第27話 フォンシーがそれを言ったら、わたくしはどうなるの?
「うわあ、たくさんだねえ」
迷宮を出たボクたちの目の前には、革でできた天幕がたくさんあった。
迷宮前にある広場は、もう夜も遅いのに松明で明るく照らされてる。
「『おなかいっぱい』のみなさんも使ってもらっていいですよ。もちろん無料です」
「助かります、サジェリアさん」
みんなで走って冒険者の宿に戻ろうかなんて考えてたから、すごくありがたい。
ところでなんでサジェリアさんがここにいるの? ステータス・ジョブ管理課だったよね。
「あれがありますから」
「あれって? ……天幕ですよね」
サジェリアさんの指さした先にあるのは普通の天幕だった。
「中にジョブチェンジアーティファクトがあります。迷宮総督のご指示ですね」
「うえぇ!?」
「いつでもジョブチェンジできますよ」
そう言ってサジェリアさんが笑った。
迷宮異変ってそこまでするんだ。ごはんを配ってるとこもあるし、まるで協会事務所と宿がいっぺんに引っ越してきたみたいじゃないか。
「お祭りみたいね。異変が冗談に聞こえるわ」
「そうだねえ」
ミレアがしみじみしてるけど、ボクもそんな感じだよ。
「さて、元冒険者はパン屋に戻る時間だね。ここからは君たち六人でパーティだ。しっかり連携も確認した方がいい」
「休んだらすぐに潜るんでしょう。シエラン、がんばりなさい。仲間を大切にするのよ」
「お父さん、お母さん、ありがとう」
「ありがとうございました!」
フィルドさんとシェリーラさんとはここでお別れだ。本当にありがとうございました。
みんなで頭を下げる。二人は軽く手を挙げて街に戻ってった。
さあここからは元どおりの六人パーティだ。
「じゃあ三時間だけお休みだね。明日中にレベル10なんて言わない。もっとだ。担当の人を驚かせてあげよう」
◇◇◇
「『DB・STR』」
「がるあぁぁ!」
フォンシーのデバフが飛んで、それからウルが突撃した。
ほんとは敵全部をそれなりに弱らせる『DBW・SOR』を使いたいんだけど、レベルが足りてないんだって。だから敵を選んで、STRやINTを下げてもらってる。
「モンスターを知らないと、こりゃ大変だ」
「フォンシー向きだね」
フォンシーとシエランは25層くらいまでのモンスターは、全部の特徴を知ってる。ボクはそこそこ。カースドーさんたちに仕込まれたからね。
そんなカースドーさんたちおじさん三人は、実はベンゲルハウダーにいない。ちょっと前に王都のキールランターに行っちゃった。いろんな迷宮に潜ってみたいんだって。
「ふあぁぁ」
「迷宮であくびだなんて、ラルカは余裕ね」
ごめんごめん。ミレア、にらまないでよ。
あれからボクたちは三時間だけ寝てから迷宮に入った。だからまだ夜中なんだよね。早朝どこじゃない。
「異変が始まったら眠るどころじゃないかもしれないのよ」
「それが一番心配だよ」
「ラルカはお気楽ねえ」
だからごめんって。がんばるからさあ。でも眠い。
「よしっ、レベル8だ」
「参加決定までまだ一日以上あります。余裕とは言えないけれど、なんとかなりそうですね」
フォンシーのレベルがあがった。いいねえ。それでもシエランは油断してない。
ボクたちは11層で戦ってる。もちろんレベルは上げなきゃならないけど、無茶はできないよ。特にフォンシーは柔らかいんだからさ。レベルはザッティの方が低いけど、柔らかいフォンシーの心配の方が先なんだよね。守りは厳重に、だよ。
「やあ」
「あ、こんにちは」
フォンシーがレベル9、ザッティがレベル8になったところで13層に降りてみた。そしたら階段のすぐのとこで声をかけられた。相手は『ラーンの心』。
「条件付きだって言われてたけど、調子はどうだい?」
「まあまあです」
話しかけてきたは、たしかキリアンさんだったかな。後ろにはリーダーのレアードさんがいる。まえにレアードさんがボクたちを勧誘してきたときに、たしなめてくれたのがキリアンさんだ。
「あのときはウチのリーダーがごめんな」
「なんだよキリアン。今はそれどこじゃないだろう!」
なんか始まった。別に気にしてないからいいんだけど、後ろの女の人たちが呆れてるよ?
「このままじゃ俺たちは予備だろ。くそっ、やれるだけやってやるさ」
予備って、そういうことかあ。『ラーンの心』だったら、たぶん合計レベルが足りてないんだ。
『ラーンの心』が二ジョブ目でマスターレベルだったら、合計レベルは220くらいのはず。別に440くらいのボクらが倍強いってわけじゃないよ。
けれど『ラーンの心』もボクたちとは別の意味でギリギリなんだろうね。
「ほらほら、手を止めないで。レベリング中だよ」
「すみません。お互いがんばろうな」
ちょっと向こうから声が聞こえて、レアードさんを引きずるみたいにキリアンさんたちは走ってった。あれ? 『ラーンの心』が二パーティになってる?
「彼らにレベリングを依頼されていてね。こんにちは」
声の主がボクらの近くにやってきた。黒髪黒目で普通のお兄さん。
へえ、『ラーンの心』が依頼してまでレベリングかあ。助っ人を入れて三人ずつに分けてるんだ。なるほど、だから二パーティなんだね。
「こんにちは、『おなかいっぱい』のラルカラッハです」
「僕は『センターガーデン』のリーカルドだ。いちおうクランリーダーらしい。柄じゃないんだけどね」
大手じゃん。しかもクランリーダーだって。
20歳ちょっとくらいだよね? なんか優しそうに笑ってるし、あんまり冒険者っぽくない。
「ああ、邪魔をして悪かったね。良かったらだけど、もし休むならここに来るといい」
「どういうことです?」
「僕らはここでキャンプを張ってるからね。交代で見張りも付けているから、安心してスキルを回復できる」
言われてみれば、そこかしこに木で造った柵みたいのがある。そこで眠ってる人もいるね。前に迷宮で寝たことあるけど、ここまで大がかりなのは見たことない。
「こんな非常時だ。もちろん見返りなんて要らないから、気軽にね」
「ありがとうございます。もしかしたらお世話になるかもしれません」
「ああ、お互い気を付けてね」
シエランが答えたけど、こういうときに会話に入ってくるって珍しいよね。
「あそこはちょっと変わっているんです」
「へえ、どんな風に?」
「ここ二年くらいで急成長したところで、若い人が多いんです」
モンスターを探して走りながら、ボクらはシエランの話を聞いていた。
シエランってちょくちょく冒険者の話とか噂を集めてくるんだよね。
「半年前くらいからジョブチェンジが流行り始めましたよね。『センターガーデン』はそれにすぐ対応したみたいなんです」
「若さってか」
「そうですね」
フォンシーも会話に混じってきた。フォンシーは16歳といっぱいだからまだまだ若いじゃない。
「高いレベルに慣れたベテランこそ、ジョブチェンジには思い切りが必要なんだろうな」
前に『誉れ傷』もグチってたけど、フォンシーの言うとおりなんだ。レベルが高いってことは補正ステータスもたくさんだ。苦労して上げたレベルを放り投げて別のジョブって、勇気がいるみたいなんだよね。
ボクたち新人なんかはジョブチェンジは当たり前って教わって、実際そうしてるんだけどさ。
「それにあの人、リーカルドさんでしたか。クランリーダーなのにトップパーティじゃないらしいんです」
「へえ」
なんだかフォンシーは面白そうな顔になってきてるね。
「レベリングは他の人たちに任せて、自分は取りまとめをやっているみたいです」
「面白いな。色んなクランがあるもんだ」
そうだねえ。大抵のクランリーダーは、一番強くて人望がすごい人たちがなる。けれど『センターガーデン』はそうじゃないってことかあ。
だから13層であんなことしてたんだ。
「それとお金に厳しいそうですよ。ガメツイってわけじゃなくて、財布の紐が固いっていう意味で。だからさっき手助けをしてくれると言われて、ちょっと驚きました」
「騙そうとしてる……、ワケじゃないな。迷宮でそれはご法度だ」
「使う時は使うっていう人なのかもしれません」
なんかシエラン、尊敬してるっぽくない? 別にいいけどボクとウルのごはんは減らさないでよね。
「ごはんは減らしませんよ」
「そうか! がんばるぞ!」
ウルは喜んでるけど、シエランの笑顔がちょっと怖いよ。なんか黒っぽくない!?
◇◇◇
「いてて、『ラ=オディス』」
「……レベル9だ」
「ふぅ。もうちょっとだね」
ボクたちは14層まで来てる。フォンシーを守りながらだったから、ちょっと苦戦しちゃったね。魔法をくらってフォンシーも痛そうだった。すぐに治したからって痛いものは痛いからねえ。
ザッティがレベル9でフォンシーはレベル10。この階層あたりが限界かもだけど、それでもレベル10はなんとかなりそうだ。フィルドさんとシェリーラさんが手伝ってくれてなかったら危なかったかも。
「世話をかけるな」
「フォンシーがそれを言ったら、わたくしはどうなるの?」
ミレアがちらってフォンシーをにらんだ。怖い怖い。
だけどさフォンシー、ミレアの言うとおりだよ。
「ああ、あたしは仲間に恵まれた」
「同感よ」
「お荷物同士、仲良くしよう」
「あなたねえ」
二人は相変わらず仲良しだねえ。
「なにしてるんだ?」
なんとなくウルのしっぽをぴしぴしってしちゃったよ。
「いやあ、ボクとウルも仲良くしようね」
「仲良しだけど、しっぽは違うぞ?」
「ウルもそろそろレベル上がるかもね」
「そうだな。やるぞ」
ウルが気合を入れた。ボクのしっぽを見てたザッティもだね。
「そろそろスキルも危ないですし、13層でお世話になりましょうか」
そだね、シエラン。期限は明日の朝まで。残りは大体十二時間かあ。なんとかなるよね。
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