第10話 変化とは厄介

そして偽名称デパートにたどり着いた。


ここに来ることはないと思っていたが、2日と持たなかった。やはり予想はうそよだ。


あれから、出来事らしい出来事はなく静かだった。その代わりといっては何だが、視線を感じた。別になんてことはないただの視線だ。殺意やら嫉妬みたいな嫌な感じはしない、普通の視線。

だが現状を考えると、ただの視線にすら敏感になってしまう。少女は本当に厄介な事案を持ってきた。


現状を簡潔に言うと、俺が満悦して帰宅するにはエリート護衛に見つからず、誘拐組を回避しつつ、目的のプレゼントを買うことにある。そして少女のご機嫌が良いことが最低条件だ。更に少女の記憶の中に、俺という存在を忘れさせること。


難しすぎないか?ミッションコンプリートと言える未来が見えない。

しかもサービス残業だ。やる気が出ない、けど出さないと死ぬ。頭が痛い。


側からは失望や納得とも何となく違うと感じるような声がした。


「…私が知っているデパートとは違うわね。」


辺りを見渡しながら、そう言う少女がいた。

それもそうだ。今はショッピングモールの入口である自動ドアを通った所だ。目の前には食品量販店。根本的に何もかも違う…と思う。


このショッピングモールは1階食、2階服、3階飯、4階遊だ。


「この辺りにはこれ以上大きいお店はないよ。」


瀬名は選択肢を増やさないようにと、情報修正した。これ以上連れ回されるのはごめんだと、ここで終わらせてさっさと家に帰ると、昨日の亡きハンバーガーに誓った。


「ふーん、まぁいいわ。まずは腹ごしらえよね。」


少女はお店については興味なさそうだった。ちゃんと目的のプレゼントさえ買えれば何でも良さそうだ。瀬名はそっと安堵した。だがその感覚はすぐに通り去り、気になる単語が聞こえてきた。


「腹ごしらえ?夕食にしては早すぎないか。」


時間的に、今は4~5時だろう。瀬名の感覚としては夕食とするなら早すぎる、三時のおやつとしては以ての外だ。もし、この少女が早寝早起きの健康的な生活を送っているなら理解でそうだが、それにしても早いと感じてしまう。普通は6~9時の間では無いのだろうか?


「ずっと逃げててお昼すら食べてないの。何か奢ってあげるから黙って待ってなさい。」


それを聞いて納得しつつ、畏怖した。

姉にプレゼントを買う。その一心で、周りの反対を押しのけ、危険な大海原にその身一つで突っ込んでいるのだ。空腹すらも我慢し、喚かない。俺(中学生)より物理的にも精神的にも幼いはずの少女がだ。


国光小学校のやつらに見せてあげたい。


そして奢ってあげるから黙っていろという何という大人対応。言葉こそ厳しいが、対応が大人すぎる。前世があるはずの俺の方が精神年齢低いのではないのだろうか。これが英才教育ってやつなのか?


国光のやつらに少女の爪の垢をすり潰して飲ませてやりたい。


「1階の飲食店か、3階のフードコートどっちいい?言っておくがレストラン程のレベルは期待するなよ。」


正直どちらも大して変わらないと思う。値段が500円範囲か、1000円範囲かの違いだ。1階に関しては行ったことすら無いので、味の違いはわからない。3階のフードコートも、つい最近ちゃんぽんを食べただけで他は知らない。つまりどちらも知らない。


「何があるの?」


「わからん。」


瀬名はフードコートにあるファーストフード類ならば知っていたが、説明がめんどくさいので知らないことにした。


「何それ。」


信じられないと目で言っている。


「フードコートでいいわ。さっさと終わらせましょ。あいつらが来るのは時間の問題だろうし。」


「わかった。」


少女も時間がないことはわかっていたらしい。


瀬名はうなずく。少し時間がたっても少女は動かなかったので、これ俺が案内するやつか、と理解し歩き出す。すると少女が隣に現れた。

瀬名に付いて来るのではなく、一緒に行くらしい。行き先を言っておこうと口を開く。


「エレベーターに乗って一気に3階に行こう。」


と言ったが、エレベーターはすぐ隣にあるので10秒もたたずに着く。


「わかったわ。メニュー表みたいなのを見せて貰える?」


少女の言った言葉を一瞬で理解できていなかった。

その間にもエレベーターの前に着き、上と標識が表示されているボタンを押す。


……と少し考えた結果、どんなお店があるのかと聞いているのだろうと予想して、スマホでこのショッピングモールHPからフードコートゾーンに飛ぶ。


「少々お待ち……はいどうぞ。」


スマホを渡す。


「ありがとう。」


そう言うと、少女はスマホに視線が釘付けになった。丁度エレベーターの動く箱の部分が来たので中に入る。正式名称はカゴらしい。


一瞬スマホを持っていないのかと思ったが、最終的にどっちだろうと考え込むことになった。


小学生であろうと、世論的にはスマホを持っているのは一般的。女性という点を鑑みれば、当然とも言える。持っていない例としては、両親が特殊な教育方針である場合が過半数だろう。事実、俺も小学生でありながらスマホを持っていた。小学校時代の友達は8割が持っていなかったけどな。小学校全体もそんな感じなのだろうか。


まとめると1つ目は両親の教育方針でスマホを持っていなかったということだ。


2つ目は捨てた、もしくは持ち出さなかっただ。


どうせ護衛は、GPSの1つや2つぐらい仕組んでいるだろう。なかなか良い判断だ。はたして少女の脳の中には恐怖の2文字は存在しているのだろうか。柔軟性がよすぎるだろ。


苦笑いしながら意識を目の前の景色に戻したら嫌なものが見えた。それはエレベーターの扉が閉まる瞬間だった。その隙間から黒いスーツを着た2人組が見えた。サングラスまでかけた異常っぷりだ。わずかに口元が動いていていた。耳元は見えなかった。


周りとは少し抜けた状況。わずかな時間だったが、不思議と2人の動きが印象に残る。


頬がたるむことなく、ゆっくりと首を動かし周囲を見渡していた。時間的に会社から帰宅した社会人にも見えなくはないが、それにしては立派な黒スーツに機敏な動きだ。サングラスも装備している。

少なくとも、これからご飯だと喜んでいる様子は見えないし、疲れたと少しだけ猫背でもない。


俺の目には少女の護衛に見えた。


そこで扉が閉まる。


目と目が合う感覚はなかった。見つかっていないと願っておこう。


あの黒スーツの様子だと、少女の行動範囲わかっていそうだが、何処にいるかまではわかっていって所かな。このショッピングモールに少女が来た、と知らないことを願っておこう。


願掛けは暇つぶしに丁度良い。気休めにもなる。


少女はスマホに集中していた。他のことは見ていないようだ。怪しい黒スーツを見て焦っている様子はない。そして護衛は何も知らずに焦っている最中か、知った上でプレゼントを買うまでの間猶予をくれているのか。誘拐組は…わからない。少なくともあのデブを合わせて8人組は見えなかった。


エレベーターの扉が開く。目の前には文房具店など。少し歩けば目的のフードコートがある。


「ありがとう。手軽にハンバーガーを買うことにするわ。」


「そうですか、了解です。」


ゆっくりと歩いていると、少女からスマホを返却される。相変わらずフードコートのページが開かれいる。何処か別のサイトに飛んだ形跡はないと安心する。別に見られて困ることはないが、触られて困ることはある。仕事用のアカウントをログアウトしていない。もし変なことをされてしまうと仕事相手から白い目で見られてしまう。


そうだ、と思いつき。いろんなアカウントをログアウトさせる。これで困ることは、連絡先を確認されることだけになった。今度こそ安心してスマホをしまう。


先ほど黒スーツを見たことを少女に伝えて、無駄に焦らす必要はない。それにあれが護衛だと確証もない。ここは何も見なかったことにしよう。


そうだと思いこみ歩き出す。すると側から声がした。


「あなたも何を頼むか悩んでおきなさい。」


「じゃ飲み物で。」


「そんなものでいいの?」


「うん。喉が渇いた。」


別に走ったとかではないが、喉が渇いた。奢って貰えるということで俺もバーガーを頼むのも良かったが、俺は昨日の亡きハンバーガーに誓ったんだ。次に食べるバーガーはカリカリバーガーって。


「私が初めて誰かに奢るのよ?」


「何それ。」


突然の報告に、つい聞き返してしまった。


「考えてみたら初めてだということに気がついたの。」


確かに妹として、家族に奢られる。女性として誰かに貢がれる。友達に奢るということもなかったのだろうか。いやそもそもを言うならそれは少女が稼いだ金ではないから、奢ったの定義が違う気がする。


「じゃ心の中で喜んでおきますよ。」


特に返答が思いつかなかったので、適当に返事する。


「まぁ、それでいいわ。手早く終わらせるわよ。」


少女はそこで前を向く。


「了解です。」


瀬名も前を向き歩幅を元に戻す。フードコートはすぐそこだった。あっという間にたどり着く。だが、ハンバーガーショップはフードコートの端にある。現在地から一番遠い所だ。


若干疲れてきた。精神的に。気を抜いたらつい、対応が雑になりそうだ。ご飯を食べたら、プレゼントを買う。そこで終わるはずなのだ。頑張れ俺。とりあえず今を頑張れ。


ハンバーガーショップには列が出来ていた。5人、その内4人は学生だ。これは比較的に少ないのではないのだろうか。


待っている間に会話は無かった。適当に妄想しているだけで時間は過ぎた。今思うと、俺も列に並ぶ必要はあったのだろうか?


そして少女は注文をした。ポケットから財布を取り出し会計をする。カードが沢山見える。札が札束だ。恐らく財布は何か良いとこの皮だろう。わからないけど。


注文した商品が出来上がるまでの時間はわずか数分以下。さすがファーストフードといった所だ。


バーガー4つと飲み物。トレイで出てくる。


一瞬バーガー4つと見て目眩がした。これは病気なのだろうか、精神病の一種なのだろうか。これは早急にカリカリバーガーを食べないといけない。それはそうと少女は4つも食べるのか。大食いだな。


「はいどうぞ。」


少女は茶色い液体が入った飲み物を渡してくれる。バーガーのお供はコーラだと思っていたが、喉が渇いたと言ったからだろう。聞いたことだけがあるお茶が出て来た。


爽健美茶⤴☆


俺は初めて爽健美茶を飲むことになる。これは何茶に似た味なんだろうか。


「ありがとう。」


瀬名は感謝を伝えながらさっそく一口飲む。立ち飲みだ。

よくわからない味だ。少なくともパッと茶が思いつかない。麦茶ともおーいーお茶とも違う、不思議な感じがする。


周囲に人がいないテーブル席があったのでそこを確保した。フードコートの中央の辺りにある席だ。


少女は静かに食事を始める。両手でハンバーガーを掴みながら、チビチビと食べている気がする。バーガーを包む紙で口元が見えないからただの予想だが、俺にはその幻覚が見えた。


暇を持て余したので周囲を観察しておく。


俺と同じ制服を着た生徒に、知らない制服を着た生徒。そして家族、スーツは少数だが存在している。だけど黒スーツはいないし、サングラスを装備した人はいなかった。ヤンキーっぽい人やイケイケ大学生の姿も見えない。

少女と同じ白髪は3人だけいた。その3人は家族のように見える。そして白髪で長い人はいなかった。


改めて少女を見る。


やはり目立つ白いワンピースを着ているが、今は俺の制服の紺色の上着をワンピースの上から着ていた。長い髪も上着とワンピースの間に隠れており、ぱっと見ではショートヘアに見えないこともない。上着が大きいおかげでワンピースは白いスカートに変わっていた。


今の俺の姿は白いシャツに灰色のズボン。身長さえあれば社会人に見えたであろう。


瀬名はそっと目を細める。口にストローを差し込み、チュウチュウと爽健美茶を飲んでいた。そんな時、少女が声をあげる。


「食べる?」


少女の声に目を開くと、目の前に食べかけのチキンチーズバーガーがあった。


「いや、いらないよ。」


瀬名はいらないと、首を横に振りながら言った。


別に食べかけやら間接キスが恥ずかしいという訳では無い。むしろそんなことで煽ってくる人種は足先を踏んづけて煽り返す。頭突きをしないだけ感謝して欲しい。


俺はこんなジャンクフードではなく、手作りカリカリバーガーが食べたいのだ。そのためなら空腹ごとき、2日は我慢する。これはプライドの問題だ。


「そう?…」


信じられないと首をかしげ伸ばした手を戻し、その手に持つ食べかけのバーガーを見ている。瀬名は再びストローを口に装備した。

しばらくして少女の口元を微かに動かし、バーガーを持っていない手を動かしながら目線を瀬名に移す。


「じゃ残り1つ、食べてくれない?」


そう声がしてゴミになった包み紙が2つ、手が付けられていないベーコンレタスバーガートが乗ったトレイが、スライドするように俺の目の前に来た。そこで爽健美茶は無くなった。


ズズズッと音が鳴る。


「帰ったら晩ご飯が待ってるから食べないよ。」


今このバーガーを食べるぐらいなら、わざわざ家に帰った後、財布を片手に片道2時間、往復4時間で買い物をして深夜2時ぐらいににカリカリバーガーを食べる所存だ。絶対に俺はこのバーガーを食べない。


「……私、もうお腹いっぱいなのだけど?」


少女の声の質が若干違った。そこには確かな不機嫌が隠されている。


現状から見るとガチでお腹いっぱい食べなさいか、ここまで来たら食べなさいのわがままか。そのどちらだ。

だが結果はかわらない。瀬名は意地でも食べることはないだろう。


「持ち帰りOKなら貰うけど?」


瀬名は早急に逃げ道を作った。OKと言われれば持ち帰るで保存。NOと言われれば放置。理不尽さえ無ければ、この結果は瀬名に有利になるだろう。


「それでいいわ。」


「わかった。」


少女は機嫌を良くも悪くもせずそう言った。これでは理由がわからないままだ。どうとでも考えられてしまう。長年の付き合いであればわかったりするのだろうか?


少女は残っていたバーガーをパクパクと一気に食べていく。(瀬名の主観)

俺もバーガーをリュックにしまおうと手を伸ば……伸ば……リュック………やっべ。


瀬名は大変大切なことを忘れていた。それは至極簡単。瀬名は手ぶら。少女も手ぶら。そう、瀬名はコンビニの横にある裏道にリュックを置きっぱなしで、忘れていたのだった。


リュックの中には大切な物は入っていない。教材はおろか、筆箱ですら学校に置きっぱなしである。唯一入っているのはタオルと着替え。他人に見られたら変な目で見られる程度で済む中身だ。


リュックは学校指定、一つしか無い。もしもの時は吐き気どころでは済まない。


瀬名はより一層吐き気を覚えた。胃液の酸っぱさに若干爽健美茶の味がする。まずい。もう2度と爽健美茶なんぞ飲むもんか。


しょうがないとバーガーはポケットにしまうことにした。激しい運動をすれば大変な事になりそうだ…先に潰しておこう。こう、両手でプレスして物理的にバーガーを小さくする。これで被害は最低限になる、と信じている。もしもマスタードソースが漏れたりしたら大惨事だ。帰宅時間的に匂いが染みこむことは確定だろう。やっぱりいらないって…だめか。


吐き気がする。爽健美茶の味…


「さて、それじゃ始めましょうか。」


少女はバーガーの包み紙をトレイに戻し、トレイの場所を横に移す。少女と瀬名の間の机にスペースが出来た。


「始めるって何を?」


瀬名は疑問を口に出した。


「もちろんプレゼント選びよ。」


さも当然のように言う。だがここには悩むプレゼントなんて存在せず……もしかして


「…何を買うか選んでないのか?」


「もちろん。実際に見ないと決めれないでしょ?」


…長いプレゼント選びになりそうだ。


その時、瀬名の脳裏に思い浮かんだ。


〈(少女vs瀬名)vs護衛vs警察〉vs誘拐犯


4階建てのショッピングモールにて起きる事件、それぞれの思い。今交差する。劇場版プレゼント大作戦!


そして、この手のお話はハッピーエンドの前に確定で大事件が起きる。


つまりそういうことだ……そういうことか…


瀬名は妄想の世界に飛び立った。現実逃避だ。だが少女の声によって現実に戻される。実に非情である。

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