16.滅びゆく世界の行方
星の意思、イニシオ。
新しく作られたということは今は存在しないであろうそれ。アーネストも少しだけトーンを落としてそれに応えている。
「眠ったままよ。その様子だとそもそもどうして世界がふたつになったかも知らないようね」
「ふたつになった、って……はじめからふたつだったわけじゃなくて、元々はひとつだったのか?」
フィンの手はカップに添えられたままだ。飲む隙もない会話だった。
「そうよ。あんたたちの世界で言う創世暦にね、セレスタイトは人工的に作られたのよ」
「あたしたちの世界が作られた、ですって?」
「資源の枯渇云々で世界は一度滅びかけててね。その時に救済措置として次元を二つに分かち、鏡面世界を作り出した。いわゆるノアの箱舟ってやつだったのかしら?」
アーネストはそうしてため息をついた。この世界において科学が台頭する前の古い宗教では、神は世界に大洪水をもたらしたと言われている。
ノアの箱舟は滅びる種への救済として与えられた手段でもあった。新たな世界へ渡るための巨大な舟。アーネストは彼らの世界がそれに近しいという。
「
セレスタイトはノアの箱舟がそのまま新世界になったようなものなのだろう。洪水前の世界には何も残らない。だから新しい世界に必要なものが移り住む。
アースタリアが放棄されたのは、壊れきったものを治すより作ったものを整える方がはるかに容易だったことは推して図るべきだった。
「けど、意外と世界はタフで滅びなかった。結果、ふたつの世界が出来てしまった?」
「そうその通り」
シンの繋ぎに満足したようにアーネストはまた一口、コーヒーを口にする。それで終わりだったのかカップの持ち手を指にひっかけてくるくると回した。
「それで……」
話が大きく逸れたが、それぞれが脳内で整理していると話を戻したのはウィスだった。
「輝石が、今回の危機を乗り越えるのにどう関係しているんだ」
「あんたは知ってると思うけど、ウェリタスは実はアースタリア側の
説明が流暢すぎて、脱落者が出ていそうだがまとめるとアースタリアの晶力でセレスタイト側の機能を破壊、弱体化。その際にさきほど言っていた『入出力』の機能がフル活用されるようだ。
同じ仕組みだけあって互換性が高いのは目に見えているので同時にアースタリア側の強化も図られていたというところか。理にはかなっている。
「で、考えたのはアルディラスを用いた場合」
アルディラスとは何か、聞かなくても推測は出来た。
ウェリタスがアースタリアの
そしてそれを使うことにより、何かが起こる。推測どおりの答えが待っていた。
「アルディラスはあんたたちの世界の制御装置よ。それを用いることでどうにかなるんじゃないかなーなんて」
ある意味、何かが起こる、の「何か」が全く不明なので推測通りとも言い切れない事態だが。
「根拠は?」
「勘」
……。
落ちる沈黙。勘は経験から来る場合も多い。天才、と称される彼女を信じるべきか否か。全員が無言で悩んでいる。
「大晶石と
「それはさっき聞いたんじゃないか?」
「じゃなくて、もっとこう……例えば、
「大晶石の根っこよ」
アーネストはけろりと言った。
「……大晶石ってそんなに根が深かったのか……」
世界に散らばる大晶石がつながる場所と言えば星の核ほど深いのではないだろうか。頭の中で図式化しながらシンは頬杖をついた。
「ついでに放出されるエルブレスの半分くらいは直接大晶石に注がれてるはずよ。だから、それを取られると水の大晶石にエルブレスが集まらなくて、アクアスクリーンが不安定になってくるってことね。ただ、大晶石の受け持つ役割は、
「ちょっと、今、なんて……?」
「だから、砕いちゃったほうがいいって」
再び落ちる沈黙。誰もが「それをやればいいんじゃないか?」と思っているに違いない。シンは肝心なことを尋ねる。
「
「ざっと二千年ってとこかしら」
「二千年……!」
長い時間である。が、フィンが声を上げたのはそのせいではない。今は創世暦から二〇一二年。すでに時は経過している。
「もっともそれって最近わかったことよ?」
「アーネスト」
「私たちは、監視者じゃないし向こうが今何年かなんて知ったことじゃないしねぇ」
「アーネスト」
「残念ながらこっちにも当時の詳細な暦は記載されてないのよ」
「アーネストってば!」
「なによ」
ようやく耳を貸す気になったのか、アーネストはもてあそんでいたカップを置いてシンを見た。
「今、セレスタイトの暦は二〇一二年だよ」
「じゃあ問題ないじゃない」
動じなかった。
「つまり、そのアルディラスっていうので大晶石を砕いてしまえばアクアフォールの可能性はなくなるんだな?」
「そういうことかしらね」
ウェリタスで砕けたのだからアルディラスでも可能だろう。まして、セレスタイトの
さきほどのアーネストの話を逆に捉えれば、大晶石に蓄積されたエルブレスも損なわずに還元できると言うことになる。技術の進歩は停滞するかもしれないが、世界滅亡に比べれば微々たることだ。
真剣だった仲間たちの顔が、見る間に明るくなった。
「けどね」
そこを止めるアーネストの発言。
「問題があるわ。まずひとつはアルディラスの使い手」
「使い手?」
「アルディラスは……ウェリタスもだけど適格者でないと使えないのよ。だから適格者を探す必要があるわね。それからもうひとつは、アルディラスの保管場所」
そう、アルディラスを用いてアクアフォールを止めるなら、アルディラスをまずみつけなければならない。その行方を知っているらしいアーネストに視線が集まる。
「王都シグルスよ。どうやって取って来るつもりよ」
顔を見合わせる。いわば敵の本拠地だ。だが、迷うものはいなかった。
「アーネストの話だと、セレスタイトの
「そうですね」
「手が回る前にこちらから行けば、まだ楽かもしれないわね」
うんうん、となぜか頷いているアーネスト。
「決定!」
がたりと椅子を跳ね上げて立ち上がった。
「そうと決まれば早速!」
「?」
「検査よ、検査~」
まだ言うか。
ウィスは諦めたのか、全員を残したままアーネストに引きずられて医務室へ連れて行かれた。
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