っているかもしれないが、四つん這いにさせているためその情報を得ることはない。
ぶっちゃけ、他人の上に座るのも飽きたので解放しても良かったのだが、タダで解放するのは癪に障る。それに今後経験することないであろう出来事だ。嫌になるか、次のイベントが起きるまで座る事にする。
当然のように、メールを送ってきた野郎は逃がさない。俺と一緒に次のイベントに参加してもらう。何があるからわからないからだ。俺と力自慢以外に目撃者は必須。
それにしても遅い。これならドタキャンしてくれた方が良い。1時間遅刻してからでもいいのでドタキャンしてほしい。なんならそのままゴーホームスーンしろ。
今更、俺達がおやっさんの所に行くという確実な手段は使えない。もうそこには力自慢がいないからだ。その力自慢の連絡先も知らないので、何処に居るのかと聞くことができない。
だからと言って、このまま俺が家に帰るようなことがあれば何かしら話が拗れ、面倒ごとになりそうだ。
結局、俺達は待つという手段しか取れない。まさしく嵌められた、だな。……気に入らない。
おやっさんが関わってるからと甘く見すぎたようだ。いくらおやっさんが関わっていようとも、たった一人で底辺組が住む町に来るキチガ…狂人?……異常者、うん異常者だ。
話の流れから決闘的な感じだと思っていたが、どうやら泥臭い戦いになりそうだな。めんどくさい。
まだまだ暇な時間が続きそうなので、頭の片隅に投げ捨ていた疑問について考えてみる。
その疑問とは、力自慢はどのような人物なのか、だ。
まず噂、手足が出ないほど強い。
次にメールを送ってきた野郎、一人…ぐらいしかまともな情報がないか。そして素直に負けを認めるほどの……認める?確か先ほど「そうだな、戦えばそいつも納得して帰るだろ。」って言ってなかったか?
おかしいな、随分と敵対心がない。
もしや、その手足も出ないほど強いの強いは単純な強さではないのか?
例えばよぼよぼのジジイ。自分の脚で立っていられるかすら怪しいほど高齢で、簡単に骨折してしまいな細身な体であれば、さすがの底辺組も殴る蹴るは良心が痛むだろう。まさに手も足も出ない。
そんなジジイが「まったく最近のわかもんは!キングナイトはどこじゃ!」的な感じでお説教しに来たかもしれない。
正直底辺内で流れる噂ならばともかく、他の場所で流れるキングナイトの噂の内容なんて知らないからな。あり得ない話じゃない。
それ以外の可能性だと底辺組の誰かの知り合い、もしくは身内とか?
でも底辺組の知り合い程度だったら普通に殴り蹴るされるな。そうなると、それなりにカーストが高い底辺組の知り合いか身内って事になるな。ってことはやっさんの身内とか?
そうなるとおやっさんの所で休むまですべて納得できるな。
そしてここまで俺たちを待たせている理由について、前者であれば、ここはどこじゃ?と迷子になっているため公園に現れない可能性。後者であれば、キングナイトを消耗させるぜ的な馬鹿な思考をしている可能性。
前者だとやばくね?手も足も出ないという部分から、底辺中に知られていて、全員から避けられていると思う。なのに迷子。そしてジジイ。
ちょっと休憩と言いながらグースカピーしている可能性もある。一日中ここに来ない可能性が出てくる。なんならそこら辺で野垂れ死にの可能性もある。
……結構笑えない所までいってるな。あっ、メールを送ってきた野郎なら力自慢がどんな姿形をしてるかも知ってるんじゃないか?
すっかり頭から抜けてた。どこかの誰かが大人しく四つん這いになるから、情報収取が全然できていなかった。まったく、尻に敷かれて当然じゃないか。馬鹿。
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