百合ゲーのサブヒロインに転生したので、全力で推しを守りたい!
長月
1・いろいろ思い出しました。
百合が好きだ。花の名前ではなく、人名でもなく、女と女が恋愛する百合というジャンルが大好きだ。さらに言うと、別にその関係性が恋愛でなくてもいい。友情でもライバルでも、嫉妬や羨望でも、女同士の強い気持ちのぶつかり合いならばそれでいい。なんなら、ぶつかり合っていない一方通行の気持ちでも美味しくいただける。
三度の飯より百合が好きだし、もし生まれ変われるなら、百合カップルの部屋の観葉植物に生まれ変わりたい! もしくは、壁になって彼女たちを見守りたい! そんな痛い願望を持つ重度の百合オタだった前世の自分の記憶を思い出してしまったのは、私が高校二年生の新学期を迎える一週間前だった。
きっかけは、偶然つけていたテレビの深夜アニメ。女の子二人のキスシーンを見た瞬間、情報がまるで濁流のように一気になだれ込んできた。さすが重度の百合オタ、思い出し方まで安定の気持ち悪さだ。いっそ清々しいまでに徹底している。
しかし、それはこの際どうでもいい。問題は、記憶を取り戻したせいで気づいてしまった事実の方だ。
「……うそ。私、『杉村詩織』だ!」
世界中の百合を摂取してやる! とばかりに、商業も同人も二次元も三次元も関係なく貪欲に百合作品を追い求めていた前世の私だが、お気に入りの百合ゲーの一つに『未完成ラプソディ』という作品があった。
主人公『島本葵』(当然女の子)が百合ノ宮女子高校に入学し、幼馴染の女の子や部活の先輩、他校のハーフ美少女と恋をするという、よくあるタイプの恋愛シミュレーションゲーム。同人ゲームでありながら、選択肢により好感度が変動し、展開が分岐していくマルチエンディングシステムが楽しめるという、商業作品にも劣らぬ出来栄えの作品だった。しかもイラストが可愛い。これ大事。
そして、そのゲームでの部活の先輩の名前が『杉村詩織』──今の私だ。
百合ノ宮女子高校、美術部所属。もうすぐ二年生。ハーフアップの長いふんわりした黒髪と整った顔立ち、そして大きな胸。設定は、おちゃめなお姉さんキャラだった。
「いやいやいやいや、おかしいでしょ! なんでゲームの登場人物になってるの!? っていうか、前世の記憶が26歳で止まってるんだけどいつ死んだの!? 百合オタのまま死んだの!? 自分の恋もせず、本当に百合に生涯捧げて死んだの!?」
無駄に勉強だけは出来たから、そこそこいい大学を卒業後は予備校の数学講師になって、副業で家庭教師もして、稼いだお金は百合につぎ込んで、忙しくもなかなか楽しく充実した人生を送っていた……じゃなくて! まったくモテなかったわけじゃないのに、26歳まで生きて一度も恋をしないで死んだのか、私。あまりにも残念すぎる。
「でも、ここが本当にゲームの世界と一緒なら、近いうちに主人公達に会うことになるんじゃ。そうしたら、ゲームの強制力みたいなのが働いて、女の子相手に恋したりする可能性ある? それはちょっとなぁ」
前世の私が百合好きだったからといって同性愛者だったわけではないし、今の私だって女の子を恋愛対象として見たことはない。好きな相手はいないけど、いつかは優しいイケメンと恋がしたいものだ。
それに何より、主人公には強力な守護者がいるので、出来れば関わり合いになりたくない。
そう、主人公の幼馴染であり攻略対象でもある『若島こはる』――幼い頃から主人公に想いを寄せていた彼女は、ゲームにおける正ヒロインだった。
普通にストーリーを進めていけば、かなりの高確率で三種類あるこはるエンドのどれかに辿りつく。他の二人はハッピーエンドとバッドエンドの二種類なのに、こはるだけトゥルーエンドが加わって三種類。ここですでに差がついている。
何より、他のヒロインと一緒にいると必ずといって良いほど現れてフラグをへし折るものだから、ファンの間で『フラグクラッシャー』とか『鉄壁のディフェンス』とか呼ばれていたが、あれはそんな可愛いものじゃなかった。絶対、こはるは葵のストーカーだ。
というのも、他校のハーフ美少女キャラ『藤岡紗良』ルートにおいて、こはるの好感度が高いまま紗良と結ばれた場合、ヤンデレ化したこはるが包丁で紗良に襲いかかるというバッドエンドが存在する。
こはるや詩織のルートにもバッドエンドは存在していたが、どちらも普通に友情エンドだったのに、紗良エンドだけがなぜか血祭エンド。なんでだ! 紗良は私の推しだったのに!!
こはるの鬼のようなガードをくぐりぬけ、ようやく結ばれたと思った直後のまさかの殺傷イベントで、あの時は心臓が止まるかと思った。
こはるの葵に対する執着はかなりのものだと思ってはいたけど、それまで優しく家庭的なキャラだった彼女がヤンデレに豹変するなんて誰が予想しただろう。しかも、まさかのスチル付き。ありえないでしょ! 誰得だ!!
「うっかり葵と親しくなって、こはるに逆恨みで刺されたくないしね。葵のお相手はこはるに任せて、私は平穏な日常を守ろう。……あっ、でも、それだと私は無事に逃げれても、紗良がこはるに刺される可能性が残っちゃうのか」
それはさすがに目覚めが悪い。ゲーム通りに彼女達が動くとすれば、本当に危ないのは私ではなく紗良だ。出来ることなら助けてあげたいし、リアル紗良に会ってみたいという好奇心もある。
「本当に存在するかもわからないけど、かつての推しだもんね。よし、頑張って助けよう!」
※ ※ ※ ※
『藤岡紗良』は、いわゆるクーデレキャラだ。前半はとにかく無表情で、主人公は全然相手にしてもらえなかった。それでも諦めずに食らいつき、好感度を上げていくことで徐々に心を開いてくれるのだが、初めて笑ってくれた時のあのスチル! あまりの美しさに思わず壁紙にしたわ。あのゲームの絵師、ほんとに神……。
性格は落ち着いていてしっかり者。最初こそ人見知りで冷たかったが本当はとても優しくて、一人暮らしをしている彼女の家では料理をふるまってくれたり膝枕してくれたりするのだ。美人で優しくて料理上手とか、最高すぎる。
そんな彼女があれだけ主人公から大好きアピールされて、ほだされたら恋敵に刃物向けられるなんて不憫すぎるじゃないか。そんな悲劇から紗良を救ってあげたい! 幸せになってほしい!
もっとも、救うなんて大層なことを言っても、やることは簡単だ。要するに、葵と紗良が出会わないようにすれば良い。
ゲームでの二人の出会いは、確かこうだ。葵は入学式の帰り道に突然の大雨に降られるが、傘を持っていたので濡れずに済む。歩いていると雨宿りをしながら震えている紗良を見かけ、傘を差し出したのがきっかけで知り合うのだ。
このイベントさえ潰してしまえば、学校が違う二人が知り合うことはないだろう。幸い、出会いのシーンはスチルだったから、背景から場所も特定できている。マイナーな場所だったら無理だったろうが、あれは三駅先にある大型書店のはずだ。メジャーな本なら地元の本屋で事足りるが、品揃えを求めるならそこの大型書店に行くか通販に頼ることになるので、何度も行ったことがある。
「入学式の日はお休みだし、雨が降るまでに紗良が雨宿りする場所が見えるカフェで待機しておけばいいかな。楽勝楽勝!」
――と、そんなわけで、私は今、現場近くのカフェでまったりコーヒーを飲んでいる。まだ雨は降っていないどころか、雲もほとんどない青空だが、この後本当に降るのだろうか。まあ、このまま降らずに葵や紗良も現れないなら、それはそれでいいのだけど。
自分の記憶を疑いながら、待機のお供に持参した本に目を落とす。本のタイトルは『彼女と私のチョコレートデイズ』だ。
……いやぁ、百合って面白いわ。今までまったく興味なかったジャンルだけど、前世の影響で読んでみたら、どっぷりはまってしまった。これまで小説なんてあまり読まなかったし、部屋の本棚にも漫画が少しと雑誌くらいしかなかったけど、この一週間でかなり増えた。このままでは、また百合に人生を捧げてしまうのではと少し危機感を覚えている。
先週戻った記憶は、まるでゆっくりと溶け込んでいくように私に馴染んだ。百合作品が好きになったこと以外にも、感性や価値観はやや大人びただろうか。百合オタという最大の個性を除けば、今世と前世の私の性格がよく似ていたこともあり、彼女の人格が混ざって多少の変化はあっても違和感は少ない。ただ、驚いたのは学力が上がったことだ。特に、専門で教えていた数学は今すぐ受験に対応出来るレベルだろう。ありがとう、勉強していた前世の私。
そんなことを考えながらぼんやりと窓の外を眺めていると、だんだんと灰色の雲が空を覆い出した。さっきまでの青空からは想像出来ない変わりように、天気予報を見ていなければこの雨は予想出来なかっただろうと、これから濡れ鼠になる紗良に同情してしまう。
「……そろそろ移動した方がいいわね」
いよいよゲームが現実になるのかと緊張が走る。カフェから出て本屋に向かうが、到着する頃にはポツリポツリと降り始め、あっという間に大粒の雨粒が滝のように落ちてきた。突然の大雨に、道行く人たちが慌てて屋根の下に駆け込んだり傘をさしているのを眺めながら、その中に紗良の姿を探す。
日本とスウェーデンのハーフの彼女は目立つ容姿をしているから、近くにいればすぐにわかるはずだ。葵より先に見つけないといけないという焦りもあり、キョロキョロと周囲を見回していると、私が立っている場所のすぐ隣に勢いよく駆け込んでくる人物がいた。
――紗良だ!!
日本人離れした白い肌と色素の薄いキャラメル色の髪。ずぶ濡れだが真新しい制服に身を包み、肩で息をする彼女は、かつてゲームの画面で見たままの美しさだった。
身長は私より少し高い163cmくらいだろうか。顔が小さく手足はスラリと伸びていて完全なモデル体型だし、肩より少し長いまっすぐな髪は、彼女のお嬢様然とした雰囲気を際立てている。15歳にしてすでに完成されているその美貌に思わず見とれていると、視線に気づいた彼女としっかり目が合ってしまった。
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