第19話 止まらない時
少し歩いて玄関にたどり着いた。瀬名はそっと時計を見た。
1時20分
あと10分で昼休憩が終わり、5時間目が始まる。
ここで問題になるのは、俺はどう行動すればいいのか問題だ。
知っての通り5時間目は体育。そう体育だ。当然着替える時間がある。それも授業開始前の休憩時間中に。
だがあいにくと体操服を持っていない+見学届がある俺には関係無い話だ。
とはいかないのが集団生活。
残念ながら俺は5時間目の詳しい流れをしらないのだ。
何時ごろに着替え、男子と女子はそれぞれどこで着替えるのか。俺は知らないのだ。朝の会の時に、5,6時間目は体育館でオリエンテーションを行う。体操服に着替えて体育館に集合するように、とは言われたが俺はいつ、どこで、着替えるのかを知らない。逆に聞こう。なぜ知っている?学校要項にはそんなこと一言も書かれてなかったぞ。いつ知る機会があったんだ?
女子は女子更衣室で着替えるんだろなと予想はつく。だが男子はどうなる?男子更衣室はなかった…いや部活連棟に小さいのがあったな。さすがに授業で使う用ではないだろう。教室で着替えるんじゃねぇかと一瞬考えもしたが、それってコンプライアンス的にどうなんだ?女子の私物がある教室に男子を放置する。それが許される時代でも歳でもないだろう。男子にもどっか着替える場所があって、教室には施錠しますって全然ありえるな。
……あれ?何を悩んでいるんだ?
しばらく考える内に、自分がいったい何について考えているのかがわからなくなり、瀬名は再び考え直した。悩み事を頭の中に並べている内に思いついた。
状況を確認しよう。残り10分で授業開始、すなわち遅刻。だが俺には見学届けがある。そう1時15分まで保健室を利用していたという記録が。お腹空きすぎて、少しだけお昼ご飯を食べていたら遅れました。この理由には正当性があるのでは?なくても人心的に許されるのでは?
そして俺は教室に戻る必要があるのか?
お昼ご飯は存在しない。スマホも存在しない。たしかに荷物は教室にあるが、次はオリエンテーション。体育の教科書などいらないだろう。さらに、体操服はなく、体育館シューズは下駄箱の中。
体育館シューズ持って体育館の端っこで先生待っていれば何とかなるんじゃね?
瀬名はより詳しく考えた。
体育館の隅っこで待ってようか。その行動の中で問題があるとすればオリエンテーション+最初の体育だということぐらいだろう。
オリエンテーション+最初の体育ということで、授業開始数分間は教室で説明をするという可能性が瀬名の頭には思い浮かんだ。
だがそのオリエンテーションは2学年の合同授業だ。無駄に2年生を待たせるとは考えられない。いや有効に使えるように行動しているのでは?たとえば2年生は最初先生に今日は新入生とオリエンテーションだ。緊張していると思うし仲良くしてやってくれ的な会話があるかもしれない。その場合だと3年生はどうなる。1年生は5,6時間目と続けて行われる。3年も同じように今日は新入生etcならば1年生が無駄に待つことになる。いや前提が違うのか。2年生は1年生の教室に行って、少しの間に親睦を深める。その後体育館で大規模オリエンテーション。3年生の場合は1年はグループ作り、3年はそのグループで小規模オリエンテーション。そして全体オリエンテーションの流れ。……情報が足りなさ過ぎる。
もはや連想ゲームだ。切りが無い。とりあえず知りたい情報は、着替えろと指示があったかだ。あれば着替えて体育館。なければ教室待機からの体育館……もういいや体育館の端っこで寝ていよう。いやその場合だと…一度教室を見に行くべきか。そもそもまずは1年生の男子を探すべきか。だめだ誰が1年とかわからない。奇跡的に同じクラスの人間を見つける事ができれば解決なんだけどな。いや待て、先生を見つけて聞けば万事解決じゃね?
職員室に行って、どうすれば良いのか聞けば良い。そうだ見学届を貰ったんですがどうすれば良いんですかと会話を広げていこう。
そうと決めれば歩き出そう。職員室は2階。玄関の真上だ。
階段をスパスパ登り、目の前にありますが職員室だ。
残念ながら職員室付近に手頃な先生がいなかったので、コンコンとさっさと2回ノックし、中に入って「失礼します」そして自己紹介さらに「質問があるのですが」と付け加えた。顔見知りの先生はいないし、担任の先生も見当たらなかったのでしょうが無い。不特定多数の先生に呼びかけた。
俺の声に反応を示したのは一番近くに座っていてパソコンと向き合っていた先生だった。(男)作業を中断し、俺に近づいてきてくれた。
「どうした?」
「次の時間が体育なのですが、体調不良で見学届を頂いたのです。ですがどうすれば良いのかわからず、質問に来ました。」
「あー、普通に体育館で待って、先生が来たら見学届を見せるといいよ。後はその先生がなんとかしてくれるから安心しな。今日は…大丈夫か。体育館に入る前に体育館シューズに履き替え必要がある。基本的にフローリングの所は体育館シューズだからな。見学だから体操服に着替える必要はないぞ。それぐらいか。聞き取れなかった所とか、まだわからないことはあるか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」
「はいよ。なんかわからないことがあれば気軽にくるといい。」
「はい。失礼します。」
そう言って瀬名は職員室を後にする。…あっけな。なんかぱっぱと終わったな。さて、そうとわかればさっさと体育館シューズを回収して体育館の端っこに引きこもろう。
瀬名は再び玄関に戻り、体育館シューズを回収した後、体育館の中へと進んだ。体育館の扉は開放されていたが、中には誰もいない。だが照明はついていた。
ここで待っていればいいのだろう。
靴を履き替え、すぐ側にある隅へ行く。そして壁を背もたれにして座り込む。今回は擬似的な体操座りだ。さすがに正座はきつい所がある。
明るくも広く、静かな空間。通路を辿ってざわざわと言葉にできない騒音が耳に届く。微妙な頭痛に、腹痛。さらに気怠さ。眠気は無い。筋肉痛よりはマシだけどさぁ…だるい。
しばらくすると、ぞろぞろと人が体育館に集まってきた。まるで珍生物をみるような視線を感じる。この感覚は初めてだな。ゆるキャラ枠狙えるか?
先生の姿はまだ見えない。
チャイムが鳴る頃には、集まった人々は前の方に集まっていた。それは俺を避けているのか、前に人に続くように前へと詰めたのかは定かでは無い。いや両方か。少なくとも最初の人々は…ま、そういうことだな。特に整列している様子はない。
先生が体育館に入ってきた。2,3,7,11,13人か。多いな。よく観察してみると俺も見たことがある1年生の教師が5人いる。全員が何処かのクラスの担任という訳ではなかった。体育の教師は3人かな?いや5人?わかんね。ここは1年担当5人と3年担当5人と体育教師3人、締めて13人と予想しよう。
俺は立ち上がり、そっと顔見知りである組埜先生の元へ向かう。
「組埜先生、見学届です。」
斜め後から声をかけると、組埜先生はこちらに振り返った。そして見学届を見て、しばらくの間俺の顔を見ていた。
「…確かに受け取った。体調の方は大丈夫か?」
それにうなずく。
「ええ、だいぶ良くなりました。」
「無理はするなよ。何かあればすぐに言うといい。」
「はい。」
そこで瀬名は振り返る。そして元いた体育館の角へ静かに行く。特に何も言われなかったのでこれで良さそうだ。記憶によると一番前にあるステージの付近で見学していた気がするのだが…まぁオリエンテーションだから良いよって事なのだろう。
ボーッとしていると時間はあっと言う間に過ぎていった。なんか色々やっていたけど目玉は貨物列車(じゃんけん列車)だった。なつかしいな。わずかに記憶がある。かもーつれっしゃしゅっしゅっしゅいこーぜいこうぜしゅっしゅしゅ・・・がっしゃん。からの~~じゃんけんタイム。そして負けたら勝った人の背後について最後の1人になるまで続くデスゲーム。………久しぶりにやりたいな。賞品を用意して底辺組巻き込むか。全員で貨物列車しようぜ。もちろん強制な。
なんか心さみしい休憩時間を過ごしていたら、3年生グループが体育館に進出してきた。
ぞろぞろとまるでまるで水に墨が混ざるようにザーっと入ってきた。それに気取られるように1年生の集団が小さく、いや入口とは反対側へ進んでいった。
へいへーいびびってる。1年生諸君びびってる。2年生の時より会話の音量小さいよ。それに1年生と3年生との間に溝ができちゃってる。勢力争いかな?……ちょ3年生の皆様、視線は結構です。そのままお進みください。
3年生の集団は、後から押されるようにただひたすらに前へと歩いていた。それに対して1年生の集団はやはり後に下がる。やはり最前線が厳つい男グループだからだろうか……なぜ筋肉がここにいる?
なんとなくしれっとだが、マッチョな男が数人最前列に交ざっていた。服では隠しきれない筋肉がそこにはあった。ボディービルダー志望と言われても納得できるほどの筋肉だ。
ちょいまて。なぜこんなに筋肉が存在している?今世には筋肉愛に目覚める確率があがる何かがあるのか?
……そういえば俺も筋肉に目覚めてないか?見せ筋肉じゃないだけで、俺も筋肉質だ。いわゆる細マッチョってやつだ。底辺組も筋肉野郎が多いし、黒人は筋肉黒人化け物だ。あれ?おかしいな?……異世界クオリティってやつか。
「ちょっとちょっと、どうしたの上級生?硬すぎるんじゃないの~?」
とつぜんそんな声がした。そして3年生の集団が崩れるように形がブレた。すでに最前列は、今俺がいる体育館の隅からでは見えなくなっていたが、人々の隙間からなんとか声の主が一瞬だけ見えた。長く黒い髪、声の質的に女子で間違いないだろう。
その声の主、いや声の主達は周囲の人々を分け出て、最前線の前へと出て行った。
「しょうがねぇだろ。俺は今年の新入生に知り合いいねーし。」
「俺もいないなー……。」
「俺は見つけられないな。ってことなんで探してきます。」
「ちょっと待ちなさい。ここでそれをするのはやめなさい。その子死ぬわよ。」
「……ちぇ。」
「さっ、後2分もしないうちにチャイムが鳴るわよ。ちゃっちゃと整列しましょう。」
まるで皆に問いかけるように、そこ一言は大きな声で言われた。
そう言われて俺も時計を見る。確かに後2分もなかった。視線を戻すと、その集団は動き出していた。それに続くように3年生が動き出す。そして1年生もそれに続くように整列し始めた。整列が終わり多少コソコソ話をするだけになったころ、チャイムは鳴った。
そして先生方が再び体育館に入ってくる。15人。2人も増えたな。
「お~~、もう整列してるのか。優等生だな。」
この声は体育の先生だ。その一言を発端として、体育の先生は続けて業務的な説明をした。多少のコソコソ話ができる程度には、学生達は緊張がほぐれているようだ。体育の先生はあらかた説明し終わった頃、明るく幼い声が聞こえてきた。
「先生!司会したいです!」
「お?本当か?助かるわ。頼む。」
そう言って体育の先生はマイクを渡し、端の方へと移動した。その代わりにマイクをその手に持った女子が2人出て行った。片方は授業開始前のちょっとちょっと上級生?硬いんじゃないの~~と言った生徒と知らない生徒だった。
ずいぶんと軽いというか、それでいいのか体育の先生……
よく見てみると体育の先生が別の先生に、いや~~こういうの苦手なんだよねと話していた。
だからといって生徒に任せて良いのか?自由すぎないか?
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