第2話 家族

カラカラカラ…

古びた引き戸を開けて耳を澄ませた。

誰もいない。

母方の祖母から譲り受けたこの家は、いつも懐かしい香りがする。玄関には祖父の描いた水墨画が飾られている。

靴を脱ぎながら、ヒトミは不意に、はぁ、とため息をついた。

若干、汗で湿った足を床にピタピタと跡をつけながら、洗面所へ向かう。


カバンを勢いよく開けて運動着を出して広げる。

やけに砂っぽい。やはり払っても取り切れていなかったか…

今日は体育の授業で砂をかけられた。整列して体育教師を待っている時だった。バレないとでも思ったのか?気づいているし、私は何も言わないだけ。砂だらけのそれを、洗濯機に投げ入れてスイッチを押した。

髪の毛を解いて浴室へ入る。砂でキシキシと痛んだ髪は2回洗わないとだめかもしれない。

「ただいまぁー」

母が帰ってきた。おかえりーと浴室から言うが、伝わったかわからない。


風呂から上がると、既に夕食の準備がされていた。

かぼちゃコロッケに、お味噌汁、サラダ、ご飯。

「先食べちゃいなさい」

そしていつものように、ひとり手を合わせていただきますをした。

母は台所で何やらやっている。


黙々と食べていると、珍しく母がヒトミの向かい側の席に座った。

「なに?」

青いチラシ。

"生徒募集中!"

桜の花びら。眼鏡の奥の、爛々と光る目。不自然なほどに上がった口角。そこには脂で光った中年男性の笑みがあった。赤い口紅、釣り上がった鋭い目、気の強そうな女性。ハチマキには「絶対合格」の文字ーーー。

塾のチラシだ。

"△年度 〇〇大学 ××人輩出"

「これ。家からすごい近いの。吉田さんの家の前に自販機あるでしょ。そこ右に曲がったらすぐ。行ったら?ね?」

箸を置いてチラシの裏と表を交互に見た。

正直言って勉強どころではない。消しカスをかけられた日から、ヒトミは目には見えない何かに全てを支配されてしまった。重たい口を開いて、辛うじて答えた。

「……うーん考えとく。」

「この前の三者面談で、もう少し頑張ってみてもいいかもしれないですねって言われたでしょう、どう?頑張る気ない?」

「……」

頑張る気はない。何事も無気力状態なのだ。

「ごめん、やる気ない。ごちそうさま」

そう言うと食器を片付け、ヒトミは自分の部屋へ篭ったのだった。

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