映らない鏡

月井 忠

第1話

 今までの経緯を手記という形で残しておこうと思います。

 最悪、遺書になる可能性もあるので。


 私がまだ大学を卒業する前の元日。

 みんなで遊園地に行きました。


 その遊園地は大晦日から元日にかけて、ずっと営業しているという変わったイベントをしていました。

 でも、その遊園地を選んだのは、そのイベントが目当てじゃありません。


 友達の間で噂になっていたことを確かめに行こうというのが理由です。

 噂の内容はミラーハウスの中に一つだけ姿が映らない鏡があるというものでした。


 よくある噂です。

 真冬だったけど、ちょっとした肝試しみたいな感じでした。


 せっかくなので、一人ずつ入ろうということになって、私が一番初めに入ったんです。

 さすがに一人だと心細かったですが、慣れると大したことはなかったです。


 そろそろ出口かなと思った時、急に照明が消えました。

 さすがに、その時は悲鳴を上げて座り込みました。


 遊園地で停電なんてあるのかなと不思議に思ったのを覚えています。


 仕方なく、携帯のライトをつけて立ち上がりました。


 私は叫びました。


 目の前の鏡に人の顔のような物があったからです。


 もちろん、私の顔とは別の物です。


 足がすくんで、その場に倒れ込みました。

 目を閉じて、体をガタガタ震わせていたはずです。


 どれぐらい、そうしていたでしょう。

 急に不思議なことを思い出したのです。


 どうして、あの顔のようなものは一つだけだったんだろう。

 ミラーハウスにはいっぱい鏡があるのだから、私の顔と同じようにいっぱいあるはずなんじゃ。


 そうやって冷静に考えていると、気のせいだったのかなと思うようになりました。

 いつまで経っても照明がつく気配がないので、意を決して目を開けました。


 やっぱり辺りは暗いままで、携帯のライトがミラーハウスの中で反射して星空みたいでした。

 あの顔はなくて、私の姿だけが鏡に写っていました。


 やっぱり気のせいだったんだと思って立ち上がりました。

 ふっと目を上げると、あの顔がありました。


 顔は私の肩に乗っかるような位置にあって、やっぱりその鏡にしか写っていなかったのです。

 虚ろな目をして、どこを見ているのかわからない感じでした。




 気がつくと私は病院にいました。


 友達の話によると、私がいつまで経っても出てこないので心配になって探しに来たそうです。

 私は出口の近くで倒れていて、すぐに運び出されたということでした。


 後から聞いた所、あの時、遊園地で停電したということはなく、係員の人もミラーハウスの照明が落ちた記憶はないということでした。


 顔のことは友達に話しませんでした。

 怖がらせてはいけないと思って。


 友達も詳しく聞くことはありませんでした。




 ある夜、お風呂に入ろうと服を脱いだところ、ふと鏡を見ました。

 私は驚いて悲鳴をあげました。


 お母さんが駆けつけてきたので、私の背中に手の形の痣があると言いました。

 しかし、母はそんなものはないと言います。


 私はもう一度鏡を確認しますが、たしかに両手の手形があるのです。

 自分の背中を自分で見ることはできません。


 だから、この鏡に写っている姿が真実のはずなのです。

 母に何度言っても信じてもらえませんでした。


 次の日、母は今でも手形が見えるのかと聞きました。

 うん、と答えると、お祓いに行こうと言い出したのです。


 気が進みませんでしたが、他に方法がないのも事実です。

 私は考えた末にうなずきました。


 山奥まで行ってお祓いをしてもらいました。

 焚き火のようなものの前で手を合わせ、祈祷師のような人がジャラジャラとなにか振っていました。


 効果はありませんでした。

 背中の痣はより濃くなっていきます。




 不気味に思った私は、大晦日、遊園地に誘った友達にそのことを話しました。

 一人で抱え込むには重すぎたからです。


 でも、実際には恨み言を言いたかったのかも知れません。

 あんなところに連れて行かれたせいで、私はこんなことになっていると。


 だからでしょうか。

 友達はだんだん私から離れていきました。


 不気味な体験ばかり話す私を、気味悪がったのかも知れません。

 母との関係も悪くなった気がします。




 ある時、キャンパスで知らない男が話しかけてきました。

 なにか大変なことがあったらしいけど、聞かせてくれないかと。


 どうやら友達は私のことを触れ回ったようです。

 すっかりキャンパス中で噂になっていました。


 誰にも話すことができない私は、その男に自分の体験を話しました。

 それは大変だったねと男は聞いてくれました。


 それが嬉しかったのです。

 何度か会ううちに、セミナーに誘われました。


 小さな会議室には、老若男女、いろんな人がいました。

 みんなのつらい体験を聞き、私の体験を話しました。


 気持ちが落ち着いたことを覚えています。

 でも、途中で気づいてしまったのです。


 ここはなにかの宗教団体なんだと。

 私は心の安定を欲していましたが、同時に具体的な問題を抱えていました。


 だから、セミナーに行っても問題が解決しないことに気づいてしまったのです。

 それからは足が遠のき、セミナーには行かなくなりました。




 卒業する頃には大学で一人になっていました。

 家に帰っても、お母さんやお父さんと話をしなくなります。


 どうせ就職すれば一人暮らしが始まる。

 だから、一人でも問題はないと思っていたのです。


 背中の手形は移動しているようでした。

 徐々に背中を這い上がってくるのです。


 誰にも話せないこの事実から、段々と目をそらすようになりました。

 どうせ私にしか見えていないことなのです。


 私がこの事実を無視してしまえば、なかったことになるのです。

 ちょうど、私の痛みが私にしかわからないのと同じように。




 私は上京して一人暮らしを始めました。

 エンジニアの職を得て、連日忙しく働いています。


 最近、息苦しさを感じるようになりました。

 さっきも終電に乗るため走ったら、しばらく息も絶え絶えという感じでした。


 電車の窓には私の顔とあの顔が映っています。

 この顔にも徐々に慣れてきました。


 初めは気のせいかと思ったのですが、段々と輪郭が濃くなり、今ははっきりと見えます。

 大晦日のミラーハウスで見たときと同じように、虚ろな目をして、どこを見ているのかわからない感じです。


 全ては気のせいなのです。


 この顔も、この手形も。


 手形は今、私の首にあります。

 両手で首を締めるような感じです。


 息苦しいのは、このせいかもしれません。


 私は帰りの電車で思います。


 この顔の、虚ろな目が私の方を向かないかなと。

 目が合ったら言ってやりたいことがあるのです。


 どうして私なのかと。


 そもそも、あの遊園地の怪談を話して連れて行ったのは友達なんだ。


 呪うならアイツの方だろ。


 相談したら、勝手にべらべら喋りやがって。


 あの宗教野郎もそうだ。


 退会したいと言ったら、大金を要求してきやがった。


 人の弱みに漬け込む最低のヤツだ。


 あるいは、あのセクハラ上司でもいい。


 こっちが新入社員だからって好き勝手やりやがって。


 いつか殺してやる。


 後は、この手記を興味本位で読んでるオマエもな!




 ※この作品はフィクションです。

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映らない鏡 月井 忠 @TKTDS

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