さあ、とことんレベルアップをしよう! 外伝 ‐ベンゲルハウダーの新人冒険者‐
えがおをみせて
第1章 ベンゲルハウダーの新米冒険者
第1話 毎日おなかいっぱいごはんが食べたいです
「あばっ、あばばばば」
「わははははっ! 気分はどうだ?」
「すっごい揺れてます」
「そうか、慣れろ! レベルは上がっているから安心するといい」
たしかにレベルは上がってるかもしれないけど、揺れるのはなんとかしてくれないんだ。
ボクは今、
「『切れぬモノ無し』! どうだ、すごかろう」
「はい、すごいですね。聞いたことないスキルです」
ボクを背負ってるとっても偉い人、ベンゲルハウダーの迷宮総督様が剣を振ったらしいけど、反対側からは見えないって。けれどバッタが何匹か斬られたのかな、破片と緑色の血みたいのがバラバラ降ってきた。
もう何時間こうしてるんだろう。
他の偉い人たちに背負われてる仲間は、ひとりを残して全員目を回しちゃってるよ。
「『マル=ティル=トウェリア』」
だれかが魔法を撃ったら、どかーんってなってバッタが飛び散る。また緑の雨が降ってるよ。ギリギリでかかってないけど、地面に落ちてびしゃびしゃって嫌な音がする。
「いいか、これが迷宮だ。経験値が入るからレベルも上がる。それにだ──」
ああ、たぶん今、この人はおっかない顔で笑ってるんだろうなあ。背中越しでも伝わってくるし、そのおかげで耳がペタン、しっぽがピンってなっちゃってるよ。
「生きているとは思わんか?」
「危ない感じがすごいです。ちょっと胸がこうキュってして苦しいです」
ベンゲルハウダーに来てから六十日くらいかな。この人は新米になにを求めてるんだろ。
ここは迷宮の46層にあるモンスタートラップ。ジャイアントローカストっていう巨大バッタがいつまでもでてくるすごいところだ。
レベル13のカラテカだったボクが、間違ってもいていい場所じゃないよね。
「うわははは! それこそが冒険者よ。恐れを勇気に変えて立ち向かえばいい!」
背中から聞こえる高笑いがホントだったら、ボクってどうなんだろう。これでもいちおう新人冒険者なんだけど。
「期待しておるぞ。ラルカラッハ!」
今日の夕ごはんはなにを食べようかなあ。
◇◇◇
「おー見えたー!」
街道をえっちらおっちら歩いてたら、小高い丘から遠くに街が見えた。結構、いやいやかなり大きいね。遠くからでも白い壁と赤い屋根の家がたくさん見える。
「あれが『ベンゲルハウダー』」
自然と足が軽くなる。
村を出て北に一週間かけて、やっと目的地が見えたんだ。早足になるもの仕方ない。思わずシッポは揺れるし、耳がピンと伸びるよ。さあ行こう。
目指すは迷宮の街、ベンゲルハウダー。あそこにいけばステータスカードが手に入る。
ボクは冒険者になるんだ。
◇◇◇
「あれ?」
調子よく歩いてたら近くで変な物音が聞こえた。なんだろコレ、なにかが地面を引っ掻いてる?
しばらくしたら茂みから何かが現れた。ってか人だよね?
そして這いずり出てきたのは女の人だ。耳が尖ってる。エルフさんかあ、初めて見たよ。
「み、みず」
「あ、はい。どうぞ」
見捨てる理由もないし水筒の蓋を開けてから手渡したら、すっごい勢いで飲み始めたよ。なんだか見てて気持ちいいくらいの飲みっぷりだね。
「ふぅ、死ぬかと思った」
腕で口を拭ったエルフさんだけど全部飲み干しちゃったよ、水。
ま、まあ街までもう少しだし、仕方ないかな。
「いや助かった。ありがと」
「いえいえ」
「あたしはフォンシーだ。あんたは?」
「あ、ボクはラルカラッハっていいます」
フォンシーって名乗るエルフさん。
金髪をポニーテールにして、切れ長な緑の目が綺麗だ。美人ぞろいで有名なエルフ。フォンシーさんはかっこいいと可愛いの間って感じかな。でも土塗れなのがちょっと残念だよ。
言葉使いは荒っぽいけど、なんていうか近所の悪ガキみたい。笑ってる顔なんてそのまんまだ。といっても相手はボクより背が高い。ボクが150だから160くらいかな。
「どうした? じろじろこっち見て」
「あ、いえ、ごめんなさい。エルフさんって、あんまり会ったことなくて」
「こっちもだ。三毛猫セリアンには初めて会った」
「うん」
そう、ボクは三毛猫セリアンだ。
髪もしっぽも黒茶白のまだら模様。結構気に入ってるんだよね。
「そっか。ラルカラッハっていくつだ?」
「14です」
唐突に歳を訊かれた。なんで?
「あたしは16と沢山だ。歳も近いしタメ口でいい」
「えっと……、うん」
沢山っていうのがよくわかんないけど、ボクとしてもそっちが助かる。
それになんとなくだけど、この人とは合いそうなそんな気がするんだよね。ピンときた。こういうとき、ボクの勘は当たるんだ。だから──。
「じゃあボクのことはラルカでいいよ」
「わかったよ、ラルカ。よろしくな」
ボクはフォンシーと仲良くしたくなったんだ。だけどさ──。
「なあラルカ」
「なに?」
「こういうのを聞くのは悪いのかもしれないけど」
「だからなに?」
「ラルカってさ、男? 女?」
「女の子だよ!」
だいなしだよ。
◇◇◇
「じゃあ、フォンシーも冒険者になるんだ」
「ああ」
ボクは休憩、フォンシーはボクがあげた保存食をバクバク食べてから、二人でベンゲルハウダーに向かった。旅は道連れってね。
ちょっとした自己紹介みたいな会話をしながら歩いてる。
フォンシーはここから西にある山奥からきたらしい。エルフの里があるんだって。もちろんボクのことも話した。
「なあラルカ、冒険者になるんだったら」
「うん?」
「あたしと組まないか?」
ちょっと覚悟した感じでフォンシーが言ってきた。あはは。
「なんで笑うんだ」
「ああごめん。ボクさ、とっくにフォンシーと一緒に冒険者やってるつもりになってた」
「ははっ、そうか。なら決まりだな」
「うんっ!」
そんなやり取りをしてたら、いつの間にか目的地に着いてた。旅も終わりだねえ。
だけど日が暮れちゃってた。こりゃ、ステータスカードを貰うのは明日でいいけど今晩はどうしよう。街で野宿はマズいよね。
◇◇◇
「こりゃあ、大きいな」
「そうだねえ」
ボクとフォンシーがいるのは、ベンゲルハウダー冒険者協会事務所の入り口だ。たしかにおっきいね。二人揃って建物を見上げてるお上りさん状態だよ。
昨日は冒険者の宿に泊まった。
ボクは馬小屋でもよかったんだけど、フォンシーがお金を出して二人部屋にしてもらったんだ。お金はあったけど食べ物が無かったらしい。かじっても美味しくないもんね。宿のごはん、おいしかったよ。
「ほれ。ボケっとしてないで、行こう」
「う、うん」
フォンシーに背中を押されて、ボクは建物の中に踏み込んだ。
「ふぉぉ。綺麗だねえ」
「そうだな」
事務所の中は広くて綺麗だった。
そしてなんだか活気がある。沢山の冒険者たちがそこかしこでだべったり、ご飯を食べたりしてる。これぞ冒険者って感じだ。かっこいいなあ。
「すごいね」
「ああ。あたしたちもあんな風になれるのかな」
「がんばろう」
「だな」
うん。やっぱりフォンシーがいてくれてよかった。ボク一人だったらどうなってただろ。二人で助かったよ。とにかくまずはステータスカード。全部はそこからだ。
『ステータス・ジョブ管理課』って書かれた受付を見つけて、フォンシーと一緒に並ぶことにした。
二、三か月前に移動中の冒険者さんに教えてもらったんだけど、最近ステータスカードの発行とかジョブチェンジが全部タダになったらしいんだ。ベンゲルハウダーとヴィットヴェーンだけらしいけど、理由はよくわかんない。でも冒険者になりやすくなったのいいことだよね?
前に並んでる女の子たちも冒険者になるのかな。ずいぶんちっちゃいけど。
「では改めて職業レベリング講習を」
「はいっ。ありがとうございました」
職業? 講習? なんだろ。
女の子たちはそのまま事務所を出ていった。
「こんにちは」
次はボクたちの番だ。受付さんが笑って応対してくれた。
「ここでステータスカードを貰えるって聞いたんだ」
「はい。冒険者を希望されますか?」
「希望?」
フォンシーが代表してくれたんだけど、なんだか会話がかみ合わない。希望って?
「……ああ、冒険者になりたいんだ」
フォンシーもそう思ったんだろうね。ちょっといぶかしげだ。
「間違っていたら申し訳ございません。もしかして街の外からいらっしゃったのですか?」
「そうだけど」
「そうでしたか。ではベンゲルハウダーの事情から説明しますね」
そこから受付さんが話してくれたのは驚きの内容だった。
ベンゲルハウダーって15歳くらいになったら、ほとんどの人がステータスカードを持ってるらしい。なんでかっていったら仕事に役立つから。
カードを持ったらジョブに就いて、レベルを上げることができる。そしたら当然ステータスが上がるんだ。迷宮の外じゃスキルは使えないけど強くなったステータスはそのまんま。
だからここだと農家でも建築屋さんでも、それこそ食堂や宿屋の人でも、みんなジョブを持ってるんだって。ボクのいた村なんてだれも持ってなかった。強くなった力で冒険者以外をするなんて、考えたこともなかったよ。
「もちろん私もジョブを持っていますよ」
うん、なんとなく気付いてた。このお姉さん、多分強い。ボクのしっぽが反応してる。
「冒険者志望は大歓迎です」
にっこり笑う受付さんがちょっと怖いよ。
◇◇◇
「──まずカードを作成してから講習を受けます。その後でジョブを得るというのが推奨されている流れです」
受付さんが説明中。新人をたくさん相手にしてるのか、とにかくよどみない。ペラペラとお話が続いてるよ。
色々説明してくれてるんだけど、いまいちピンとこない。なんかここ半年くらいでジョブの考え方がすっごく変わったらしいんだ。なので新人講習はとにかく受けた方がいいんだって。
「最初っから強いジョブじゃダメなのか?」
フォンシーが素直に質問した。うん、ボクも知りたいな。
「フォンシーさんでしたね。二つあります」
受付さんが指を二本立てた。
「ひとつは特別に強いジョブなんて無いということです。そうですね、全てのジョブが強いんです」
「んん?」
フォンシーが首を傾げてる。ボクも一緒。
「もうひとつ、ジョブに就けばそれでいいというワケではありません。レベルを上げて、使いこなして、それを積み重ねて強い冒険者が生まれるんです」
「ふぉぉ」
かっけえ。思わず声が出ちゃったよ。なんかすごくかっこいいコト言ったぞ、お姉さん。
フォンシーもなんか頷いてる。わかってないよね? 勢いに乗せられただけだよね? ボクだけ置いてきぼりはヤだからね。
「詳しくは講習で説明されますので、今はなんとなくでいいですよ」
あ、ボクたちがわかってないのバレてるよ、これ。
「お二人はどうして冒険者になりたいんですか?」
大体の説明が終わったあとで、受付さんが何気なく訊いてきた。どういうことかな。
えっと、タダだって聞いたから、じゃあダメだよね。なにを目指してるかってことかな。ううむ、どうやって答えよう。
「あたしはお金を稼いでウハウハになりたい。里に仕送りもだ。ついでに姉さんも探すかな」
ここにくる途中で聞いてたけど、フォンシーの目標はわかりやすいね。
「いいですね。多くの方々がそう言います」
いいんだ。
「私も生きるためにお金が必要ですから、ここでお仕事をしています。冒険者だってそうですよ」
そりゃそうか。それでいいんだよね。ボクは最強になって名を轟かせるんだー、じゃなくってもいいんだ。
「そのためには強く、賢い、そして死なない冒険者になる必要があります。だからこその初心者講習ですね。ラルカラッハさんはどうですか?」
「えっと、あの、その。毎日おなかいっぱいごはんが食べたいです。それと村に仕送りもしたいです」
ああ、バカなこと言っちゃったかな。だけどお姉さんはニコッと笑った。まるでお母さんが、それでいいんだよって言ったみたいに。
「素敵な目標です。ではそのための第一歩ですね。ステータスカードを作成いたします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます