14.アーネスト博士
アオスブルフの西の端に、その塔はあった。
「この塔の名前も『オルディネ』なんだ。そういえばウィスもさっきオルディネの塔がどうとかいってたけど、むこうにも同じ名前の塔があるの?」
「あぁ、オルディネの塔は、遥か昔……まだふたつの世界が交流してた頃に使われた連絡塔らしい。こういう場所がいくつかあって、それらはみんなオルディネと呼ばれているようだな」
階段を上がりながら、イーヴが「へぇ~」と感心している。仮にもエクエスにある自分たちの根城が異世界への通路だなどと、思ったことはなかった。
「私はその塔で、姿を消したってこと?」
「まぁ……そうだな。起動実験中だったから、そのままこちらの世界に落ちたんだろう」
落ちたという表現が正しいのかどうかはわからないがそれで納得する。人気もない塔に荷物もろくに持たずに倒れていた理由。合点がいった。
「それが、三年前か……その頃からアースタリアはセレスタイトに来る予定を立てていたってことか?」
「そうなるな。オレが任務を下されたのもその時だったから」
「任務? 世界を滅ぼす?」
「まぁ、同意だ」
なんとなくかわされた感がある。シンは敢えて触れずにひたすら階上を目指す。
一時間も経ったろうか。さすがに途中休憩を入れつつ、登りきるとそこには祭壇のようなものがある。
それから、遺構である何かの装置。分厚めのほこりをかぶっていたが、ウィスが取りだしたカードでなんなくそれは動き出した。
「こういうものを放置してるあたり、こっちの世界は向こうの世界と違う進化形態を選んだんだろうなぁ」
もったいない。シンは興味深そうにウィスの手元をのぞきこんでいる。
「お前の方が得意分野だったんだぞ? 早く思い出してくれよ」
更に小さなディスクを挿入する。ヴン、と音がして部屋の四隅に光が走り、中央に幾何学的な模様を描き出す。それは淡く輝く法陣になった。
「これで五分後には、屋上からアースタリアへ飛べるようになる。すぐに行こう」
屋上へ上がると、そこはシンの知っているオルディネの塔の光景とは違っていた。
元来、何もないはずの屋上の床には光が走り、やはり法陣を描いている。そこから晶術を使う時に見られる光の粒子がふわりふぅわりと中空へ漂っている。ウィスはためらうことなく法陣へ足を踏み入れた。
「ここから飛ぶと、どこへ出られるの?」
「ここの出口は確か……バハムート・ラグーンの星晶研究所の近くだ」
「研究所! ……」
「はは。シン、行ってみたそうだな」
フィンの指摘は正しい。情報が集まりそうなところであるし、個人的にまっさきに入り込んでみたい場所でもある。
「やめておけ。……と言いたいが、リスクに比例してリターンも多い場所かもしれないな」
「リスクって?」
「まず、ソル達がどう動いているかだ。オレはもう研究所の奴らにも顔を知られているから危険かもしれない」
「でもあんた、今、逃亡者状態なんでしょ? 逃亡者が即、ミラージュに戻るなんて普通考えないわよね」
ウィスは視線を落としてなにやら考え込んでいる。しかし、
「……行こう。あれこれ悩んでも仕方ない」
「ですね」
フィンとリエットは行く気満々だった。
「ウィスが危険だっていうなら私たちだけで行ってみてもいいし」
「その方が危険だろう」
案内役はどうするんだ、とウィス。どういう意味で危険なのだろう。なんとなく、本当になんとなくだが即答具合に含むものを感じて閉口するシン。
「ではウィスに案内をお願いしますね」
リエットはにこにこと上機嫌だ。異世界に行くと言うのになんというか肝が据わっているというか、天然と言うか……シンとは違う意味で楽観的だ。
時間になると、光は増し、柱となって天へ上った。もしかしたら遠くナイトフレイからも見えたかもしれない。それは一瞬の出来事だった。
「着いたぞ」
去った光にそっと目を開けるとそこは、塔のふもとだった。おそらくミラージュ……アースタリアのオルディネの塔だろう。こちらも遺跡のような風体は変わらず、辺りは緑に包まれていた。
「なんだか、異世界に来たとは思えないわね」
「はい、私たちの世界とあまり変わらないです」
空を見上げれば同じように、ミラージュが映り込んでいてあの天の水を突っ切ってきたとはとても思えない。ウィスがいなければ現実感はなかったろう。
「星晶研究所は南だ。行こう」
伴って歩き出す。目的の場所までそれほど距離はなかった。研究所も同じ森の中に建っていた。
「オレが一人で行ってみる。ちょっと待っててくれ」
「大丈夫か?」
「あぁ、ソルの手が回っていても全員で捕まるわけにはいかないだろう?」
木陰で待機する。ウィスは警戒するふうもなく研究所に入って行った。そして、程なくして出てくる。手招きをされていくと特に問題はないようだった。
それでもいつ、何の手が伸びるのかわからないので早々に必要な情報を集めるにこしたことはあるまい。
「まずどこに行くです?」
「個人的には、この研究所をあちこち探索してみたいけど……」
「こら。目的が違うでしょ。ちょっとあんた。手っ取り早く現状を説明してくれる人、いないの?」
セレスタイトから来ました、教えてください。なんて言うつもりだろうか。それはさすがに無理がある。シンでも考えてしまう選択肢だ。
「気は進まないが……」
しかし思い当たりがあるのかウィスはなぜか横に視線を流して呟いている。
「アーネスト博士のところへ行ってみるか」
「アーネスト博士?」
「あぁ、星晶研究の第一人者で、いわゆる『天才』という人種」
「そんな人と知り合いなのか。凄いな」
ちっとも凄くない。ウィスはなぜかそんなことを言いたげな顔をした。それに複雑そうに眉が寄っている。
ウィスに着いて目当ての研究室と思しき場所に至るとドアは自動的に横にスライドして開いた。
「あれ、ウィス様? いらしてたいんですか」
振り返ったのは一人の研究者だ。白衣を着て、およそフィールドワークは似合わないであろう頼りなさげな体型をした男性だった。見るところこの部屋にはその一人しかいない。この人がアーネスト博士だろうか。
「アーネスト博士は?」
違ったらしい。
「自室ですよ」
「……そう」
なぜか嫌そうな顔をした。
「とーーーーーーー!」
「!」
ドカッ。
その時背中から不意打ちを食らいウィスが前のめりに部屋に一歩踏み入った。
「邪魔よ! どいてどいて」
小柄な女性が犯人だった。ウィスは蹴りを食らったのだ。両腕に荷物を抱えた人物はだが、ウィスを見て「あら」と足を止めた。
「ウィスくんじゃない。どうしたのー?」
「アーネスト! 何をするんだ!」
「あらーご挨拶ね。調子はどう? メンテナンスす・る?」
「死んでもい・や・だ」
どうやらこの女性がアーネスト博士らしい。童顔に見える上に、ホットパンツにニーハイブーツ、その上に白衣をひっかけるという研究者としては異色の格好だ。
しかしばっちり化粧をしているところを見るとそれなりの年だろう。どういう関係なのか、なかなかフランクな会話である。
アーネストはざっくりと断られるとぶーぶー言いながら研究室に入って、机の上に荷物を降ろした。
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