その勇者、未だ光魔法を使ったことなし! ~地球に帰ることは諦めて、異世界の片田舎でひっそり暮らそうと思います~
短編書く像
第1話 いきなり異世界を救えと言われても
いきなり「世界を救ってください」と言われて「はい、わかりました」と答える人はいないだろう。ましてや、その世界が今まで住んでいた世界とは全く別の、いわゆる異世界というべき場所なら尚更だ。
「あなた方は栄光ある勇者に選ばれたのですよ!? それなのに、なんなんですかその反応は!」
白い空間で信じられないという表情を浮かべるのは、小学生くらいのちびっ子だった。
銀髪ツインテールの顔の整った女の子で、将来は絶対に美女になると確信できるような見た目である。ただし、神々しい雰囲気があるかというと特にない気もする。
ちびっ子曰く、私は女神です! とのことだが、こういうのは大抵スタイル抜群の美女というのが相場ではなかろうか。顔のパーツ自体は整っているので、あと5年……いや10年くらい経てば女神らしくもなると思うが、現状のままではただの可愛らしい女の子でしかない。
「そもそもこの私は女神ですよ!? 分かってます? 普通は泣いて喜んで『わかりました! 悪しき魔王共を滅ぼしてまいります』とかそんな感じじゃない!?」
ちびっ子はそう
この白い空間にいるのは、数十人ほど。
ちびっ子以外は私と同じく、日本人だろう。年齢性別は様々で。私よりも年下っぽい子から、背中が大きく曲がった立っているのも辛そうな老人もいる……あ、座った。日本の人口比率から考えれば、若者の割合が高いような気もするが、勇者となって魔王と戦うのならむしろなんで老人がいるのかの方が謎だけど。
「それで死んだらどうするんだよ? いいから早く元居た場所に戻してくれ」
そう言ったのは、スーツにネクタイ、革靴を履いたザ・サラリーマンという感じの30歳くらいの男性だった。
すると、他の人たちも同調する。
「そうだそうだー!」「死んじまったらどうやって責任取るんだ!」「子供が家で待っているの!」「飯はまだかの」「こっちは明日だって仕事なんだよ! 子供のイタズラに付き合ってる暇はないんだ!」
「か弱い乙女が戦えるわけないでしょー!」
私も便乗して言いたいこと言ってやった。
自称女神のちびっ子は何も言い返せず、俯いてしまった。
なんかちっちゃい子をいじめているようでちょっと悪いような気持ちも芽生えた。
けど、ちびっ子自称女神がこんな状況を作り出した元凶なのだ。罪悪感とか無視無視。悪いのはちびっ子だ。
そもそも平和な世界で暮らしていた日本人を連れてきて勇者にする意味が分からない。魔王と戦え? 勇者になって特別な力を得ても、心がついていかない気がするし……ほら心技体っていうしさ。もっと適任はいたんじゃないの? って気がしてならない。
「あなた方を連れてきたのは、より強力な勇者が必要だったからなんです……勇者の力を授ける際、今まで魔法を使ったことがない人ほど、より【勇者】に適応するから」
とちびっ子が言う。
なるほど、私たちが連れてこられたのにはちゃんとした理由があったようだ。
それにしても私とか老人とかは除外してもよかった気もするけど。
「俺たちが呼ばれた理由は分かった。だが――」
サラリーマンの男は言う。
「――質問の答えにはなってないぞ。俺たちは地球に帰れるのか?」
「そ、それは……今すぐには。で、ですが、魔王を倒した暁には地球に帰すことを約束します!」
ちびっ子女神はついに答えた。
魔王を倒したら地球に帰れる……ね。
なんというか創作物ではありがちな設定だ。でもここは紛れもない現実なはずだ。頭に入ってくる情報量も何もかもが夢とは違いすぎる。ほっぺなんかつねらなくても、そのくらいは分かる。
サラリーマンの男はさらに聞く。
「それは何年後の話だ?」
「え、えーとそれは……」
「いいから早く!」
「は、はいっ! じゅ、10年後です……」
それを聞いた人たちは、ざわついた。
もちろん私もショックだよ。
……余裕で私の10代が終わってしまう。
「それは最短で10年後ということか?」
サラリーマンの男は尋ねる。
「は、はい。基本的にはそうですが、魔王をすべて倒したら、その時点で私たちの勝利となります」
え?
魔王をすべて倒したら?
「お、おい……魔王って何体いるんだ?」
サラリーマンの男も疑問に思ったようだ。
「魔王は100体です。ちなみに勇者も100人です」
……え?
予想とはかけ離れた数字に一瞬思考が止まる。
魔王って普通1体か、いたとしても10体はいないものではないのか。
100体もいる魔王ってそれはもう魔王なのか……
いや、勇者もそうだ。というかそもそもここにいる人たちもかなりの数がいる――そっか、100人もいるのか……なんか多すぎない?
「あ、あと10年後と言いましたが、それはこっちの世界基準での話です。地球基準では最短で1日後に帰すことはできます」
とちびっ子女神が爆弾発言。
「な、何!?」
「ただこっちの世界で10年が経てば当然、10年分、歳は取りますが」
つまり地球に帰っても、1日で10年が経ったような人になると。罰ゲームかな?
「……な、なあ。若返りの方法はあるか? 戻ったとしても10年も年を取っていたら周りになんて説明すればいいかわからないし」
サラリーマンの男は言った。
ちびっ子女神は考えるような仕草をしてから、答える。
「そうですね……本来なら、地球への帰還で【報酬】1つ、若返りで【報酬】1つ、計2つ必要なところですが、特別に【報酬】1つで地球への帰還並びに10年間の若返りを与えることを約束しましょう!」
「【報酬】って?」
「あ、すみません説明してませんでしたね。勇者様には魔王を1人倒すごとに【報酬】が与えられます。【報酬】1つにつき、勇者様の願いを1つ叶えてあげます! ……本当はなんでも1つと言いたいところですが、できないこともあるので」
とちびっ子女神。
つまり、魔王を1体でも倒して【報酬】を獲得すれば、何の問題もなく地球に帰れると。
その後、サラリーマンの男以外の数人が【報酬】で何ができるのかについて質問をした。
地球に帰るという選択をしない場合、異世界に残るという選択をすることになる。その場合、かなりなんでも願いを叶えられるようだ。流石に不老不死はダメっぽいが、不老なら可能ということだし、限りなく不死に近い存在になることもできるようだ。
ちなみに地球に帰る場合、魔力がないため異世界で得た力はほとんどを失うそうだが、それでも勇者の力があった名残から力はかなり増強する上、病魔にも強くなるらしい。
これは、日本人の感覚からするとかなりのメリットだろう。
うまくいけば……具体的には、魔王を1体でも倒して10年間死なずに生き残れば、強い体となって地球に帰れるというわけだ。しかも、10年若返るということは、10年人生が延びることでもある。
そして、問答が終わった後、
「勇者様にはすみませんが、私の世界のためにお力添えをお願いしたいです!」
ちびっ子女神は頭を下げた。
【報酬】の内容に加え、ちびっ子女神のその言葉が決め手になった。
場の空気は、『こうなっちゃったものは仕方ないから、前向きに魔王討伐を頑張ろう』という雰囲気になっていた。
「分かりました。女神様の言葉に嘘がなければ、精一杯頑張ろうと思います」
「もちろん、嘘なんてついてません!」
「その言葉を信じますよ」
そうサラリーマンの男は言った。
そして、振り返り私たちに向かって言う。
「そういうことで、みんなで力を合わせて魔王を倒そう! そして地球に帰って乾杯しよう!」
「「「「「「おおおおおおおおおおおお」」」」」」
どうやらほとんどの人はやる気になったらしい。
「おー(棒)」
私も空気を読んで右手を掲げ、そう言っておいた。
え? 私?
魔王と戦う気なんてさらさらないけど?
異世界で死ねば、もちろん死ぬ。
私は『いのちだいじに』で行くよ。
もちろん、地球に帰りたいか帰りたくないかで言ったら、帰りたいよ。
でもそのために命を賭けるか? と言われると首を縦には振れなかった。
それに――このちびっ子女神が信用できるかは分からない。前に読んだファンタジー小説に『地球に帰すとみせかけて勇者を抹殺する』ような内容のものもあった。
私は別の道を行く。
この段階で既に、そう決めていたのだった。
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