27・遭遇

 いつかはこんな日が来るんじゃないかと、覚悟はしていた。

 いつまでも逃げ切れるものじゃない。運命は常にすぐそばで私たちを観察していて、肩を叩くタイミングを待っているんじゃないかと。心のどこかで、ずっと怯えていた。

 そしてまさに今が、その時だった。


 私、紗良、葵、そしてこはる。『未完成ラプソディ』のメイン登場人物全員が、この場に揃っている。そう、こはるもいたのだ。

 私達の姿を見て駆け寄ってきた葵の後方で、苦い顔のこはるがゆっくりとこちらに歩いてきていた。その姿が、バッドエンドルートで紗良に向かっていく彼女の歩みを連想させて、反射的に紗良を私の後ろへと下がらせた。


「こんにちは、二人も遊びに来たの?」

「はい、映画を観に来ました!」


 流行っていると聞いた映画のタイトルを口にする葵に「ああ」と相槌を打つ。このモールの最上階にはシネコンが入っていて、どうやら二人の目的はそこらしい。

 しかし、これはまずい。私一人の時なら何でもないが、紗良が一緒の時に会ってしまうなんて。出来ることなら、紗良と葵、こはるの三人には出会わないままでいて欲しかった。

 葵が紗良を見初めたらどうしよう。そして、それに勘付いたこはるが暴走するのはあまりにもまずい。紗良は私の背後で静かにしているが、葵やこはるに対して何か感じるところはないのだろうか。特に、葵に。

 もし彼女が運命めいたものを感じてしまったなら、私に止める手立てはない。


「杉村先輩は、そっちのお友達と遊びに来てたんですか?」

「ええ、ちょっと買い物にね」


 顔を合わせてしまったもはもう、この際仕方ない。しかし、これ以上葵に紗良への興味を持たせてはいけない。せめて、私と一緒にいた人くらいの認識で済ませたい。今後、私がいないところでバッタリ会うことになっても、わざわざ近づこうとしないように。


 ――いや、それはもう期待しない方がいいだろう。

 あの雨の日の出会いを阻止したというのに、こうして出会ってしまったのだ。信じたくはないけれど、ゲームの強制力だとか縁だとか運命だとか、何かそういうものが私達を本来の形に戻そうとしているのなら、守っているだけではダメなのかもしれない。防御ばかりではなくて、攻めの姿勢に転じるべきではないだろうか。

 つまり、葵に対しては『紗良は私の大切な人だから手を出すな』という牽制を、こはるに対しては『私も紗良も、葵とこはるの仲を邪魔しませんよ』というアピールをしておいた方がいいのではないか。そうすれば、こはるの私への態度も少しは軟化するかもしれない。というか、してほしい。


「杉村先輩、いつもと髪型が違うから、最初別人かと思いました」


 ほらきた、アピールチャンス!


「ええ、今日はこの子とお揃いの髪型なのよ。ほら、シュシュも。いいでしょう?」


 見せびらかすように二人の方へとシュシュを向けると「本当だ」と葵が呟く。

 こはるは相変わらず葵の隣で静かなままだ。何の反応もないと、ちょっとやりにくい。


「仲良いんですね」

「ええ、とっても」

「いいなあ、私達とも何かお揃いで持ちませんか?」

「島本さん達とは制服がお揃いじゃない」

「制服はお揃いっていいませんよぅ」


 そりゃそうだ、単にスルーしただけなんだから。

 それがわかっているのかいないのか、葵が不満そうにふくれっ面を見せる。


「ふふっ、ダメよ。今回が特別なだけで、私、あんまりお揃いのもの持ったりしないし。そういうのは若島さんとしたらいいわ」


 ここまで言うと、さすがに気分を害するだろうか。でも、別にそれでもかまわない。私への好感度を大いに下げてくれればいい。

 貴女に紗良は渡さない。こはるの手にもかけさせない。


「ちぇー、残念。――それにしても、お友達、すっごい美人さんですね」

「そうでしょう?」

「はい、何て言うか、クールビューティって感じ?」

「……え?」


 後ろを振り向き紗良の顔を確認して、ゾワリと鳥肌が立った。

 さっきまでのニコニコと可愛い笑顔ではなく、余所行きの表情――ゲームで何度も見たような綺麗な作り物の彼女がそこにいたのだ。

 なんで。だってこれじゃあ、『葵が好きになってしまう紗良』そのものじゃないか。ゲームと今では、状況だって全然違うのに。


「……じゃ、じゃあ、私達はこれで。島本さん達も映画楽しんでね」


 このままではダメだ。何が悪かったのかわからないけど、完全に裏目に出た気がする。

 まだ葵が引き止めるが、それも断ってその場を立ち去る。一刻も早く離れたい。紗良から引き離したい。

 後ろを振り返ることもなく、二人から完全に見えないところまで来ても紗良の手を引いて早足で歩き続け、「詩織さん」と呼びかける紗良の声でようやく我に返った。


「詩織さん、大丈夫?」


 心配そうにのぞき込んでくる彼女の表情は、いつものものに戻っていた。

 さっきのあの顔は何だったんだろう。普通の営業スマイルじゃない、感情が一切抜け落ちた人形みたいな表情。思い出しただけで、体がブルリと震えた。


「ごめんね、大丈夫よ。……ねえ、紗良」


 葵のこと、どう思った? と、聞いてしまおうか。あの二人には関わらないで、とお願いしてしまおうか。出来ることなら、「別に何とも」と答えてもらって安心したい。関わらないと約束してほしい。

 でも、そんなことをしたら、逆に紗良の興味を引いてしまうだけなのだろう。さっきの彼女の表情を見てしまうと、今は積極的に動くのが怖かった。


「……詩織さん?」


 黙ってしまった私に、紗良がもう一度呼びかける。

 まだ繋いだままだった手を握り、「何でもないわ」と笑いかけても、何でもなくないことなんてバレバレだろう。形の良い眉はハの時に下がったままだ。

 心配かけてごめんね。でも大丈夫。今回は下手を打ったけど、紗良のことは私がちゃんと守るから。

 だから、どうかこれからも変わらず、私のそばで笑っていて。

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