キツネの正しい退治方法

実話空音

第1話

 蟇目いる神の前なる古狐

 三つの的ともに成りべかりけり

 引き目射る神の前なる古狐

 はや立ちかへれ本の社に


 多田南嶺集より抜粋


「どこへ行くのです?」


 と、クズハが言った。稲作の黄金色のように輝く、長い金色の髪が特徴の女の子。何故か僕と同棲している。同棲を許可した覚えはない。

 僕は玄関でピタリ足を止める。


「うるせえ。ついてくるな」


 と言う。

 それに対してクズハは僕の手をギュッと握りしめる。妖狐と思えないほど、暖かい手。そして


「女の匂いがする」


 だなんて言ってきた。僕はビクンとした。額から小さな汗が出て来る。

 クズハは満面の笑みを浮かべている。


「女のところ行くのでしょう」


「ふ、ふん。それがどうした」


「別に。ただ懲りないなーと思って」


「うるさい!!」


 僕は彼女の手を振り払う。


「また女の子を口説きに行こうとしているでしょ。だけどそんなことをしても無駄。私があなたに取り憑いて邪魔して上げるから」


 とウィンクをする。その仕草。少し可愛いかも。いや、ダメだ。この子は妖狐なのだから。人間ではない。

「うるさい、うるさい! 僕はそれでも告白するんだ!」


 玄関を開けて、そのまま外へ。

 空は今にも雨が降りそうなぐらいの曇天。いや、あの子の元へ行ったらどうせ雨が降るのであろう。クズハの神通力であればそれぐらいは余裕でできそうだ。


 どうして、僕なんだ。こんな冴えない男なんだ。

 狐をつくにしてももっと別の人がいるはず。なぜ、クズハは僕を選んだし!


 思えば、これまでの人生の不幸は全てアイツ。あのクソ狐のせいであった。


 高校に入ったら彼女を作る。それが僕の目標であった。

 例え、それはどんな手を使ってでもだ。

 だから片っ端から告白をした。しかし、そのたびにあのクズハと言う妖狐が僕に乗り移って邪魔をする。だから告白に失敗する。


 決して、僕自身のせいではない。

 確かに顔は、他の人よりも劣るし、運動音痴だし、勉強も得意ではない。だけれども、さすがの僕でも20人に告白すれば1人ぐらいは彼女が出来るわけだし。


 アイツがいつも僕のことを邪魔するのだ。

 本当、なんでクズハは僕に取り憑いたし。


 僕は今日デートをする約束がある。他校の生徒。SNSで頑張った。

 どうして他校の生徒か。それはもう自校の女子だと誰からも相手にされないからである。


 京葉線に乗って、千葉駅に着いた。

 周囲を見渡す。あのクソキツネ。クズハは今のところいない。


 デート約束場所は千葉駅の構内の3階。喫茶店前であった。

 先ほど、クズハとゴタゴタと言い争っていた為、約束時間より3分の遅刻。だけれどもまたその約束の相手は来ていない。


 安心した。

 しかしそれから10分経ってもその約束相手は来ない。

 ラインを見る。連絡一つ何もない。せめて連絡をよこして欲しい。

 それから、そのラインに貼られた顔写真を見る。正直言えば、そこまで可愛くはない。目は細目でまるでキツネみたいだ。


 いや、なんか僕にまとわりついているキツネは逆に目がぱっちりしている。むしろクズハの方がキツネらしくないんじゃないかな。はぁ、あのクソキツネ。可愛いんだよな。だけれども、性格に難あり。だって僕に取り憑いて来るんだもの。

 早く、北海道にでも言ってキツネダンス踊って来いよ。


 それにしても。

 待ち合わせ時間から15分経った。ライン一つ来ない。

 イライラする。これだけ待っているのだから、ある程度可愛くないと納得いかない。この子夜、遅い時間にラインたくさんしてきて鬱陶しいと思っていたが。こんな時には遅れてくる。本当、自己中心的だ。なるほど。だから僕みたいなやつとデートするわけだ。そうじゃなければデートをする男がいなかったのだろう。


 ただ、僕は彼女が来たらそれは我慢する。

 だってどうしても彼女が欲しいもの。出来れば可愛い彼女が欲しい。だけれどもいきなり、そんな彼女出来るはずがない。


 だからこの女の子を踏み台にするんだ。

 この子で恋愛スキルを磨いて、ある程度自信が湧いたところにポイッと捨ててやる。


 それからしばらくして例の彼女が来た。

 細身である。いや、細すぎる。柳だと思った。もう少し、ご飯食べようぜ。不健康に見えてしまうぜ。


 そして


「ごめん待った?」


 なんて聞いてくる。

 耐えろ、自分。耐えろ。


「ううん。全然待っていないよ。僕も今きたところ」


 よし、セオリー通り。このまま、このまま……


「なんて。そんなわけないだろ。20分待ったわ。せめてライン一つ連絡入れろよ。人間の常識じゃないですかね。それかあなた、人間としての常識ないんですかね。20分待たせてもいいのはトップ女優並みのスタイルを持っている人だけですよ。全然待っていないよ。そんな言葉を期待して、ごめん待ったと聞いたみたいですが、そりゃ待ったに決まったじゃないですか。よくそんな顔で僕を待たせようとしましたね。そりゃ、あなた学校の男子誰からも相手されないですよ。まず自分の行動見直した方がいいと思いまーす」


 ……言ってしまった。

 駅構内、何故か僕の周りだけ結界が貼られているようなそんな気がした。みんな僕を避けている。

 その少女は泣きそうな顔をしていた。そして


「ごめん。体調が」


 と言って、そのまま僕の目の前から消える。知っているぞ。このパターン。絶対にこの場に帰ってこないパターンだ!

 僕は1人になってしまった。と思ったらエスカレータから金髪の女性。日本であれだけ金髪だと少し目立つ。


 ニコニコしている。

 僕は狐目でそのキツネを睨んでやった。


「お前、また僕に取り憑いただろ」


「当たり前」


 僕は彼女が出来ない。その理由は、こいつ。クズハのせい。いつも彼女が邪魔をして来るだ。彼女に取り憑いたら最後。建前を使えなくなる。


 誰か、こいつのお祓いの方法を教えて欲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る