第8話 メロンパン!

それは突然の出来事であった。


瀬名は校門を出てから十数分ほど経過していた現在でも、ちびちびとメロンパンを食べていた。そのおいしいメロンパンがやっと半分食べ終わってしまった頃にそれは瀬名を抜き去っていった。


うまいうまいとメロンパンを食べながら、道路という名の歩道を歩いていた所だ。


その道路は住宅地と住宅地の間にある、車一台が通れるかという程度の大きさを持つ道路だ。


ここからでは散歩する老人や、ペットの散歩に出かけようとしている人が見る。その姿に車が通るかもしれない、という危機感が全く見えなかった。


家の駐車場には、ほぼというほどの確率で動いていない車がある。


休日に遊びに行く程度にしか使っていないのだろうか。そう思う程度には、平日だというのに、駐車場に車が止っていた。ここは比較的裕福な人が住む住宅地なのだろうな。


なぜそんな場所を通っているかというと、地図サイトを見た結果コンビニへの近道がこの道だと判断したからだ。今回は信号機もない。ほぼ最短距離であることは間違いないだろう。


そう、瀬名には珍しくのんびりと歩いていた時だった。


静かに歩いていた瀬名の耳には、遠くから軽めの足音で走る人の音が聞こえてきた。ランニングしている人だろうと、気にもしていなかった。その軽めの人が瀬名の横を走り去り、通り過ぎた。その時、後ろ姿だけが目に入った。


それは少女であった。白い髪をなびかせながら走っている少女であった。まだ気温的に半袖はまだ早い春だというのに白いワンピース1つだった。


その後ろ姿が瀬名にとって、不思議な事に思えた。


別に髪色は珍しくない。むしろ今世であれば一般的な部類に含まれる。ただ気になったのは、服装と少女の靴が白いサンダルだったということだ。

今はまだ4月で、上着が無くては肌寒いと感じる程度には低い温度。ちょっと近場に、という理由で楽な服装で来たと考えるなら納得が出来ないことはない。

だが少女は走っていた。友達と遊んでいるにしては楽すぎる服装な気がする。

これは瀬名の価値観がそうとしか考えないから、そうとしか思えないのだろうか。


瀬名が、疑問を浮かべているところだった。すると更に、背後からドスドスと重い足音を鳴らしながら走る人の音が聞こえてきた。先ほどの出来事の事もあって、疑問に思った瀬名は振り返ってその人を見る。


その人は黒いスーツを着ている筋肉黒人だった。スーツをピチピチにしながら豪快に走っていた。グラサンが黒光りしている。その筋肉黒人は瀬名を一見すること無く、少女が通った道を辿っていった。


その様子を見た瀬名は納得した。


上級国民だねぇーー


見るからに一般人には見えない少女。明らかにSPやら護衛に見える筋肉黒人。あの少女はいわゆる富豪の娘で、不満を抱えた少女が逃げ出したという所だろう。


1つ疑問があるとすれば、なぜこんな場所を逃げているかだ。確かにこの地区には、それなりにレベルが高い智美中学校がある。だがその程度で、他にすごいところが思いつかない。


まぁいいか。


瀬名は自分には関係ない話だろうと、全ての疑問を切り捨てることにした。止っていた手を動かし、再びメロンパンを食べ始める。


うまー


やはり量産されたパンより、専門店で作られたパン。格が違う。


そうやってコンビニ着く頃にはメロンパンは瀬名のお腹の中であった。おいしかったと満足しながら、意味も無くコンビニを歩き回り、売り物をを品定めする。


すると1つのかごに懐かしい物が見えた。

瀬名はそれを手に取る。


ココアシガレット。手の平サイズの小さな駄菓子だ。見た目はタバコ。味はココアのようなもの。その駄菓子は小学生時代によく見た、懐かしのものだった。


小学校時代、ココアシガレットは力の証だった。手下はトップにシガレットを献上する。その量が多ければ多いほど偉い。中にはシガレットを通貨とする闇取引なる物があったらしい。


そしてシガレットはお菓子。折れるし、食べられる。定期的に争奪戦が勃発したものだ。


もちろん、お菓子は小学校に持ってきてはいけない物だったので、先生も参戦するどころか、学校全体を巻き込んだ戦争だった。


そんな懐かしの駄菓子が半額ゾーンのかごあった。お値段税込み50円。ハッシュドポテトを買っても出費は変わらず300円。


俺は迷うこと無くそれを持って店員さんの元へ行って買う。そしてハッシュドポテトをまるで水のように流し込む。食べてから後悔した。これなら買わなくて良かったと。


少し落ち込みながら、駄菓子の包装のラップを取りゴミをポケットに入れる。そのシガレットの箱は、つい先々月まで触っていた感触だった。


その時だった。まるで孫を微笑ましい表情で見る爺さんのように、懐かしむように、コンビニの外でココアシガレットに一目惚れしていた時だった。


視界にそれは入ってきた。走っている白い少女。それはついさっき見た少女と瓜二つであった。

自然と視線は、シガレットから少女に移った。そして思った。


まだ走っていたのか。


不覚にも尊敬してしまった。少なくとも10分はたったはずだ。なのに走っていた。息を切らしながらも走っていた。女性、それも子供がだ。男性であってもきついはずだ。運動が好きなで普段から行っている人でやっと可能といった所だろうか。少なくとも一般女性ができることとは思えなかった。

なぜ筋肉黒人が追いかけていたのかはわからない。なぜ少女は逃げていたのかはわからない。だがそれほどに必死になれることを行っているのだ。


そんな誇り高い少女を追いかけるのはジャージのデブ。……デブ?は?


目を疑った。そして何度も見返す。どうみてもジャージの白人デブだった。人はたった数分程度で黒人から白人に変わって、筋肉から脂肪にジョブチェンジ出来るのだろうか?


答えは否。そして思い浮かぶ妄想。


あれは誘拐集団だ。周囲の目を誤魔化す為に、色々と策を講じたが、少女の努力の前に崩れ去って、最終手段のデブが出動した。というところだろか。


そう思いついた所で瀬名は動き出した。たった1つの、執着にも等しい怒りを抱えながら。


許さない。いや許されない。

なぜ誇り高き少女が報われないのか。なぜ悪者が利益を得るのか。このココアシガレットに誓ってあり得させない。


俺は反射的に動き出した。ココアシガレットをポケットにしまい、数える程度も使っていなかったワックスで、髪を一撫で。あっという間に髪型がオールバックへと変化する。


このまま助走をつけた飛び膝蹴りでヤろうと、一瞬だけ考えたが今後の事も考えて、デブを気絶させることにした。

不本意ながらも普段から鍛えられていた瀬名は、あっという間にデブに追いついた。


デブに追いついた瀬名は、背後から首を締め上げ意識を落とすことから始める。苦しむデブを無視して、白い少女に話しかける。


「お嬢さん大丈夫ですか?」


腹に力を入れて、遠くまで響きそうな声で言う。すると少女は一瞬こちらを見た。そこでゆっくりとスピードを落とした。そして少し進んだ先でこちらを振り返り叫んだ。


「誰!」


当然の疑問を叫んだ。


「話す気は無い、このデブはこのまま締め上げていいのか?」


瀬名はその質問を無視して、話しかける。


変に話して、事態をややこしくするつもりは無い。もし少女がほんとうに困っているのならこのデブは気絶させても問題無いはずだ。何かしらの理由で故意に行っているのなら、俺を止めるはずだ。

そう思っての行動だった。


「……いいわよ。やっちゃって。」


警戒しながら言う。


「あいよ。」


瀬名は軽く返事し、一気に絞める。小学生時代から磨き上げた技術だ。間違えて、人をピーっとしてしまうことはあり得ない。もしもこのデブが特別な病気を患っていた場合は別だが…まぁ気にしておいてやる。


デブは顔を青くし、地面に倒れ込んだ。デブの容態を一瞬だけ確認し、問題無いと判断したので少女に声をかけた。


「それで、なんで追われてんの?」


「あなたは誰?」


その少女の声が針のように鋭かった。

少女から俺に対して、信頼という言葉は存在していなかった。当然といれば当然かも知れないが、瀬名の目には少女は強がりと写った。

逃げている最中も助けを求めなかった理由が見えた気がする。


交流を深めるならまずは信頼からだ。面倒ごとの予感がぷんぷんとするが、一度声をかけてしまったのだ。もう後戻りは出来ないという奴だろう。


そんな理由で瀬名は珍しく自分から女性に声をかけた。他の例を挙げるのならば、女性店員さんなどだ。


「この制服を見たらわかると思うが、智美中学校の学生だ。これで最低限は信用できると思うが?どうだ?」


信頼、と言ってみたが今を乗り越えるだけの信用さえあれば良い。だから名前は教えなかった。所属校は充分な情報に足りるだろう。正直、権力者ならこれだけで俺を潰せる。

つい最近も何処かの国で、何処かの女性権力者の行く道を邪魔しただけで処刑されかけたとニュースで見た。さすがに日本ほどの安全性が無いとはいえ、そこまでなってしまうのかと驚いたものだ。

恐らくお貴族様である少女にはこれだけ


「お姉ちゃんと同じ高校?」


その声は先ほどのような棘がなく、独り言のような声だった。


……充分以上だ。やっべ、ワックス使ってて良かった。

瀬名は冷や汗をかきながら、無駄なことに本気になる自分を改めて褒めた。

ワックスで髪型を変えたので、一瞬で見つかる確率が下がったと思う。もしも、指名手配されても、一発で見つかるという可能性も無くなるだろう。たった一瞬、その行動が確保では無く、疑いに変わるだけで逃げ出せる可能性が倍増どころか乗増になる。本当に小学生時代の俺を褒めてあげたい。


瀬名は雰囲気を切り替えるように話題を持ち出した。


「それで、なんかの撮影なの?」


決して、焦りは見せず、友達に質問するような軽いノリでそう言う。


「違います。」


それに対し、少女は食い気味に答えた。


瀬名は焦りがバレなかった、もしくは気にされなかった事に安堵した。


ならばどんな理由だろうと妄想するが、それは想像の範疇を超えなかった。素直に質問してやろうかと思ったが、変に関係を持ってしまうと後が怖いので入り込めないのが現状だった。それに目の前の少女は姉が智美中学校と言っていた。より一層入り込みたくない。


そこで遠くから複数の足音が聞こえてきた。普段であれば気にもしないが、今は妙な思惑を感じてしまう。もしかしたら誘拐集団ではないか、と。


「今は困ってるっていう認識は変わりないよね?」


そう言いながら少女に近づく。所属校を言ったのが効いたのか、少女は警戒する様子を見せなかった。


「そうです。まったく…なんでこんなことになるんですか。」


少女は愚痴を吐いていた。見るからに、その表情はうんざり、ではなくウザいだった。やはり女は女だ。少女であっても女性だ。


「そんなことはどうでもいいです。文句は後で聞くので失礼します。」


そう言って、はいよっと、少女をお姫様抱っこをする。

一向に近づき続ける、足音に少し焦りながらコンビニの横にある路地裏へ走り込む。運が良いことに、路地裏には誰もいなかった。近くから悲鳴のような声が聞こえるが無視して動き出す。


路地裏に入って、少女を地面に下ろす。


「ちょ、ちょっと!いきなりなにすん……ちょっと何よ!荷物持ちにはなら、」


瀬名はポケットからココアシガレットを取り出しながら、リュックを少女に抱えさせる。そして少女の頭の上から上着を被せながら言う。


「追手だ。少しの間黙っていろ。」


有無を言わさぬ様子で、そう吐き捨てた。


人間、勢いに流されやすい生き物だ。だいたいのことは自信を持っていけば何とかなる。


「わ、わかったわ。」


瀬名の想定とは少し違い、追手と聞いた少女は叫んでいた言葉を止め、少し怯えた様子でそう言った。

さすがにデブに追いかけられるのは悪夢だったようだ。


少し上着を調整して、よく見なければ違和感がないレベルには仕上げた。こればかりは少女の小さな体のおかげだろう。

そしてシガレットを取り出し、口にくわえる。眉を歪め、目を細めながら空を斜め35度上を見る。


そしてタバコを吸うように、口にくわえたままかっこよくシガレットに手を添える。


不意に過去の記憶が蘇えった。ただイキリ野郎を威圧するためだけに鍛えた術。しばらくやっていなかったが、体は覚えていた。無意識にイキリ野郎のことを思い出し、口元がニヤける。だが目はしっかりとキメていたため、不気味な笑みになった。


お、俺もできるしと、見よう見まねで行ったイキリ野郎には、似合わなくて手下が盛大に笑っていたものだ。


少しして、左右の道からぞろぞろと合わせて7人。明らかに育ちが悪そうな男共が出て来た。何やらおいデブ、声がしたはずだやどこだ、などと言っているのが聞こえた。運が良いか悪いかは知らないが、例の筋肉黒人はいなかった。


男達はしばらくの間その場で話し込んでいた。するとその中から2人、こちらの方へやってくる。そして国光小学校の奴らよりは優しい声音で言ってくる。


「おい兄ちゃん。白い女は見なかったが?」


「しらねぇ。」


その男達を見ることも無く短く言う。


「あ?そこでデブが気絶するような出来事があってしらねぇってかぁ!?」


「どうでもいいだろ。あんなデブ。気にして欲しいなら美人になって出直してきな。」


そこで男達を睨む。憎しみを込めた目ではなく、蔑むような目だ。

男の片方がピクピクと頬を痙攣させていた。激怒している。俺は見逃さないぞ。追撃はどうしてくれようかと、考えていると相方がそれをとがめた。


「テ、テメェ…」

「落ち着け。」


「でも、」

「目的が違うだろ。行くぞ。」

「おうよ…」


そう言って、男は呆気なく帰って行った。なので俺もココアシガレットをくわえ直す。しばらくして、男達は何処かへ消えていった。

瀬名は男達が消えたのを確認してココアシガレットを砕き、飲み込む。


ゴリッといい音が鳴る。


まったく見たことがない奴らだった。国光の関係者では無いだろう。


「もう大丈夫だぞ。」


そう言うと、少女が背中から地面に倒れ込みながら、「ぷふぁぁ…はぁ…」と大きく深呼吸した。少し呼吸が落ち着いた所で手を伸ばす。


「大丈夫か。」


「おかげさまでね。」


伸ばした手に少女は答えてくれた。少女の柔らかい手にドキッとしながら、少女を立ち上がらせる。そして間を置かずに頭を下げる。


「すまなかった。」


先手必勝。後手必敗。憂いは先に潰すべき。謝るということで、俺が怒られるよう事になる可能性が低くなる、と思っている。少女が俺を犯罪者になるという可能性は低いと思うが、誤り損ってことはあまりない。

俺はプライドを持たない男だ。喜んで相手の靴を舐める所存です。(綺麗な靴限定)


「別にいいわよ。そんなことより助かったわ。ありがとう。」


よかった。俺の安全は確定した。


「それじゃ親御さんを呼ぶなり、タクシー呼ぶなりして帰ってくれ。」


「いやダメよ。待って。まだ用事が終わってないわ。」


そうして帰ろうとした瀬名の腕を逃がさないようにと掴んだ。


帰宅を進言したら断られました。なぜだ?もう怖い目にはあったろう。何を求めるというのだ。大人しく帰ろうよ。俺も帰りたい。家にはとんでもない爆弾が残ってるんだぞ。


「それじゃあ護衛の人でも呼んで行ってくれよ。」


「だめよ。逃げてきたんだから。」


瀬名の予想はあながち間違いでは無かった。


この感じだと筋肉黒人は護衛の人っぽい。だが逃げ切れたのか。あの筋肉ダルマから?誘拐集団との無意識連携かな?


呆れながらも瀬名は聞いた。


「なんで逃げてるんだよ。」


「なんでもよ!」


一気にクソガキ感が増した。恐らく意地でも引く気はなさそうだ。少女はムスッと顔をしかめる。

腰の低い瀬名は、早急に説得することは諦めた。


「用事ってなんだ?」


「お姉ちゃんの入学祝いを買うの。あいつらはずっとダメダメうるさかったのよ。危険やら危ないやらぐちぐちと…」


「……だから誘拐されかけたんだよね?」


瀬名は少女をジト目で見つめる。

あいつらとは、護衛のことであろう。危険とうるさかったと、いうことは誘拐集団については情報があったのだろうか?エリートはすごいな。まぁそれ以前女性に手を出そうとする誘拐犯の心理が知りたいわ。なんて恐れ知らずなんだ……生きる上で必要な危機感が3つか7つぐらい足らないと思う。


「でも何とかなったわ。」


さも当然という風に言った。

瀬名は遠く、酷く青い空を見ながら……無謀ってレベルじゃねぇと思っていた。

その自信は子供特有の物か、親御さんの賜物だろうか。だが危ないことを行っているのだ。しっかりと叱って頂いて二度と繰り返さないようにしてもらいたい。


「諦めて帰れ。」


瀬名は、少女の目を見てハキハキといった。

これ以上厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだと、少し強気になって攻めた。


「だめよ。すでに一日遅れてるもの。」


「……」


なんとも言えない顔を瀬名をした。

確かに入学式は昨日だった。面倒くさいことや障害を全て無視するならば、彼女の思いは無視したくないと思ってしまう。


俺は行事推進派なのだ。もっとイベントを行って人生は楽しむべきと考える。だが何かをするということは何かを怒られると同義であって……うぅ……だめだ。危険と理性が喧嘩している。


「いい?あいつら無駄に賢いの。だから昨日は逃げ出せなかったの。わかる?このチャンスを逃したら、しばらくの間は無理なのよ?さすがの私も明日まで逃げきれる気はしないわ。はぁ……しばらくは外出禁止だわ。」


少女は悲しそうに、そう語った。そこで瀬名の理性が勝った。


ここでの危険は、学校での危険と大して変わらない。そして学校はすでに危険だ。つまり、今さら危険が1つ2つ増えた程度で、学校での大変さは変わらない。


そこで再び空を見上げながらこう思った。人生にスパイスは大事だよね。香辛料の7つや18つを嗜んだ方が良い。


瀬名は目を逸らした。耳を閉じ、目線どころか手の指先から足の指先までいたる所にある方向を示す体の部位を、別の方向へ向けて諦めた。


再び言おう。少女はそれなりに上級国民は確定している。そして先ほど誘拐手段が動いていた。絶対面倒くさいことになる。だがもう逃げられる気がしなかった。

すでに天下分け目の2択が目の前にある。1つは少女が良い機嫌で幸せに別れられるのか。2つは少女が不機嫌で俺が逃げて、襲撃されるか。ちなみに襲撃まではセットである。


いろいろな考慮を排除して結果がこれだ。いろいろな事を考慮したら一体どんな迷宮入りの迷路になるか…


「…はぁ。目的の場所は?」


瀬名はこれからのことを妄想し、ため息をつきながら少女に同行することにした。


「大きなデパートがあると聞いたわ。お兄さん、案内してくださる?」


少女はやはり上手くいったと、楽しそうに笑う。そこで腕を掴んでいた手をやっと手放す。そして中世のお姫様に異性がダンスをお誘いしたときに、了解を伝える手つきを誘われる前に突き出した。

肩に羽織る瀬名の薄い紺色の制服の上着が、白いワンピースに相まって上品な上着に見えた。白いサンダルは、さながら踵の低いヒールだ。


可愛らしい幼女のような声だった。実際そうではあるんだけども…なんかなぁ…


瀬名はなんとも認められないと、首を傾げながらも腰を落とし、お辞儀のように頭と足を軽く下げ、手を伸ばす。


「お手をどうぞ、お嬢様。」


まるで騎士が姫に忠誠を誓うように、だけどその顔は苦笑いで場所が路地裏ということもあり、なんともおかしい光景だった。

そんな中、少女はより一層笑顔を見せるのだった。


瀬名は完全に諦めた。このままで少女の気分がコロコロ変わるように、無実の罪が有罪になりかねない。


瀬名は自然とココアシガレットに手を伸ばし、口にくわえる。乾いた唇には、甘いココアがよく染みた。


気に入らなかったので瀬名はシガレットを噛み砕いた。シガレットの破片と粉のように小さな粒が地面に落ちて行く。まるで誰かの思いと涙のようだった。

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