第108話 あれが『ルナティックグリーン』……。なんかノリが軽くないかしら
声がしたのは後ろにある砦の上からだ。
そこにいたのはお揃いで墨色の革鎧を着こんだ人たち。あれ、一人だけフルプレートだね。
「間に合ったみたいだよ、ターン」
「ふむ。オーブルなんとか、助けは要るか?」
氾濫の真っ最中なのに、ボクの視線はその中の二人に釘付けだ。
片っぽは黒髪のヒューマン、もう一人も黒髪でそして折れ耳の黒柴セリアン。そんな女の子たち。
「何言ってんのさ、ターン。殿下が要らないって言っても、あそこに経験値が転がってるんだよ?」
「たしかに。やるぞ、サワ」
殿下の返事も聞かない内に、そのパーティが走り出した。
狐セリアンと狸セリアン。それとちっちゃいヒューマンの女の子が二人。そして──サワとターン。
「来たか『緑』の!」
「ほらほら殿下、しっかりしないと『訳あり』が全部貰っちゃいますよ?」
「ほざけえ!」
アレがヴィットヴェーン最強のパーティで最高の冒険者たち。
そんな六人はあっという間にボクたちの脇を駆け抜けて、そのまま『天の零』の前に出た。
「それで今日は特別にですね、四パーティも来てるんですよ」
サワって呼ばれた人がこっちを見ないまんま、背中で言った。なんかちょっと楽しそう。
「なん、だと」
「『ルナティックグリーン』だけじゃないですよ。『ライブヴァーミリオン』はもちろん、『ブルーオーシャン』に『クリムゾンティアーズ』もです」
やっぱり目の前にいるアレが『ルナティックグリーン』なんだね。
初めて見たのに嫌でもわかる。アレはおかしいよ。あんなのがいるなんて信じられない。
六人全員がとんでもなく強いんだと思う。そのうち四人は『ブラウンシュガー』のシローネたちと同じくらいかな。けどそんな四人が霞んじゃうくらい、残りの二人が強すぎる。
サワとターン。バカみたいにたくさんあだ名を持ってる、とんでもない冒険者。
「あれが『ルナティックグリーン』……。なんかノリが軽くないかしら」
「だねえミレア。ターンっていう子、シローネとかチャートと似てない? なんか面白いかも」
「それは柴犬セリアンだから……、たしかにそうね。高貴な方々を鼻にもかけてないあたり」
いやそれもあるけど、強いのとカッコつけたがってるみたいなとこ。
「ひゃっはー!」
あ、そんなこと言ってる間に『ルナティックグリーン』が戦い始めた。
「スキルは無用! とうりゃ!」
「ふむっ!」
サワさんがこん棒で、ターンが素手かあ。
で、なんで一撃なのかな。『ミフューン』とか言ってたっけ、二体が消えて、あ、三体目も消えてるね。やっつけたのは背のちっちゃいヒューマンの子だ。
「やるねズィスラ」
「あたりまえよ!」
パーティの中でズィスラって子だけフルプレートを着てる。あれってまさか、オリヴィヤーニャさんと同じヴァルキリーアーマー? じゃああの子ってアーマードヴァルキリーなんだ。
「さすがは噂の『ルナティックグリーン』。すごいわね」
「あはは。じゃあさミレア、もう全部まかせちゃおっか」
「そうね。それが楽そう」
そんなことを言いながらだけど、ボクとミレアは全然そんなこと心にも思ってない。
べつに『おかないっぱい』は最強になりたいとか考えてないし、戦闘が大好きってわけじゃない。
けどね、氾濫の最中にただ見てるだけってのは気に入らないよ。
最初の氾濫のとき、ボクたちは『一家』の人たちが戦ってるのを見てるだけだった。二回目は『ブラウンシュガー』と『ライブヴァーミリオン』に助けてもらって、ついでに最後の戦闘はムリやりやらされただけだったね。
けど今は、もう違うんじゃないかな。みんながやりたいように戦うことができるんじゃないかって、そう思うんだ。やりたいようにって、あはは、これもフォンシーの言ってるウハウハってやつなのかなあ。
「……やるぞ」
「おう!」
みんなも同じ気持ちだよね。ザッティの言葉にウルが乗っかった。
「やれやれ」
「斬ります」
フォンシーはいつもの調子だけど、シエランはちょっとキマりすぎじゃない?
「長く戦えなくてもいいわ。スキル全開でいくわよ!」
ボクの言いたいことミレアに持ってかれちゃったけど、まあいいや。さあ、一歩を踏み出そう。
「ウル」
「『BF・AGI』!」
ボクがなんか言う前に、ミレアがウルに声をかけた。そしたらズバってウルが踏み込んでバトルフィールドが広がった。そのままAGIバフだね。かけた相手はもちろんフォンシーだ。
フィールドの中に入ったモンスターは『ミフューン』が一体で『ノーマル』が五体だね。どっちが『ハタモト』でどれが『ダイミョー』かわかんない。
「『EX・BFW・SOR』。あとは好きにやってくれ」
フォンシーがレベルを二つ使って前衛バフをかけてくれた。
「『リンポチェ』!」
「……『スタンクラウド』」
ボクとザッティが二人がかりで相手の足を止める。これで時間ができたよ。
「『活性化』『克己』『一騎当千』」
「『ハイニンポー:ハイセンス』」
「『BF・INT』」
「『烈風』」
みんながそれぞれ自分のステータスを上げていく。ああ、この瞬間は楽しいねえ。
「『
さあさあ、ボクが一番乗りだよ!
◇◇◇
「『フィヨルスヴィッド』」
最後はシエランの一閃だった。バトルフィールドが消えて戦闘終了だね。
そしてボクたちを銀色の光が包んだ。うん、いつでもレベルアップはいいねえ。
「やるねっ!」
「あ、どうも」
ふぅってため息吐いたとこで、すぐ横から声がかかったよ。サワさんだ。
「初めましてだけど、ラマ使いって珍しいね。それにヴァハグンも混じってる。なんて名前のパーティなの?」
「ベンゲルハウダーの『おなかいっぱい』です」
「へえ、いい名前だね」
「サワ、サワ。『おなかいっぱい』って、シャレイヤたちが言ってたアレ」
狐セリアンの子がサワさんにこそこそってなんか言ってる。
「ああ、あの!」
「チャートも見どころがあるって言ってた」
こんどは狸セリアンの子だね。チャートはなにを吹き込んだのかな。
「聞いた聞いた。ベンゲルハウダーの『オーファンズ』がお世話になってるんだよね。いつもありがとね」
「い、いえ。そんな。それにまだ」
サワさんがにこーって笑ってるけど、今って氾濫中で、しかも最前線だよね。
「ん? だいじょぶだいじょぶ」
「サワ! 話してる場合じゃないでしょ!」
横に飛び込んできて、そのままモンスターと戦い始めたのは金髪を縦にクルクル巻いてるのが目立つ女の子とその仲間たちだ。
「ありがとリッタ。紹介するね、あれが『ブルーオーシャン』」
なるほど。たしかに左肩に青い波のバッヂがくっついてる。てか、またひとりアーマードヴァルキリーだよ。どうするのさオリヴィヤーニャさん、大安売りだよ。
そんな『ブルーオーシャン』だけど、デコボコって感じだね。背丈と歳がだよ。ヒューマンが四人と猫セリアンが二人で、その中にお姉さんっぽい人が混じってる。
「お父様。下がって休んでいてください」
「我はまだやれるぞ!」
「いいから!」
「あっちは知ってるよね。『ライブヴァーミリオン』」
『ブルーオーシャン』の反対側で殿下に声をかけたのは、たしかユッシャータさんだ。そっか、オーブルターズ殿下の娘さんだっけ。
「さて、サワはお話し中みたいだし、経験値はあたしらがもらうとするか」
「そうしましょ」
「で、あの人たちが我らが『訳あり』一番隊、『クリムゾンティアーズ』ってわけ」
ボクたちのすぐ脇を駆け抜けて目の前で戦い始めた人たちは、左肩に赤い宝石を絵にしたバッヂをつけてるね。なるほど『クリムゾンティアーズ』かあ。
仲間たちを紹介しきったサワさんが物凄く自慢げだよ。なんとなくの想像だけど、チャートとかシローネって、サワさんのマネしてるんじゃ。
「『ウルド=マ=ティル=トゥエルア』ですわ!」
「『芳蕗改・音流し』っ!」
こっちに背中を向けて戦ってる『クリムゾンティアーズ』だけど、なんか聞いたことないスキル使ってるねえ。たぶんまた、とんでもないジョブなんだろうなあ。
そんな『クリムゾンティアーズ』はヒューマンが二人にエルフが一人、ドワーフが二人で三毛猫セリアンが一人のパーティだ。
ん? 三毛猫セリアン?
どっかで見たことあるような。
「姉さん、なのか?」
ボクがなんかを思い出す寸前、フォンシーがとんでもないことを言いだした。お姉さん?
フォンシーのお姉さんって、エルフだよね? 目の前で、ですわーって魔法撃ってる人?
「あらあら、フォンシーですわ。お久しぶりですわ!」
「まいったな。ヴィットヴェーンにいるとは聞いてたけど、まさかこんなとこで」
「ええ? フェンサーさんの妹なの!?」
フェンサーが額に手を当ててるし、サワさんはびっくりしてる。
そうだよ。『エーデルヴァイス』騒動のときにフォンシーが言ってた。お姉さんがいるって。そいでオリヴィヤーニャさんたちの知り合いで、ヴィットヴェーンですごい魔法使いやってるって。
そんな会話につられたのかな、三毛猫セリアンさんがこっちを向いて言ったんだ。
「ラルカじゃない。どうしたのこんなところで」
「……ドールお姉ちゃん」
やっぱりそうだったよ。目の前にいる三毛猫さん、ドールアッシャお姉ちゃんじゃないか。
フォンシーのお姉さんとドールお姉ちゃんが同じパーティって、なんだかなあ。
「ドールアッシャさんまで? あはっ、あはははっ! 奇遇どころじゃないね。素敵な姉妹の再会ってかあ」
「生き別れの姉妹。いい話だな」
「ねえターン、そういうのどこで仕入れてきてるわけ?」
サワさんとターンって仲良さそうだねえ。ああこれって、現実逃避ってのかな。
「あの、サワ。これ」
「うんうん、そうだねヘリトゥラ。テレポーターだね」
ヘリトゥラって子が下を見て、それを見たサワさんがヘラって笑った。
衝撃の再会でわちゃわちゃしてたけど、いつの間にかボクたちの足元におっきな緑色に光る魔法陣が広がってるよ。これって知ってる。テレポータートラップだ。
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