第25話 明日からは忙しくなるかもだぁ




「まずは落ち着くところからであろうな。給仕、エールだ!」


 オリヴィヤーニャさんはそんなことを言いだして、どっかりといすに座った。

 慌てて職員さんがエールの入ったジョッキを持ってくる。六つだね。それを受け取る六人の風格ってやつ? なんかこう、すごいや。


『フォウスファウダー一家』の六人、オリヴィヤーニャさん、公爵のレックスターンさん、ウルの先生だったブラウディーナさん、旦那さんのホーウェンさん、ボクたちの先生、ポリアトンナさん、最後にペルセネータさん。そんなみなさんがいっせいにジョッキを傾けて、そしてエールを飲み干した。


「さて、発見したのは『金の瞳』だったな。報告せよ」


「あ、ああ。黒門を見つけたのは7層の北西区画です。マップは7層のままだったから、『層転移』じゃないと思います」


 金色の目をした『金の瞳』の人、ボクと同じで猫セリアンだね、その人が報告した。そっか、層転移は大丈夫なんだ。


「層転移まで考慮したか。見事である。で、色は」


「奥で色見表を見てきました。六番と七番の間くらいだったと思います」


「ほう」


 頷いてからオリヴィヤーニャさんがちょっと黙った。

 色見表ってなんだろ。


「多分ですけど、黒門の色がどれくらいかってことだと思います」


 こっそりシエランが教えてくれた。


「仮に七番だったとしてだ。最短で三日、長くて五日か。7層の黒門が今日まで見つからないわけもない。ならば」


 なるほどお。色で黒門が開くまで、どれくらいかわかるんだ。


「浅いな」


 どういうこと?



「知らぬ者もいるかもしれん。ポリアトンナ、説明してやれ」


「わかりました。ではみなさん、まずは黒門についてね」


 そんな感じでポリアトンナさんが説明を始めた。口調といい、最初に受けた講習みたいだよ。


『黒門』は出現したときの色でどれくらいで開くか、どれくらいの強さのモンスターが出てくるかって想像できるんだって。最初の色が薄いほど、遠くから、つまり深いところからモンスターを連れてくるらしい。

 深い層で黒門が出たらもっと深いところから、浅い層ならそれなりに。


「なので7層で色が六番程度なら、そうね、30層のモンスターがたくさん出るか、50層くらいから強いのが数匹でてくるか。それくらいでしょう。ただし──」


「引き継ごう。7層の黒門については恐るるに足らずといったところか。だがそれは異変がひとつであった場合だ」


 ポリアトンナさんからオリヴィヤーニャさんが受け取って、話を続けた。って、ひとつじゃないの?


「前回の第二次氾濫では黒門はふたつであった。よって、これより迷宮の精査をおこなう」


 精査って、調べるってこと? 75層全部を?



「当然われら『一家』が出る。『フォウスファウダー・エクスプローラー』もだ」


 それってなんだろ。


「公爵家の私兵です。たしか五パーティあったはず」


 これまたこっそりシエランが教えてくれた。


「『ナイトストーカーズ』『なみだ酒』『センターガーデン』。三パーティずつを供出せよ。迷宮前で詳細を詰める」


「すごいな。百人体制か」


 フォンシーがぼそってつぶやいた。

 えっと全部で十五パーティだから、そっかほとんど百人だ。たしかにすごい。


「今晩中に精査を終える。明日の朝には状況の報告を行い、対応を指示しよう。ベンゲルハウダー全クラン、パーティは代表者だけでもかまわぬ、ここに集合せよ。では解散」


 それだけ言って、オリヴィヤーニャさんたちは事務所を出ていった。ボクたちの横を通りすぎたけど、こっちには目もくれないや。横顔がちらっと見えたけど、六人とも笑ってた。獰猛な獣みたいな顔で笑ってたよ、あの人たち。

 指名されたクランの人たちも慌てて駆けだしてる。みんな一晩中迷宮に潜る気なんだ。



「さあさあ、総督のご命令だぁ。解散だよ! 明日からは忙しくなるかもだぁ。今日は戻って休みな。飲みすぎんじゃないよぉ! それと、パーティのステータスを申請していきなあ」


「おう!」


「ああ」


 会長が叫んで、そしたら冒険者たちがそれぞれ席を立って窓口に向かった。

 多分だけどステータスを写して、だれが黒門に向かうか決めるのに使うんだろうね。


「ボクたちも……、行こう」


「そうだな」


 大変なコトになってきちゃったよ。



 ◇◇◇



「最悪を想定しないとだな。シエラン、ミレア、詳しく頼めるか」


 冒険者の宿にもどってすぐ、フォンシーが切りだした。シエランとミレアなのはベンゲルハウダーが地元だからだね。特にミレアなんかは貴族令嬢だし、事情を知ってそう。


「わたくしの方が少しだけ詳しいでしょうね」


 ミレアが話しだす。


「さっきの話どおりで7層の黒門だけなら、そう怖くはないと思うわ」


「もしそれ以外もあったらってこと?」


「ええ、深層にも黒門があれば、主力パーティをそちらに回さざるを得ないわね」


 訊いてゾワってした。そうなったらボクらが7層に対応しなきゃならない!?


「レベル0が二人もいるから、地上に置かれるかもしれないわ」


「戦いに出られないってこと?」


「半分はそうね。けど、氾濫は地上にも来るらしいの」


「ええっ!?」


 そういや講習で教わってた。ベンゲルハウダーじゃ起きたことないけど、ヴィットヴェーンだとモンスターが迷宮からあふれたって。



「習ったな。ヴァンパイアが地上まで来た、だったか。レベル60相当」


 フォンシーも渋い顔だ。

 さすがに今回はレベル60ってことはないだろうけど、最悪、レベル30のモンスターが地上まで来るかもしれない。なのにボクたちは四人がレベル20くらいで二人は0。これって……、だけど。


「逃げるわけにはいかないね!」


「ラルカ……」


 シエランがこっちを見てる。


「ボクたちは守らなきゃならないんだ。シエランの両親、ザッティのおじいちゃん、ミレアのお父さん、それにウルの友達。ウル、施設に友達いるんだよね?」


「いるぞ。……だからやるぞ!」


 ウルがしっぽをぶわって膨らませて叫んだ。すっかり戦闘態勢だよ。


「……ナイトは守るんだ」


 そうだよザッティ。レベル0だってナイトはナイトだよね。


「そうね。そうよね」


「わたしは冒険者です。やらなきゃだめです」


「ああ、あたしもここで引いたら寝覚めが悪い」



「──『冒険者は諦めない』」


 近くの部屋からそんな声が聞こえてきた。

 そうさ、その通りだ。


「『冒険者は見捨てない』!」


 だからボクは精一杯叫んだんだ。


『冒険者は見捨てない』!


 みんなも叫ぶ。宿の色んな部屋からそんなのが聞こえてきた。



「扉が開くまでに時間があるなら、当然レベリングだな」


「パーティをふたつに分けるのって、どうかな?」


「経験値効率か、それなら──」


 それからみんなで話し合った。

 今のボクたちにできることを全部やろうってなった。


 あとは明日になってからだね。さすがのボクでも、今日は眠れないかもなあ。



 ◇◇◇



「起きろラルカ」


「ん、んん」


「朝だぞラルカ」


 んん、なんだよウル。ほっぺをペチペチしないでよ。


「ん、朝?」


 いい朝だね。ぐっすり寝てたよ。ボクは寝つきがいいんだ。しかたないよね。


「おはよ。じゃあみんなで事務所行こうか」


 なんでみんなで呆れてるのさ。ボクはちゃんと燃えてるよ?



「うわあ、けっこう集まってるねえ」


「ラルカのせいで出遅れたじゃない」


「ごめんね」


「もうっ」


 謝るからミレア。プンプンしないで。


 集まりはボチボチなのかな。『誉れ傷』なんかはオラージェさんだけだし、ウチみたいに全員ってのは新人に多いみたい。ひとりだと心細いもんねえ。

 真ん中のテーブルには『一家』の人たちと、強そうな冒険者さんが座ってる。あれが『エクスプローラー』の人なのかな?

 バーヴィリア会長も『一家』の近くに座ってる。


「ボクたちも座ろっか」


 適当に空いてるテーブルを見つけてみんなで座ることにした。お隣は、あ、『ラーンの心』の人たちだね。あっちも六人だ。そうだよねえ。



「集合、大儀である」


 ちょっと経ってからオリヴィヤーニャさんが立ち上がった。


「結論から言おう。昨夜にかけて75層までを探査した結果、29層でもう一つの黒門が発見された」


 げげっ。驚いたし、周りもざわめいてる。当然だよね。


「色は同じく七番程度だ。40から45層クラスが予想されるな。これは吉報である。前回よりは余程楽であろう?」


 そう言ってオリヴィヤーニャさんがからから笑った。

 みんなも笑ってるけど、ほとんどは苦笑いだね。ボクらもそうだよ。


「問題はふたつの黒門、色が同じであるということだ。すなわちほぼ同時に開くと予想される」


 うわあ。これってまずいでしょ。

 横でフォンシーも苦い顔をしてるね。


「中堅冒険者の諸君、喜べ。出番だ」


 さあこの場合、『おなかいっぱい』はどういう扱いになるんだろ。



「今から迷宮異変の終息が宣言されるまで、迷宮への立ち入りは入り口で目的階層を申請してからになります。また非常事態措置として一時金の貸与など、規定に基づいた補助も行われます──」


 サジェリアさんが説明してる。駆り出されたんだね。

 ボクらは黙って聞いてるだけだ。


「わたしたちに関係ありそうなのは、入場申請と装備の貸し出しくらいですね。タダになるのは助かります」


 うん、そのあたりはシエランに任せるよ。

 ボクたちは少しの間なら稼ぎがなくてもなんとかなる。それと装備の貸し出しがタダになるのはいいね。強い人が先みたいだけど、強めの装備を貸してもらえるといいなあ。


「こうなった以上はしかたない。やれるだけやるぞ」


 フォンシーの目がギランって光った。そうだね。



 こうしてボクたちは迷宮異変に立ち向かうことになったんだ。


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