第31話
『キングナイトにしか出来ないことだ。こっち来い。』
相変わらず人の心情を度外視した内容のメールが届いた。瀬名は何かを考えるより先に5文字をメールとして投げ返した。
『今すぐ話せ。』
『こっち来い。』
今度の返信は早かった。だがそれ以上に早く瀬名は返答した。
『今すぐ話せ。』
『こっち来い。』
再度同じ返答に、今度は反射的に手が動かなかった。その代わりにわなわなと何か堅い物を握りつぶすように手が震えていた。
瀬名はしばらくの間無心で画面を眺めていた。だが突然動き出す。
まるで台パンをする変わりのように指をキーボードに叩き付ける。『今すぐ話せ。』と。だが『こっち来い。』と返信される。すぐさま『今すぐ話せ。』と送る。もう7度ほど同じ文章を送るが返信が変わることはない。
最後にもう一度「こっち来い。」と返信が来た。それを確認した瀬名の手は再び止まった。だけど今回はキーボードからは手が離れ、マウスへと向かっていた。
画面を見ると更に『こっちに来い。』という文章が再び見えたので、最後に『はい2回連続お前の負けばーか。』と送ってからブロックしておく。
圧倒的な遅延行為、このままでは一生平行移動し続けるだけ。それほど無意味なことは無い。
このままでは睡眠時間がどんどん遅くなってしまう。もういい、コイツは無視しよう。別の奴に連絡しよう。まじめで嘘と屁理屈を吐かない奴に。
サクサクっと『何があったか簡潔に教えてくれない?』と宛先まで入力し送る。4人目に送ろうとしていた所で、最初の人から返信が届いた。
『僕は聞いた話だからいまいちわかってないけど、それでもいいなら教えるよ。力自慢?ってやつが来たらしい。みんな手も足も出ないほど強いんだって。で、キングナイトを探してるらしいよ。もう1日も経ったのにいるのに、まだ居るんだって。すごい人だよね。』
流石だ。主語すらなかったはずなのに、求めていた内容が届いていた。ほんとうにすばらしい。涙出てくる。ささっと感謝のメールを送る。
それにしてもキングナイトを探しているね。
キングナイト、底辺組および国光での俺の名前のような称号。キングナイトとばかり呼ばれ、ナイトと呼んでくれる人は国光小学校の先生か父親ぐらいだ。
キングナイト呼び=こちら側の人間という判断が出来るので少しだけ便利。
どうせ力自慢する為に探してるんだろう。わざわざキングナイトを探す理由なんてそれぐらいしかない。助けを求めているという可能性も無くは無いが、ありえないだろう。
それにしても手も足も出ないほど強いか。厄介ごとめ。
恐らく力自慢グループは人数が少ないと思われる。
道を歩けば絡まれるのが底辺組の住む町だ。それは俺が歩くと絡まれるのか、底辺組の住む町を歩くと絡まれるのか、検証したことがないのでわからないが後者だと信じたい。
そんな街が力自慢なんて野蛮な行為をしに来た輩を放置する訳がなし、野蛮な奴らが穏便に済ませる訳がない。絶対暴力沙汰になる。キングナイトが太鼓判を押そう。
底辺組に数的不利という言葉を覚える奴はいても、だから逃げようと覚える奴はいない。気に入らない奴をぶん殴ってから、数的不利なので逃げようと言うタイプだ。
俺もその気に入らない奴をぶん殴ってから、逃げよう派閥だったので間違いない。
まぁそんなことはどうでも良くて、一番大切なのはその底辺組には小数を多数で虐めるとガチギレするグループがいるということだ。
どっちが最初に手を出したとか、どっちが悪いことをしたとか関係ない。小数人を多数人で囲んでリンチするようなことがあれば、気に入らねぇよなぁとそのガチギレするタイプのグループがどこからか現れてくれる。
お世話になっております。基本的に俺は小数というか1人だからね。ほんとお世話になっております。
まとめると、自分たちが4人で相手が30人でも場合によっては殴りかかってくるタイプの人種が底辺組だ。そして30人が30という数の利を生かしてその4人組をボコボコにするのならば、弱い者いじめ許さねぇキレちまったよ面かせ落とし前付けてやるグループがどこからか現れて大乱闘になる。どちらに正義などは関係ない。勝者だけが正義。気に入らないなら敗者に叩き落しておやりなさい。
力自慢なんて野蛮で粗暴な事をするやからだ。初見でその罠を突破出来るわけがない。ぁあ、自然と思い出がよみがえってくる。
自分から喧嘩売ってくるくせに弱いが、不滅の精神で無限に立ち上がってくるタイプの鬱陶しい奴。
平然と侮辱するだけして逃げるクソ野郎。
草むらやら私有地から水鉄砲をチロチロ撃ってくる忍者オタク。
この俺が我慢できなかったのだ。力自慢なんて野蛮で粗暴で猛悪な荒くれものが回避できるわけないだろ。絶対全員で、そして全力でボコしに行くだろ。
何度も付きまとわれてビンタが鉄拳になったのは俺だけじゃないはずだ。
逃げたと思えばいつの間にか後ろにいてぐちぐち言ってくる野郎を地獄追い回ししたのは俺だけじゃないはずだ。
冬場に水風船をぶちまけられた時は初めてガチギレしたわ。
……やっぱり冬場の水風船だけは許せんわ。
瀬名は今度忍者オタクに出会ったらドロップキックで池か川に突き落とすか、ラリアットで砂場に頭から突っ込ませて埋めようと決めた。今回は冗談ではない。本気だ。
つまり何が言いたいかと言うと、絶対絡まれる。そして絶対怒る。その時に大人数であれば、全員で絡んできたやつをボコす。1日もたった。すでにガチギレグループに絡まれているだろう。
メールに手も足も出なかった、とあるで負けていない。つまり大人数でガチギレグループに勝ったか、少数でガチギレグループには絡まれていなかったの2択だ。
可能なら前者が良いのだが、後者だろーなーー…めんどくさい。
前者だったら楽だったのに。俺も底辺組中から人を集めてボコせばいいだけなのだから。さすがに数百人も集めたら余裕だろ。
まぁそんな都合が言い訳がなく、力自慢組は少数精鋭のやべーやつだろ。
正直、見なかったことにしておねんねのお時間にしても良いのだが、そういう訳にはいかない。
底辺組は現在、将来的にお世話になる可能性がある。就職先としても最有力候補となっている所なのだ。例え退学になろうとも、小卒だろうとも、父親という加護を失おうとも、未成年であろうとも生きていける場所。それが底辺組が住む神庄慈区なのだ。
すでにキングナイトとして充分以上の関係性を築けている。だが今回の一件を放置すると見捨てたんだ的な流れになるかもしれないし、ならないかもしれない。まぁこの一件だけで関係性がこじれる可能性は低いが、安定を取るために行った方が良いと俺は判断する。
「それに丁度いいしな。」
ちょうど、あちらからストレス解消道具がやってくるのだ。ここ数日はストレスを抱えるばかりで、減らすことができなかった。もう殴り合いでも何でもいい。
考えれば考えるほど利点が多いように思えてきたな。
多少リスクはあるが、見返りもそれなりにある。てかたかる。助けてやったんだぞと色々と底辺組にたかってやる。
恩を更に売るという面でも、永続的な関係という面でもやらざるを得ない。それのせいで今のところ失う可能性があるのが、出席率と睡眠ぐらいだ。
ふむ?失う物があまりないな。
じゃ行くか。殴り込みに。
つい先ほどまで『こっち来い。』と送ってきていた野郎に、『今から行く第二公園で待っとけ。』と送る。なにやら14件ほど新着メールが来ていたが、見向きもしない。どうせ見るだけ時間の無駄だ。
その14件はすべて『こっち来い。』と送ってきた野郎のメールで、それ以外に新着メールはなかったのでPCの電源を落とす。
自室から着替えを取り出し、風呂場へ向かう。
俺が持っている服は3種類しかない。1つは制服などのキッチリした服。2つはジャージなどの体よりも2回りも3回りも大きいダボダボの服。3つがキッチリ密着するスポーツウェアだ。
今回取り出したのはスポーツウェア。別名戦闘着。動きやすさと通気性を追求したものだ。
今着ている制服を洗濯機にぶち込み洗う。ここ3日間ほど着続けた一品だ。しっかりと綺麗になって欲しい。
他に準備することもないので外に出る。そしてしっかりと準備体操をする。どうせこれから激しく動くのだ。先に準備しておいて損はない。
大方終わらせ、山を下る。そして走り出した。
そうして走り続けていると瀬名は気が付いてしまった。つい先ほど、バナナを5本とリンゴを2つ食べてしまった事を。
つまり、場合によってはバナナスムージーを錬成することとなってしまうだろう。最悪だ。誰も男が生身で作ったスムージーなど飲みたくないだろう。俺も見たくない。こんなことならバナナなんて食べなければよかった。
だがこうなったらしょうがない。その場合は、相手の口に流し込んでやる。安心しろ、俺は健康体で疫病などを患わっていない。っひっひ、面白れーのが見れそうだ。いや『こっち来い。』と送ってきた野郎か忍者オタクにお見舞いするのもありだな。…さすがに忍者オタクは可哀想だな。『こっち来い。』と送ってきた野郎にぶちまけよう。
瀬名は思いを決め、妄想しながら卑屈なまでに卑怯な笑みを浮かべながら走る。
目指すは神庄慈区、底辺組が住む町だ。
走り続けてだいたい2時間。そろそろ神庄慈区に着くだろうと瀬名は歩き始めていた。そして呼吸を整えていた。
瀬名はすでに精神は研ぎ澄ませ、これから行く場所は底辺組なんだと心を改めていた。
ただの町景色にも見慣れてしまったものだ。見える景色に人がいないので、さっさと進む。
時刻は8時を超えた。夜の時間だ。良い子はすでに家に帰っている。聞こえてくる話声を避けながら、第二公園へと向かう。
無事に誰かに話しかけられることなく、たどり着くことが出来た。不思議と聞こえてくる話声は静かで少なく、よく内容がわかった。
やはり例の力自慢の影響だろうか。出歩いている奴が少ない。外にいる奴らは全員敵と判断していいだろう。
公園の塀を乗り越え、中へ入り込む。目の前は木々、少し歩けば目の前に『こっち来い。』と送ってきた野郎とその仲間2人が砂場で砂遊びをしていた。どこか豪勢な山のような要塞を作っていた。
「何やってんだお前ら。」
ずいぶんと呆れた様子で瀬名はそう言った。それが聞こえたのか3人は腕を止めた。そして立ち上がりながらこちらを見た。
しばらくの間を持ち、突然『こっち来い。』と送ってきた野郎がどこか豪勢な山のような要塞を蹴飛ばしながらこちらへ走ってくる。
「お前なぁぁぁぁ!」
その叫びに続くように残りの2人も走りだす。その顔は怒り満々。俺は知っている、話し合うだけ時間の無駄。
瀬名は軽くファイティングポーズをとり待ち構える。さぁ底辺流の過激なあいさつをしようじゃないか。
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